そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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捜査は難航していた⑶

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「なるほど。女性……」


 ヴィクトーは、しばし考える様に沈黙したあと、小柄な店員に視線を向ける。

 その視線に驚いた店員は、小さく『ひゃっ』と声を上げながら、慌てて店長の後ろに身を隠した。その様は、さながら子ウサギが狐に睨まれて萎縮しているかのよう。

 ニコラは、苦笑いを浮かべながら、その場を取り繕う。
 

「はいはい。もう少し眼光を押さえて下さい。怖がってますから」

「おや。これは失礼。少々視力が弱いものでして……」


 ヴィクトーは、ややずり落ちていた眼鏡を定位置に直す。


「店員さん。大丈夫ですよ? この人、噛みついたりしませんから」

「私は野犬か何かですか?」


 予想に反して、淡々とした二人の会話に、小柄な店員は、おずおずと元の位置まで進み出た。


「その女性、何か変わった様子はありませんでしたか?」

「えっと。変わっていたというほどでは無かったですが、その方は、そのメーカーのナイフが欲しかった様でした」

「どちらのメーカーになりますか?」


 ヴィクトーが尋ねると、店長が下のショーケースの中から、一本のキャンプナイフを取り出し持って来てくれた。


「こちらですね。売れたのは、型落ちの方ですが」

「有名なメーカーのものですか?」

「アウトドアではメジャーですが、何処でも売っているかというと、そうでも無いかもしれないです」


 店長の説明にヴィクトーは頷き、再度小柄な店員に目を向けた。


「覚えている範囲で結構ですので、その時どんなやり取りをしたか、教えて頂けますか?」

「はい。ええと。そのお客様は、最初、こちらのショーケースを見ていたんです。
 この店のショーケースは、店員しか開けられませんので、『気になる商品がありましたら、お出ししましょうか?』と、声をかけました」


 ヴィクトーとニコラは相槌をうつ。


「そしたら、こちらのナイフを示されたので、お出ししました。
 その方は、購入するか大分悩んでいらっしゃる様でしたので、似た様な形状で、もう少しお買い求めやすい価格の品物もあるとお話ししたのですが、『このメーカーの物が良いから』と」

「なるほど。確かに専門店のナイフって、良いお値段しますもんね。その分お洒落で、付加価値ありますけど」

「それで、どうされたんですか?」


 ニコラは共感する様に頷き、ヴィクトーは淡々と続きを促す。


「はい。アウトレットに同型のナイフがおろされていたのを思い出して、お見せしたんです。そうしたら、即決されてました」

「確かに、型が古くても半額ならねぇ」


 同意して頷くニコラ。
 しかし、ヴィクトーは眉を寄せた。


「そうですか? 新しい型の方が使いやすくなっているかもしれないですし、私なら少し考えますが……」

「え? だって半額ですよ? まさか、値段が高ければ良い物とか思ってます?」

「そうは思いませんが、日用品ではなく趣味の物ですからね。手に馴染む感じなどもありますし、私でしたら、両方持ってみてから決めますかね」

「手に馴染むって……係長が言うと、どうしてこう、不穏な感じに聞こえるんでしょうね?」

「君は私を、殺人鬼か何かと勘違いしている様ですね? 」

「言い過ぎました。ごめんなさい」


 半眼の上司に、ニコラは苦笑いで軽く頭を下げた。

 この二人の刑事の気の抜けた会話は、警察の捜査に萎縮気味だった店長と店員の気持ちを、随分気楽なものにしたらしかった。

 気持ちに余裕ができた店長は、ふと、ナイフをアウトレットに回した理由を思い出す。


「このナイフ、新旧 見た目性能とも大きな差は無く、価格も一緒なので、しばらくの間 横に置いて販売していたんですよ。違いと言ったら、新しい物の方が、少しだけ刃渡りが長い程度で」

「ほう。刃渡りが。どれくらいですか?」
 
「ええと。誤差ですよ? 一センチ無かったかな? その分、古い方が、ほんのわずか幅広なんです。それこそ、ミリですけどね。
 ただ、並べてみるとやっぱり、新しい物の方が格好良いんですよ。売れたのも新しい物の方が多くて。で、残り一本になりましたし、展示品で箱も無かったので、アウトレットに回したんです」

「そうだったんですか。とても参考になりました」

「いえ。お役に立てれば良かったです」


 にこやかに返答する店主に、ヴィクトーは頭を下げる。


「因みに、こちらのお店は、防犯カメラを設置してますよね?」

「ええ。店の外と、レジカウンターの、そこですね」


 店長がカメラを指し示したので、ヴィクトーは頷いた。


「その女性が来店された頃のデータは、残っておりますでしょうか?」

「ええと。ああ。多分有りますね。正確な日付がわからないので、何処に入っているか分かりませんが」

「結構。しばらくお借りすることになってもよろしいですか?」

「構いませんよ」

「助かります。では、こちらの書類を一枚だけ記載いただけますでしょうか? データは近日中にお返ししますので」

「分かりました」


 店長は承諾し、書類に記入を始めた。
 店員は、店長の指示に従い、データの入ったディスクを紙袋に入れて、ニコラに手渡す。


「本日はお時間を頂き、ありがとうございました」


 丁寧にお礼を言うと、二人は店を出た。

 繁華街を外れ、駐車場に向かう道中、ニコラは口を開く。


「思ったより、良い情報が出ましたね」

「そうですね。一度戻って書類をあげましょう」

「はい。ただ、女性ってのがなぁ。犯人像とは合いませんよね」

「まぁ、カメラの映像を見て考えましょうか」

「はぁ。面倒ですが、仕方ないですね」


 苦笑いを浮かべたニコラ。
 不意に、右後方から迫る気配を感じて、右横を歩くヴィクトーの肩を押し、二人でその場に伏せる。

 黒っぽいボール状のものが二人の頭上を通過したのは、その直後だった。

 
 
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