そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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追いかけっこの秘訣はね……

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「ええと。ホットサンドと、ホットショコラ、係長はブラックコーヒーで良かったですね?」


 指定された公園のベンチに並んで座っている二人に、ニコラは頼まれた品物を袋から取り出し、手渡していく。


「ありがとう。ニコラ君」

「ああ、いえいえ。こちらこそご馳走様です。これ、お釣りです」


 硬貨数枚をヴィクトーに手渡し、ニコラは立ったまま、自分用に買ってきたホットショコラを、袋から取り出した。

 ニコラは、ちらりと少年を見る。

 ソラル少年は、それまで泣き腫らした顔を俯けて、黙ってそこに座っていたのだが、手渡された食べ物を両手に、オドオドした様子でヴィクトーをチラチラと見ている。

 ヴィクトーは、熱々のコーヒーを一口飲むと、ソラルに優しい目を向ける。


「食べられるのなら、温かいうちにどうぞ? 無理なら、持って帰っても良いですが」


 それを聞いて、ソラルはパッケージをビリビリ破り、ホットサンドに大口でかぶりついた。
 そして直ぐ、ベンチの横に置いたホットショコラを手にとって飲むと、その熱さに舌を出す。


「慌てなくて大丈夫ですよ。誰も取ったりしませんからね」


 こんな声が出るのかと、ニコラが混乱するほど、ヴィクトーの声は優しい。

 ソラルは、ホットサンドに齧り付く。
 もぐもぐと食べ進めながら、ソラルは再び、涙をぼろぼろとこぼした。

 刑事二人は何も言わずに、ソラルが食べ終わるのを待つ。

 食べるのと泣くのがひとしきり済んだあと、ソラルは口を開いた。


「ごめんなさい。泥団子投げて……」

「許しましょう。代わりに、どうしてそんなことをしたか、教えてくれますか?」


 言いながら、ヴィクトーはハンカチを取り出し、顔を拭うようにとソラルに手渡した。

 ソラルは、色々な液体でどろどろの顔をハンカチで拭うと、最後に鼻をかむ。


「だって、警察は無能だ。全然ねぇちゃん殺した犯人を、捕まえられないんだから」

「耳が痛いですね」


 ヴィクトーは、目を閉じてメガネを押し上げ、ニコラは拳を握って絶句した。


「だから、俺が見つけてやるって、あっちこっちで聞いて回ったんだけど、全然犯人分かんなくて……。
 父ちゃんも母ちゃんも、最初は必死になって犯人探してたのに、最近、そんなことどうでも良いみたいな感じになってて。なんか変だ!」


 憤るように、声を荒らげるソラル。
 ヴィクトーは考えるように視線を上げて、ポツリと呟いた。


「そういえば、先日、丘の上の教会でお二人を見かけましたね」

「そうなんだ!二人とも、最近教会ばっか行ってて、犯人探す気なんて無いんだ。『神様が導いて下さるから大丈夫』なんて、そんなわけないだろっ!」

「なるほど。ソラル君の言いたいことは分かりました。我々が、未だ犯人を捕まえられていないことに関しては、君に謝ることしかできません。申し訳ないことです」

「べっ別に!おっちゃんたち、思ったほど無能でも無いみたいだし?」


 ふんっと顔を横に向けるソラル。
 ヴィクトーは、丁寧に頭を下げる。


「私も早く捕まえたいと思って動いているのですが、不思議なほど情報が無いのですよ。女性を何人も殺しているので、『犯人は男性ではないか』と考えられているのですがね?
 被害者の周辺に『親しくしていた男性がいた』と言った情報が出ないのです。貴方のお姉さんの、ミラさんも同様……」


 それを聞いて、ソラルが大きく目を見開いた。


「まった!そっか。父ちゃんと母ちゃんには言わないでって言ってたから、二人は知らないんだ。殺される前、ねぇちゃん、内緒だって俺に話してくれたのっ!すっごく好きな人が出来たんだって」


 刑事二人は息を飲む。


「そうですか。相手がどんな人とかは、言ってましたか?」

「ううん。もう少し親しくなったら、教えてくれるって言ってて、それっきり……」


 ヴィクトーは頷く。


「ソラル君。君の情報は、とても役に立つものです。話してくれて、ありがとうございました。おじさんたちは頑張って、出来るだけ早く犯人を捕まえますね」


 ソラルはしっかりとヴィクトーに目を合わせ、頷いた。


「うん」


 その時、遠くで夕刻を知らせる教会の鐘が鳴り出した。
 ソラルは、ひょいっと立ち上がる。


「いけないっ!もう帰んなきゃ」

「ご両親が心配しますね。気をつけて」

「うんっ!」


 そう言って駆け出し、数メートル進むと、ソラルは後ろを振り返った。


「あ、そうだ!おじちゃん。どうして、さっき俺のこと捕まえられたの?」

「ソラル君は左回りの法則を知っていますか?」

「知らない。何それ?」


 個体差はありますがね、と前置きしながら、ヴィクトーは眼鏡を押し上げる。


「人間は、急な判断を迫られた時、無意識に左方向に曲がる性質があるんですよ。
 この大通りの裏路地は、それほど入り組んでいないので、分かれ道で二回ほどプレッシャーをかけられれば、元の大通りに戻って来てしまうんです」

「ええ? それ、本当?」

「今度鬼ごっこの時にでも、試してみてください」


 ヴィクトーが手を振ると、ソラルは子供らしく無邪気に笑って、大きく手を振り駆けていった。
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