そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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街中 追いかけっこ

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 二人の頭上を通過した黒っぽいボール状の物は、歩道と車道を分ける街路樹に激突し、ガっ!と硬質な音を立て、ぐしゃりと崩れて落ちた。

 中からそこそこのサイズの小石が転がり落ちるのを見て、ニコラは目を剥く。

 直ぐに飛んできた方向を見ると、帽子を被った少年が、路地裏に逃げ込むのが見えた。


「こらまてっ!この……」


 声をあげるが、この場合犯人が待つはずもない。
 すぐさま追いかけるべく立ち上がると、同様に立ち上がっていたヴィクトーが声をかける。


「ニコラ君! 捕まえなくていいですから、分かれ道がある時だけ、追いかける速度を上げてください」

「へっ? あ、はい」


 既に追いかけるモーションに入っていたため、ニコラは進行方向を向いたまま返事を返し、そのまま駆け出した。

 少年が駆け込んだ路地は、ニコラが思っていたよりも狭く、そこここに資材などが置かれていて、走りにくそうだ。
 だが、それは少年にとっても同様らしく、ニコラが路地に入った時、奥の方にまだ少年の後ろ姿が見えた。

 ニコラは、足元の資材を一足飛びに飛び越えて、少年までの距離、あと五メートルほど。

 近づいてくる足音に、少年はちらりと後ろを確認し、すぐ目の前にあった脇道に入る。

 ニコラは勢いを殺せず、一度そこを通り過ぎてから停止、方向転換して直ぐに戻ってきた。
 一瞬目を離しただけなのに、その路地には少年の姿は無い。
 

「どこに……?」


 通路には、特に隠れるような場所もない。
 ニコラが周囲を確認すると、右手に、斜め方向へ伸びる通路を見つけた。


「随分土地勘があるみたいだな」


 苦笑いで、その通路に向かうと、前方からの足音が響いて聞こえる。
 そのまま追いかけると、程なくして少年の後ろ姿が見えてきた。
 

「まて!」


 声をかけるニコラ。
 通路の奥には壁。

 追い詰めたかと思ったのだが、行き止まりかと思われたその通路の奥は、左右に路地が延びる丁字路になっていた。

 後少しで手が届くかと思ったのに、少年はニコラの手をひらりとかわして、方向転換。左側の道へ逃げていく。


「こんのぉっ!ちょこまかと」

 
 この路地は大通りに続いているらしく、道の先は路地と比べて明るい。


(このままだと、逃げられるっ!)


 走る速度を上げるニコラ。
 大通りに出る前に捕まえなければ、人混みに紛れて見失ってしまう。

 少年が大通りに出るまで、あと二メートル。
 ニコラと少年との距離三メートル。


(だめか!)


 ニコラが手を伸ばした時、少年は勝ちを確信し、ニヤリと笑った。

 と、その時。

 ぼふっ。

 少年は、路地の終わり、大通り歩道に立っていた男性にぶつかって止まった。


「はい。お疲れ様でした」

「は。はぁ?」


 呆然と、その人物を見るニコラ。
 目の前にいたのは、少年を抱き留める形で確保している、ヴィクトーだった。

 小石入り泥団子を投げつけた相手に捕えられてしまい、少年はジタバタと暴れるが、しっかり抱き込まれてしまっていて、逃げ出すことは難しそうだ。


「少年、ダメですよ? このお兄さんが助けてくれたから良かったですが、もしあれが私に当たっていたら、普通に傷害罪です」

「はなせ! はなせよっ‼︎ お前ら税金泥棒なんて、いなくなっちまえっ!なんで? なんで、オレは捕まえられるんだよっ!犯人は、全然捕まえられないくせにっっ‼︎」


 暴れても逃げられないと悟ったのか、少年は、今度はヴィクトーの胸をポカポカと叩く。
 その目からは、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。


「君はソラル君ですね? 亡くなったミラさんの弟の」


 少年、ソラルは、目を瞬いて自分を捕らえている人物の顔を見た。

 普段は厳しいだけの氷の瞳が、悲しげに細められている。


「ニコラ君。すみませんが、そこの移動販売車で、ホットサンドを一つと、温かい飲み物を買ってきて下さい。私はブラック。ソラル君は、ホットショコラはいかがですか?」


 呆然とソラルが頷くと、ヴィクトーは微笑んで頷く。


「君も、好きなものを買ってきて良いですよ。私たちは、そこの公園のベンチで待っていますので」


 そう言って、ヴィクトーはニコラに紙幣を何枚か手渡した。
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