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28、君に出逢えて良かった (2) side 透
しおりを挟むそこまで話したところでぐるりとテーブルの面々を見渡した。
予期せぬ透の打ち明け話に、全員が表情を固くして黙り込んでいる。
そりゃあ、そうだろう。
弟への嫉妬心を長々と語られて、一体どんなリアクションをすればいいと言うのだ。
ーーだけどごめん、本当に言いたいことは、もう少し先だ。
「朝哉、覚えてるか? 初めてお前が俺抜きで、父さんと2人だけでゴルフに行った日の事を。俺が高校生で、お前が中3だったか……」
朝哉が「ああ……」と頷いた。気まずそうな表情から、あいつもあの時の事を同じように感じているのだと分かった。
「父さんに、『お前もゴルフに行くか?』って聞かれたんだ。『行くぞ』じゃなくて『行くか』。その時点で、ああ、俺はもう用無しなんだな……って思った」
「兄さん、違う!用無しなんてっ!」
テーブルに手をつき腰を浮かせた朝哉を手で制して座らせる。
「いや、俺には分かっていたんだ。そうだな……俺が高校に入った時。俺は担任から生徒会の副会長にならないかと推薦を受けた。だけど人前に立つのが嫌だった俺は会計になった」
その翌年には生徒会にも入らず、コンピューター部で機械いじりをしていた。
一方の朝哉は中学に入ってから音楽系の習い事をバッサリやめてバスケを始め、ポイントガードで大活躍。
チーム自体が弱小だったから試合の上位には進出出来なかったけれど、見事なプレイで観客を魅了して、仲間とハイタッチして汗を輝かせていた。
部活をしながらも、中1で生徒会副会長、中2で生徒会長に就任。
趣味と学業を見事に両立させ、まさしく『黒瀬の自慢の息子』。
この辺りで、両親の間で『クインパスを継ぐのは透ではなく朝哉』と決まったのがなんとなく分かっていたから、高2のあの日、ゴルフに行かないと言った自分を置いて父親が朝哉だけを連れて出掛けるのも、当然の流れだと思った。
多少寂しくは思ったけれど受け入れていた心をザワつかせたのは、階下から聞こえてきた2人の会話。
『どうして俺だけ連れて行かれるんだよ! 兄さんが行かないなら行きたくないよ!』
『アイツはもういいんだ。家でコンピューターをいじってる方がいいらしい』
『だったら俺だって家に残る』
『お前には必要なことだ。ゴルフ場でのマナーをしっかり身につけて、せめてスコアがコンスタントに100を切れるまでの実力をつけなくては』
これで朝哉が『選ばれた』のが確定した。
尚もゴネている朝哉の声。
ーーやめてくれよ!俺を惨めにさせるなよ!
思わず部屋から飛び出して、踊り場から顔を出していた。
「朝哉、お前はゴルフに行って来い。俺は1人でコンピューターの組み立てをしたいから、家にいられると気が散る」
「兄さん!」
「ゴルフ場でのマナーをしっかり身に付けて来いよ。お前はペチャクチャお喋りし過ぎだからな」
笑顔でヒラヒラと手を振ってやると、朝哉は気まずそうに顔をしかめて、だけど肩を落として父親と出掛けて行った。
ーーこれでいい。
元々朝哉が継ぐべきだと思っていた。
自分は朝哉を支える側になろうと決めていた。
なのに胸が苦しいのは、心に暗い澱が溜まっていくように感じるのは……きっと後継者の座を失ったと同時に、親の愛までが失われたように錯覚しているからだろう。
元々うちの親子関係なんて、こんなものだった。何を今更……。
大きく深呼吸すると、部屋に戻ってパソコンの組み立てを再開した。
やはりゴルフに行くよりこうしている方が楽しい。
なのに朝哉が真新しいポロシャツを着て帰って来て、新品のドライバーが入ったゴルフセットが玄関に立て掛けられているのを見た時、少し羨ましいと思ってしまっている自分もいた。
「それから朝哉は益々親に反抗的になって、祖父には『うるさい、ジジイ!』なんて暴言も吐いたりしてさ。パーティーも俺に押しつけて逃げ出したりして……それでもなんだかんだで可愛がられていたな」
そんな朝哉が恋をした。
あれだけ見合いから逃げていて、親の言いなりの結婚なんかしないと言い張っていた男が、親の決めた相手とアッサリ付き合い始めた。
オマケに朝哉の方が夢中になっていて、彼女の家庭の問題で婚約出来ないとなったら、今度は彼女との交際を認めてもらう代わりにクインパス後継者になる覚悟を決めて、ニューヨークに留学までしてしまった。
「朝哉にそこまでさせる恋愛って、何なんだろうな……って思った」
自分は恋愛に興味が無かったし、恋が出来るとも思っていなかった。
図鑑や設計図やコンピューターに夢中になるように、人間の女性にも夢中になれるのだろうか。
そうすれば自分も朝哉のように変わることが出来るのだろうか。
何度目かのお見合いの打診があった時、『断る可能性が大だけど、会ってみるくらいならいいよ』と返事をした。
父は凄く驚いていたけれど、漸く結婚に前向きになってくれたのかと喜んで、すぐに見合いの場をセッティングして来た。
2人の女性と会った時点で、コレは駄目だな……と確信した。
全く興味が持てない。向こうもきっとそうだったと思う。
趣味を聞かれて『コンピューターいじり』と答えたら、あからさまにドン引きした顔をされた。
贅沢で華やかな暮らしが当然の社長令嬢は、きっと大型ボートでのクルーズや高級外車でのドライブを御所望なのだろう。
透側から断ったけど、同時に向こうからも断りが来たのだと思う。
それからしばらくは見合い話も途切れて清々した。
ーーうん、やっぱり俺に恋愛は無理だ。一生独身で仕事に邁進しよう。
幸いにもカテーテル開発の要、『白石工業』の研究開発センター長に任命され、現場で新しい技術の開発に携われることになった。
夢は次世代の心臓カテーテル開発。そして特許でも取れたらいいのだけれど……。
そんな風に考えていた28歳の秋。
「1年前の秋に、俺は運命の出会いをしたんだ。ヨーコに一目惚れして、胸のときめきや苦しさを知った」
チラリと隣を見ると、ヨーコが両手を口に当てて、赤い顔をしていた。
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