鬼百合懺悔

文月 沙織

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白日の悪魔

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 くっ、くっ、くっ……。
 押し殺した笑い声とすすり泣きが耳に痛く響いてまいります。
 それからどれほど時間がたったことでございましょう。須藤は去っていき、坊ちゃまも乱された裾をなおして、よろよろと去っていかれます。
 半月だけいつまでも朧に光って、夜の庭を照らしておりました。

「あら、竜樹は?」
「はい、あの、今朝はお加減がお悪いとか」
 朝食の席に坊ちゃまがいらっしゃらない理由を奥様に訊かれて、わたくしはしどろもどろに答えました。
「まあ、安樹はいつものことだけれど、竜樹まで病気がちになったら困るわね」
 奥様はととのった瓜実うりざね顔をかしげられ、長い眉をよせられました。
「きっと暑気あたりでございましょう。あとで、果物でも持ってまいります」
「そうね。あ、今日は十一時になったらデパートへ行くから、タクシーを呼んでおいてちょうだい」
「かしこまりました」
 あまり坊ちゃまのことを追及されないのに内心ほっとしつつも、わたくしは奥様の息子への関心のうすさがやや気になります。
 それにしても……。
 ああ、昨夜のことをどうしたものでございましょう。
 昨夜はあれからわたくしも一睡もできませんでした。頭に浮かぶのは憎たらしい須藤の笑い声と、ぼっちゃまの泣き声、そして……月下ににぶく真珠のように照らされた、剝きだしの……。
 どうすればいいのでしょうか。さらにわたくしの胸を痛めるものがございます。
 もう、何年も昔のことですが、安樹お嬢様のお部屋でお召し変えを手伝っておりましたとき、まだ小学生だった坊ちゃまが赤いお着物を嬉しそうにさわっていたことがございました。お姉さまの真似をして着物をはおってみたり、帯をひきずってみたり。その様子が可愛らしくて、わたくしはふざけて坊ちゃまに赤いお着物を着せてさしあげました。
(まぁ、竜樹、かわいい。お姫様みたいね)
 安樹お嬢様もうれしげにお笑いになり、二人仲良くお遊びなされて。ほんとうに美しい姉と妹のようでございました。
 あれが……いけなかったのでございましょうか……。
 あのことが、坊ちゃまに悪い影響をあたえてしまったのでしょうか。
 歌舞伎役者の家にでも生まれた方が幸せだったかもしれない――。旦那様の苦々し気な言葉が耳によみがえってまいります。
 たしかに、世のなかには女の恰好をしたがる男もいるものだと聞きます。昔の陰間茶屋にはそういう異形の男や少年がいたとか。
 何年かまえ、なにかの用事で出かけた帰りに上野公園の近くを歩いておりますと、それらしき人を見かけたこともございましたが、そういう人を見る周囲の人の目は、やはり嘲りと嫌悪にゆがんでいたものでございます。
 わたくしは坊ちゃまがそうなのかと思うと、寒気がしてまいりました。とてもこんなことは奥様に言えません。 旦那様に相談することも危ぶまれます。そうなれば、いよいよ旦那様は坊ちゃまを、古い言葉でいえば廃嫡はいちゃくされて、甥の安治さんに事業をゆずられるでしょう。そのようなこと、考えただけでも身体がふるえる想いでございます。
 ぜったいに秘密にしなければ……。
 ですが、そうなると、この先わたくしはどうすればいいのでしょうか。須藤のような男を相手にわたくしはどうやって坊ちゃまをお守りすればよいのか……。
 その須藤は、今日も庭で形ばかりの掃除をしながら、美紀とおしゃべりしているようでございます。まったく、美紀の口の軽いことといったら。
 とにかくわたくしは坊ちゃまのお部屋へ、缶詰の桃をガラスの器に盛って持ってまいりました。
「坊ちゃま、よろしいですか? 桃だけでもお召し上がりになりません?」
「ん……」
 のそのそと布団のうえに置きあがった坊ちゃまは鼠色のパジャマ姿で、寝起きのお顔はひどく物憂げでございます。伏せられた目元など、思わずこちらが見とれてしまいそうなほどの……こう言ってはなんでございますが、色気がにじんでおります。
 目を伏せがちなのは、赤く腫れているせいだと気づいても、気づかぬふりをして、わたくしは桃の器をすすめました。食べさせてさしあげようかと思いましたが、さすがに坊ちゃまはご自分でお召しあがりになられました。
 ゆっくりしとした動作で添えてあるフォークをつかって、桃の果肉をかじられますが、その目は虚ろで、何も考えていらっしゃらないように見受けられます。
 いえ、考えていらっしゃるのは、おそらく昨夜のことでございましょう……。
 今もこうしているとわたくしの頭に浮かんでまいります。
 金魚模様の浴衣、乱された裾、むきだしにされた臀部でんぶ、そして、夜の庭にひびいた、あの肉を打つ、どこか官能的な音……。さらに、その果てにひびいた、あの、十六歳の少年のもらした感情の発露のような一声ひとこえ。いたたまれない……。
 わたくしはそっと室を去りました。わたくしが去るときも、坊ちゃまの目はあらぬ方に向けられ虚ろなままでございました。
 
 奥様は美紀をお供にしてデパートへ、坊ちゃまはお部屋で過ごされております。わたくしはおなじく桃を盛った器を盆にのせて、廊下を歩いておりました。
「お清さん、離れへ行かれるんですか?」
 声をかけてきたのは当然、須藤でございます。
「え、ええ。お嬢様も食が細いもので」
「私が持っていきましょうか?」
 とんでもない! わたくしは引きつった笑顔を見せておりました。
「いえ、お嬢様のお世話はすべてわたくしが。今日はお嬢様はとくに調子が良くないので、しばらく離れにおりますから、何かあったら呼んでください」
 須藤は笑ってうなずきました。この笑顔が恐ろしい。
 離れに行ってから、わたくしは途端に後悔しました。思えば、坊ちゃまと須藤を二人にしてしまうものではないかと、今になって思いあたったのでございます。
 お嬢様への挨拶もそこそこに、大急ぎで母屋にもどりました。胸騒ぎがしてなりません。
 わたくしの悪い予感は当たってしまっておりました。
 坊ちゃまのお部屋のまえ、かすかに開け放たれた襖のはざまに須藤の黒いシャツの背中が見えます。あの男はあつかましくも昼間に坊ちゃまのお部屋へ侵入しているのでございます。
「はなせよ!」
「騒いでも無駄ですよ。今は奥様も美紀もいないんですから。お清さんは離れへ行ったら二時間はもどってこないでしょう? とくに今日は安樹お姉さんの具合が悪いようですからね」
「うう……」
 わたしくは、どうしても襖のまえから足を動かすことができませんでした。中へ入って須藤の暴挙を止めることも、何も見なかったふりをして去ることもできず、石のようになってそこにとどまっておりました。
「は、はなせ!」
「大人しくして」
 須藤は、昨夜のように坊ちゃまの両手をひとつにまとめて、背中で握りつぶさんばかりにして引っ張りあげると、あっという間にパジャマのズボンと下着をはぎ取ってしまいました。
「あっ……」
 坊ちゃまが悔しそうに眉をしかめるのが見えるようでございます。お母様ゆずりの色白のお顔を羞恥に赤く燃やし、屈辱に悶え、布団のうえにつかされた両膝を無念そうに震わせていらっしゃるのが、かすかにうかがい知れます。
「こうして昼間に見ると、やっぱり綺麗な肌ですね。でも、ちゃんと引き締まっているし。健康そうな身体だ。それなのに……勿体ないですね、男じゃないなんて」
「僕は男だ!」
 坊ちゃまは抑えこまれた身体で必死に身をよじられているようでございます。
「おや、そうなんですか? でもね、坊ちゃん、男は、ちゃんとした本当の男は、女の着物なんて着たがらないもんなんですよ」
 須藤が面白がるように、嬲るように言うのに、坊ちゃまは、お可哀想に、すすり泣いてしまわれました。
「ふ、ふざけただけだってば……、もう、二度としないから」
「ああ、可愛いな。もう、泣いているんですね。まだ、まだ、これからですよ」
 ぴた、ぴた、と太腿ふとももをたたく音がかすかに襖の外まで聞こえてまいります。わたくしは気を失いそうになりながらも、自分の心臓の音に悩まされながらも、ひたすら時がたつのを待っておりました。
「綺麗なお尻だ」
「あっ、よせ」
 その後聞こえたのが接吻の音だということは、わたくしにも判りました。須藤が坊ちゃまの臀部を口で嬲っているのでございます。
「あっ……、ああ……ああ」
 どれぐらいたったころか、坊ちゃまの悲痛な声に、やがてどこか甘やかなものがまじりはじめました。
「ああ……、やめろ、やめろったら……」
 湿った音がひびきます。
「あっ! そ、そんなとこ駄目だ! よせ、汚い!」
 身をよじるような、衣擦れの音と、肉の触れ合う音がひびいて、やがて坊ちゃまの啜り泣きが聞こえてまいりました。
「駄目、駄目だったら……ああっ……」
「駄目、駄目、と言いながら、坊ちゃん、やらしいですね。すっかり感じているじゃないですか。ああ、可愛い」
「やめて、頼むから、もうやめて」
「考えたんですが、坊ちゃん、悪いことをしたお仕置きに、本当に坊ちゃんを女の子にしてあげますよ」
「や、やめて」
 恐ろしい須藤の宣言に、坊ちゃまの抗議の声は消え入りそうでございます。しょせん乳母日傘おんばひがさでそだった坊ちゃまが、須藤に立ち向かえるわけがないのでございます。
「なんでです? 坊ちゃん、女の子の恰好が好きなんでしょう? お姉さんのように綺麗な女の子になりたかったんでしょう?」
「ち、ちがう、ちがうったら」
「この須藤が、これからじっくり坊ちゃんを可愛い女の子に仕込んでやりますよ。身体も心もね。ほら、尻をあげて」
「い、いや、いや、いや!」
 わたくしは心臓が止まりそうになりました。けれどもなすすべもなく、そこに木偶でくのようにつっ立っているしかなかったのでございます。
「これで、指一本です。坊ちゃん、まずはこれに慣れてください。これに慣れるようになったら、つぎは指二本、そのつぎからは坊ちゃんのために面白い玩具を用意してあげますよ。夏が終わる頃には、坊ちゃんは一人前の女になってますよ」
 なんという下品で残酷な男なのでございましょう、須藤という男は。わたくしは内心怒りを感じて仕方ありません。
「い、いやぁぁぁ……」
「ほら、ほら、また感じはじめてますよ。でも、もうちょっと辛抱してくださいよ」
「あっ……ああ、あああ……駄目、駄目だ、もう無理」
 またも冷酷な笑い声。
「無理? もう指半分まで入ってますよ。素質充分じゃないですか」
 わたくしは坊ちゃまを心配するあまり、勇気を出して、襖の向こうがもう少し見えるよう身をすすめました。
 もはや坊ちゃまは腕をはなされており、その手で白いシーツを握りしめて、必死に与えられた屈辱と苦痛に耐えているようでございます。下半身はすべてあらわにされ、須藤のまえにあられもない恰好を強いられ、太腿も腰も緋色の真珠のように淡く燃えております。   
 無慈悲な須藤は汗でからまるパジャマの上着をたくしあげ、坊ちゃまの胸に左手をのばし、我が物顔でまさぐり、いっそう坊ちゃまの苦痛を煽っているようでございました。
「あっ、ああ!」
 全身で嗚咽する坊ちゃまの腰を、「うるさい」と言わんばかりに、ぴしゃりと打つと、須藤はそばにあったを拾いあげました。
「うっ、ううん!」
 見ていて、わたくしは胸がつぶれそうになりました。
「ほら、しっかりくわえていろ」
 むりやり口に押しこまれたのがご自分の下着だとわかったのでございましょう。生まれて初めて受ける信じられない冒涜行為に、坊ちゃまの身も心も限界のようでございました。
 坊ちゃまの身体が、全身で、いや、いや、と泣いているのがわたくしには解りました。
「ん……、ううん!」
「おお、よしよし。いいぞ、指を根元まで飲みこんだな。腰の振りかたも色っぽいぞ。いい子だ、いい子。竜樹はいい子だな」
「……ふぅ……!」
 聞いている方が気の狂うような声が、その後の長くつづきました。
「おお、よしよし。よく我慢したな、ほら、もういいぞ」
 ここからはそこまで見えませんが、須藤は指で坊ちゃまに刺激を与えながら、もう片方の手で戒めていたようでございます。そして、坊ちゃまを限界までたかぶらせて、今、許したようでございました。
「そら、うんと感じろ」
「うううー……」
 太陽の照りつく庭よりもすさまじい熱気にあふれた座敷から、一歩、一歩、わたくしは震える足ではなれていきました。
 恐ろしい。本当に恐ろしいものを見てしまいました。それは白昼夢のような時間でございました。


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