10 / 32
捜査は難航していた⑴
しおりを挟む「そうですか。また、何か思い出したことがありましたら、ご連絡ください」
「あったらな。まぁ~何でも良いから、早く捕まえてくれよ。こんなに捕まらないなんて、ちょっとお粗末なんじゃないか?」
不満げにクレームをつけるアウトドア用品店の頑固そうな主人に対し、ニコラ刑事は引き攣り笑いを浮かべた。
(こっちだって、早く捕まえたいに決まっている!)
ニコラが、喉から出かかった言葉を必死に飲み込んでいると、横から顔を出した上司が、似たような言葉をあっさり宣った。
「こちらも、毎日足を棒にして聴き込みに回ってるのですがね。どうしたことか、一向に情報が上がってこないのですよ。皆さんの記憶が頼りです。ほんの些細なことでも結構ですので、何か思い出したら、是非」
(丁寧なお願いでも、そんな怖い目で言われたら、脅されてると思うんじゃないかな?)
苦笑いを深めるニコラ。
しかし、店主の反応は意外なものだった。
ふいに立ち上がって、ガハハっと笑うと、親しげにヴィクトーの肩をバシバシと叩く。
「なんだ。ヴィクトーさんじゃないか。こないだは助かったよ。なんだ? 今度は、こんな若僧と組まされているのか」
「後進の育成は、大切なことですから」
「はぁー。なんだ。そういうことならなぁ。ちょっと待ってろ? 些細なことなぁ。えーと」
(いや、俺が尋ねた時も、同様にしっかり考えてくれよ。全員が、こう、協力的じゃない感じだから、全然情報が上がってこないんじゃないのか?)
ニコラは、わなわなと拳を震わせるが、振り上げることは辛うじて堪えた。
ちなみに、店主とヴィクトーは、憤るニコラの横で平然と話を続けている。
「差し口から見る限りだと、刃の長さや形状は、丁度このキャンプナイフのようなものでして」
「ナイフを取り扱ってる店を虱潰しか。そら、ご苦労さんなことだ。だがなぁ……キャンプ用品は、この時期シーズンオフだろう? 一応置いてはいるが、滅多には出ない。買う人間がいれば、記憶に残ってると思うんだよなぁ」
「なるほど」
「ああ。そういや、中心街に新しいアウトドアショップ出来たの、知っているかい?」
「初耳です」
「少し前にオープンしてな。小洒落た作りで、若者に結構人気らしくてな。うちは客層被るから、ここのところ苦労している」
「それは大変ですね。因みに、どの辺りになりますか?」
ヴィクトーが手持ちの地図を拡げると、店主は店の場所を指さした。
「元々鞄屋だったところの、居抜き物件だ」
「ああ。あそこですか。分かりました。どうも有難うございます」
丁寧に礼を言うと、ヴィクトーはニコラを伴って、店を後にした。
「今の店主なんて、容疑者に入ってもおかしくないですよね? 身長、俺と同じくらい有りましたし、こういった店を経営しているのなら、凶器の入手は簡単だ」
「そうですねぇ。でも、ご主人は違うと思いますよ?」
「何故です?」
「まず、あの存在感です。あの様な方が後ろから近づいてきたら、途中で気付いて、逃げるなり叫ぶなりするでしょう」
「ああ。熊みたいですもんね」
「そして、彼は五十代ですから、被害者の女性との接点も見えません。既婚者ですしね」
「被害者がキャンプマニアとか?」
「なるほど。詳しく道具を教えて貰ううちに仲良くなり、不倫関係になったとでも? 若い女性四人ともと?」
「あー。違うと思います。少なくとも、バッチリメイクで着飾って会う相手じゃないです。罷り間違って不倫してたとしても、もう少しカジュアルな感じで会うでしょうね」
「君の言う通りだと思いますよ」
(どうやら正解を引き当てられたみたいだ)
ニコラは、ほっと胸を撫で下ろす。
「もし、君の言うストーリーが真実味を帯びるとしたら、先ほど伺った、こちらの若者向けのショップ店員の方が……」
次いで、ぽそりとこぼされたヴィクトーの言葉に、ニコラは顔を上げる。
そこで、丁度彼を見ていた上司と目が合った。
「行ってみましょう」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。

ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる