【R-18】キスからはじまるエトセトラ【完結】

田沢みん

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【番外編】

楓花の怪我の話 (5)

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「いやぁ~、あの時はマジでビビったぜ。楓花がいきなり倒れてて、天馬が鬼の形相でバシン!ドカン!って相手を叩きのめしてさ。……まあ、そのあとで俺がアイツらを更にボコボコにしてやったんだけどな」

「お兄ちゃんってさ、昔からこの話をするのが本当に大好きだよね」

「そりゃあそうだろ、あの時の天馬はマジで凄かったからな。鬼神だよ、鬼神! あんなのお前が見てたらションベンちびってたわ」

「うわっ、お兄ちゃん下品!」

 新婚旅行から帰った翌日、『かぜはな』にお土産を持って挨拶に行ったら、ちょうどお店に顔を出していた大河に捕まって昔話になった。

 ヤンチャ時代なんて天馬にとっては黒歴史。
 まだ楓花への気持ちも自覚せずに、女の子に囲まれて喧嘩に明け暮れていた青臭い時代だ。

 そのあと卒業式で楓花への想いを自覚して、それを認めたくなくて好きでもない相手と付き合ったりデートしてみたりもしたけれど……。

ーーとんだ悪あがきだったな。

 天馬がフッと口元を緩めて苦笑していると、カウンター席の隣から楓花が顔を覗き込んできた。

「あっ、天馬、1人で何か思い出し笑いしてる~!」
「マジかっ、天馬。ハネムーンの事を思い出してるのかっ?! うわっ、いやらしい!」

 楓花の向こう側から大河も顔を覗かせて大袈裟に騒いでみせる。

「違うって……。今思い出したんだけどさ、俺が真剣に医師の道を目指そうと決めたのは、あの時からだったな……って思ってさ」

「えっ、あの時って、私が怪我をした時?」
「そう、お前が怪我をして、病院に連れてった時」

 こめかみから血を流してグッタリしている楓花を前に、高校生の自分は狼狽えるしかなかった。

 病院で白衣をなびかせて颯爽と現れた父親が救世主に見えた。
 楓花を軽々と抱き抱え、迷いなくナースに指示を出す後ろ姿がカッコいいと思った。

 泣き叫ぶ楓花を前に、不確定な未来の約束を大声で口にするしか出来ない自分。
 目の前でドアが閉められたとき、そのドアの向こう側にいられない自分が悔しかった。

ーーくそっ! 俺に力があれば楓花をすぐに助けてやれたのに……。

「……無知で無力な自分が情けなくて悔しくてさ……今思えば、あの時のことがきっかけで、外科医の道を志したんだと思う」

「へぇっ、俺は小さい頃からお前が医者になるもんだと思ってたけどな」

「俺もそう思ってた。だけどそれは自然の流れに沿っていただけのことで、別に外科でも内科でも何でも良かったんだ。もっと言えば、家がレストランだったらシェフを目指してた……くらいの感覚でさ」

 だけど楓花の怪我をきっかけに気持ちが固まった。

「今度楓花が怪我をしたら俺が助ける……そのために外科医になった」

「マジかっ! それじゃ、もしもあの時に楓花がお腹が痛いって言ってたら内科医になってたのかよ!」
「なってた」

 即答する天馬に、カウンターの内側にいる茜もドン引きだ。

「怖っ! 天馬……あんたってその頃から楓花ちゃんにめちゃくちゃ執着してたんじゃん」
「……そういう事になるな」

「うわっ! こんなの俺が知ってる天馬じゃねぇ!……楓花、天馬は俺の想像以上になかなかヤバいぞ!逃げるなら早い方がいいぞ!」

 3人のやり取りを聞きながら、楓花がクスクスと笑い出す。

「私は嬉しいよ。患者さんに尊敬される立派な外科医の誕生に、私の存在が少しでも影響を与えられているって事でしょ? ……それにね」

「んっ? それに……何だ?」

 天馬が目を細めながら、カウンターの上の楓花の左手にそっと自分の右手を重ねながら、顔を覗き込む。

「天馬は自分を責めてるみたいだけど、あのとき相手が石を投げてくるだなんて予想出来なかった事でしょ?」

「ああ……喧嘩慣れしていないヤツはすぐに近場の物を掴んで手当たり次第に投げようとするからな。馬鹿がっ!」

 天馬が『鬼神』の片鱗を覗かせる厳しい目つきになり、苦々しい口調で吐き捨てた。

「喧嘩の現場に勝手に飛び込んで行った私が悪いんだし、天馬に落ち度は全くないの……でしょ?」

 そう言いながら楓花が大河や茜に同意を求める。

「まあ、そうよね。責められるべきは勝手に勘違いした挙げ句、仲間を連れて天馬を待ち伏せしてた奴らで……」

 あの事件のあと、宗馬から先方の高校と両親に連絡が行き、問題を起こした3人のうち2人は反省文提出、石を投げた本人は1週間の自宅謹慎処分となり、両親に付き添われて楓花の元に謝罪に訪れ、治療費もしっかり払ってもらった。

 それと同時に、喧嘩沙汰を起こした大河と天馬、特に無抵抗の相手に暴力を振るった天馬は厳しく叱られることになったのだけど、楓花の怪我が原因ということと、先方が因縁をつけた自分たちの非を認めたということもあって、2日間の自宅謹慎処分と反省文だけで済まされたのだった。


「だからね……むしろ私的にはそれで良かったな……って言うか、怪我したのが天馬じゃなくて良かったな……って。私が天馬を守れたことが嬉しいな……って思って……」

「楓花ぁっ!」
「キャッ!」

 天馬が楓花にガバッと抱きつくと、うっとりした表情で頭にズルズリと頬擦りし始める。

「ちょっ……天馬!」
「楓花……お前本当に最高! もうマジで好き過ぎてヤバい!」

「天馬、ヤバいのはアンタだって」
「うん……天馬、お前マジでヤベェよ……俺の幼馴染の天馬じゃねぇって!」

 茜と大河の凍りついた視線にもお構いなしで、天馬は楓花にスリスリし続ける。

……が、ハッと気付いたように顔を上げると、椅子の横にある紙袋を手に取り、楓花の手を引いて立ち上がる。

「早いとこ他の挨拶も済ませて家に帰ろう! うん、そうしよう!」

「えっ、ちょっと天馬!……茜ちゃん、お兄ちゃん、また~!」

 天馬に引き摺られるようにして店から出て行く楓花を見送ると、茜と大河は目を見合わせてクスッと笑う。

「本当にラブラブだよね、あの2人」
「ああ、俺たちには敵わないけどな」

「……そうね、あんたの場合は愛を語る前に寺修行が待ってるんだけどね。……2ヶ月後に3泊4日の永平寺、予約入れといたから」

「えっ……ええっ?!」




「ちょっ、天馬! 急にどうしちゃったの? そんなに急いで……」

 天馬は左手に土産入りの紙袋、右手で楓花の手を握ったまま、ズンズンと横断歩道を渡って行く。

「……お前が悪い」
「えっ?」

「あんな可愛いことを言われたら抱きたくなるに決まってるだろ。早いとこ託児所にお土産を置いてマンションに帰るぞ。速攻で抱く」
「ええっ?!」

「今日の託児所のメンバーは?」
「飯島さんとマキさんと……」

「そうか……あっ!」

 横断歩道を渡りきったところで天馬が急に足を止めて、楓花がトンッとその肩にぶつかった。

「えっ、何?」
「飯島さんって……あの飯島さんだよ」
「えっ?」

「楓花が怪我した時に処置してくれた……そうか、あの頃はまだ病棟主任になってなかったんだな」

「えっ、凄い! 本当にそうだったのか聞いてみようよ!」
「いや……駄目だ」
「えっ、どうして?」

「今日はとにかく早く帰りたい。だから……昔話はまた今度ゆっくり……な」

 チュッと不意打ちのキスをされて、楓花が「もうっ!」とむくれて見せる。

「……駄目?」
「駄目……じゃないです……けど?」

「またちょいちょい敬語って……楓花ぁ!」
「キャァっ!」


 公道の真ん中で愛する妻を抱き締めながら、天馬は改めてシアワセを噛み締める。

 楓花のこめかみの傷は、今では本当に薄っすらと白い線が残るのみで、そうだと意識して見なければ気付くことが出来ないほどだ。

『傷が残ったら俺が嫁に貰ってやるからな』
 傷跡が無くなった今は、もうあの約束は無効になってしまったけれど……

『責任を取る必要は無くなったけれど、惚れてしまったので結婚しました』

ーー今度時間がある時に、飯島さんにそう言って話して聞かせよう……。

 そんなことを考えながら目の前のこめかみにキスを落とすと、天馬は楓花の手を引いて病院へと歩き出したのだった。


 楓花の妊娠が判明し、産婦人科医になれば良かったと天馬が後悔するのはその半年後のことである。





Fin


*・゜゚・*:.。..。.:*・ .。.:*・・**・・*:.。. .。.:*・゜゚・*

『楓花の怪我の話』終了です。
 2話くらいで終わる予定だったのが膨らみ過ぎて5話になってしまいました。
 しつこくてすいません。
 だけど天馬と大河の学生時代とそれを追いかける楓花を描きたいと思っていたので、自分的には(自己)満足です!

 次は結婚半年後の『中出し解禁日』のお話です。
 こちらはR18ですのでご注意下さい。
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