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ガールズトーク

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「まぁ。そうなんですか。では、普段シスターは、この時間、教徒さんや街の住民のお悩み事相談を受けていらっしゃるんですね。私ったら、都市伝説を鵜呑みにして、嫌だわ」

「悩み事相談だなんて、そんな、たいそうな事では。ほら。近しい人ほど、話しにくいことってありますでしょう? そんな方が、自分の気持ちを吐き出せる場があったならと。この時間、この曜日だけ、こちらをお借りしているのです」


 告解室は、数分前とはうって変わって、和やかな雰囲気に包まれていた。


「巷では、この時間ここに来れば、どのような罪人であっても、『神の声を聴く天使様が導きを与えて下さる』と……」

「まぁ。天使だなんて、畏れ多いわ。それに、私は殆ど聴いているだけなんですよ」


 ロラは少し俯き笑みを浮かべ、ぽつりと呟く。


「いえ。やっぱり、噂通り。シスターは天使様です。私を救ってくださったもの……」

「……そんな。私は、ただ、みなさんのお話しを聞くのが、好きなだけなんですよ」


 シスターブロンシュは微笑んだ。


「因みに、普段はどういった話を?」

「詳しいことはお話できないのですけど、年配の方は老後の心配だったり、ご近所との不和とか。熟年の方々は家庭への不満なども。ご夫婦はお子さんの素行の悪さで悩まれたり……」

「気が滅入りそうですね」

「そうでもないですよ。今日のように、若い女性の方からは、恋のお話も聞けますし」

「まぁっ。それは、ちょっぴり楽しそう」

「ええ。幸せな恋、苦しい恋。色々お聞かせいただいて。その、お恥ずかしながら、私には、恋というものがよく分からないのですけど、きっと、とても素敵なものなのだろうと、思いを馳せるんです」


 どこか寂しげな声音に、ロラは首を傾げる。


「シスターは、恋をしたことが無いんですか?」

「はい。私、幼い頃から、どこそこ鈍かったようで。
 そういったことに興味を持たないままこの世界に入ったのですけど、最近お話しを聴いていましたら、少々興味が湧いてきました」

「まぁ」

「きっと、貴女も素敵な恋をなさった、若しくは、なさっているのでしょうね?」


 急な問いかけに、ロラは目を瞬く。


「え?」

「ご結婚なさっていますよね? その、指輪を……」

「あ!指輪で……。ええ。その……まだ籍は入っていないのですけど……」

「そうでしたか。最近は、そういったご夫婦も多いそうですね」


 シスターは頷く。


「はい。でも、ゆくゆくは、籍を入れようと話しているんです。
 彼は、医療関連事務員の資格の取得を考えているようで、勉強しながら、いくつかの病院事務のアルバイトを掛け持ちしている状態なんです。
 正社員では無いので、収入が不安定なんですよね」

「それは、大変ですね」

「ええ。でも、二ヶ月前に『資格を取得して正社員になったら、籍を入れよう』と言ってくれて、必死に稼いだお金で、この指輪を……」


 ロラは左手薬指の指輪をそっと撫で、柔らかく微笑んだ。


「彼は、私には勿体無いほど素敵な男性なんです。本当はきっと、とてもモテると思うんですけど、『君が良いんだ』って、地味で何の取り柄もない、こんな私を選んでくれて……いつも優しくしてくれて。
 夜勤が結構多いんですけど、私がゆっくり眠れるようにと、出勤前にわざわざカモミールティーを淹れてくれたり……」

「まぁ。素敵なご主人ですね。夜の出勤前に、お茶の用意を?」

「ええ」

「愛されているのですね。不安を取り除き、安眠効果もあるお茶ですもの」

「そうね。彼が家にいない日は、多少不安になることもあるけど、あのお茶のおかげで、よく眠れるのかもしれない」

「きっとそうですね」


 シスターの言葉に、ロラは表情を和らげた。


「それにしても素敵だわ。まるで、物語に出てくるような、幸せな夫婦の形ですね。
 こちらで聴くのは、おあいての愚痴なども多いですから、そういった恋愛には憧れます」

「そんな。……でも、嬉しい。私、子どもの頃から恋愛小説が大好きで、そんな恋がしたいと思っていたんです。だから、今はとても幸せで……あんなことさえなければ」

「それは、今は無理に考えなくて良いと思います。
それよりも、明るいことを考えましょう?ええと、恋愛小説がお好きなのね。普段は、どのようなジャンルをお読みになるの?」

「それは、愛し合う二人が最後は結ばれて、幸せになる物語とか」

「まぁ。素敵ね。もし、貴女にお勧めの作品があったら、私に是非、タイトルを教えてくださる?」

「え?あ、はい。もちろん。良ければ、次に来る時、一冊お持ちしましょうか?」

「まぁ、どうしましょう。良いのかしら?」

「もちろん。お話しを聞いてくれたお礼に」

「嬉しいっ!」


 少女のように喜んでいるシスターの声に、ロラは笑みを浮かべた。
 頭の中で、どの本を貸すか思いを巡らせていたが、腕時計の時刻を見て、荷物を肩にかけ立ち上がる。


「五時になりますし、私、そろそろ帰りますね。シスターとお話できて、随分気持ちが楽になりました。ありがとうございます」


 窓の向こうで、シスターも立ち上がる音がする。


「こちらこそ、またお話し致しましょう。貴女に、神のお導きが有りますように」

 ロラはシスターに一礼して、告解室を出た。
 外は、既に夕闇に染まっていた。
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