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29、君に出逢えて良かった (3) side 透
しおりを挟む「初めての感情が恋だと気付いた時には、もうヨーコと会える機会を失っていた。自分から積極的に会いに行く勇気も無かった。だけどチャンスが訪れた」
透はあの日のことを脳裏に思い浮かべながら言葉を続ける。
半年前の朝哉の結婚式。
受付に現れたヨーコに声を掛けようかと迷った挙句、勇気が出せずに諦めた。
「その時にデートにでも誘えていれば良かったんだろうけど……受付での竹千代くんとの会話から、ヨーコが彼と付き合うものだと思っていて……」
「「「 「 はぁ?! 」」」」
これには一斉に声が上がった。見事なカルテット。
「……と言うか、元々はヨーコが朝哉に片想いしていたと思っていて、俺の出る幕は無いと思ったんだ。 だからニューヨークに転勤が決まった時、父さんから向こうに行く時に伴侶を伴って行った方がいいって言われて、仕方なく見合いをして……」
だけどやっぱり結婚する気にはなれなくて断りを入れたのだが……
「父さんがどういう説明をしたのか知らないけれど、相手が何故かその気になって、しばらく待ってくれると言う話になっているらしい」
「「「「 はぁぁ?! 」」」」
今度も見事なハーモニー……いや、不協和音か。
それぞれが語尾を上げたり下げたり呆れていたり、怒りを含んでいたり。
「もちろん俺にはその気は無いし、タイミングを図ってヨーコのことを話すつもりで……」
バチーーーーーーーン!
「「「 !!!! 」」」
乾いた音と共に、左頬に激しい衝撃が炸裂した。
目の前に火花が散り、後には痛みと熱が残る。
「このっ、バカチンがっ!」
見開いた瞳孔に映っているのは、右手をフルスイングしたヨーコ。
そして彼女の薄い色の瞳には……縁いっぱいの涙が溜まっていた。
ーーえっ……。
ヨーコがパチリと瞬きすると、少し釣り上がった猫のような瞳から、大粒の涙がポロリと零れ落ちた。
「ヨーコ……」
慌ててテーブルにあったナプキンで拭き取ってやろうとすると、両手首をガッと掴まれて、真っ直ぐな視線で射抜かれる。
「トオル……トオルは私のカレシではナイのデスカ?」
「俺は……彼氏…です」
「カレシとカノジョは、健やかなる時も病める時も、お互いを労わりあい嘘をつかずに正直者でいるモノでは無いのデスカ?」
「……うん、その通りだ」
なんだか微妙に違うような気がするけれど、彼女が言わんとしている事は理解できるので、逆らわずに頷いておく。
「私がタケと付き合うなんて、あり得ないデショ! トモヤを好きだった? だったら私がトモヤに失恋して、代わりにトオルと付き合ったと思っていたのデスカ? ずっとそう思っていたのデスカ?!」
「それは……」
「勇気を出してトオルに初エッチを捧げたのに、誰かの身代わりなんてあり得ませんヨ!」
「ちょ、ヨーコ!」
皆の視線が痛い。 だけどそれ以上にヨーコの涙が胸に滲みてチクチクと痛む。
彼女を泣かせているのも、こんな発言をさせているのも自分自身で……。
「何より1番悲しいのは……長い間ずっと胸に溜め込んでいた辛い気持ちを、私に打ち明けてくれなかった事デス……」
瞳からポロポロ零れ落ちる涙の粒。それを拭おうともせず、ヒックと鼻を啜り上げて、子供みたいに泣きじゃくって……。
「だってトオルは私が腐女子でも受け入れてくれたじゃないデスカ。元カレから受けた傷も癒してくれたじゃないデスカ。私だって……私だってトオルを慰めたいのデス。トオルを癒すのは私じゃなきゃ嫌なのデス!」
とうとう「えーーん!」と声をあげたヨーコを見かねて雛子が駆け寄ろうとすると、その腕を朝哉が引き戻した。
「ヒナ、ヨーコを泣き止ませるのは俺たちの役目じゃない」
こちらに顎をしゃくってから、
「兄さん、俺たちはちょっと出てくるから、2人で話し合いなよ」
「えっ?」
「タケ、もうアルコールは抜けてるんだろ? 3人でドライブデートしようぜ」
「いや、俺は帰ります。家でやりたいこともあるので……」
一斉にガタガタと立ち上がる3人を見上げていると、竹千代がこちらを見下ろして聞いてきた。
「ところで透さん、朝哉さんの結婚式の日に聞いたという俺とヨーコの会話ですけど……簡単に説明してもらえますか?」
ああ……と答えて、「私の朝哉を取られて悔しい……みたいな?」と、触りの部分だけを伝える。
「はぁぁ?! 私はそんなこと一言も口に出してナイデスヨっ!」
おいおいと泣くヨーコに深い溜息を一つ吐いて、竹千代が言った。
「俺は記憶力がいいので、その時の会話を一語一句間違えずに言えますよ。耳の穴をかっぽじって聞いて下さいね」
「そうだ! トオルは耳の穴をカッポほじって聞きナサイ!」
「ヨーコちょっと黙れ、俺が説明する」
そして竹千代はまるでボイスレコーダーの如く、スラスラとその時の会話を再現して見せたのだった。
『タケ、ヒナコのドレス姿を見ましたカ? 地上に舞い降りたエンジェルでしたヨ!胸がキュンとしまシタヨ!』
『おう、朝哉さんも超絶カッコ良かったな』
『トモヤはどうでもいいんですヨ!ううっ、私の可愛いヒナコがトモヤのモノになってしまう……』
『ずっと同棲してたんだし、雛子さんはもうとっくに朝哉さんのもんだけどな』
『ウキーッ! それは言わないでクダサイ! 私のヒナコをトモヤに取られて悔しいデス!』
『雛子さんがヨーコの物だった事なんて無いけどな』
『タケは冷たいデス。鬼デス。エーーン!』
『こんな人目のあるとこで泣き真似はやめろ』
「……これで俺との交際疑惑も朝哉さんに片想い説も払拭出来ましたか?」
「出来た。なんか……悪かったね」
「全くですよ。 第一、俺や朝哉さんはヨーコのタイプじゃ無いと思いますよ」
「えっ、ヨーコのタイプ?」
朝哉の呟きに竹千代が頷く。
「俺、以前から薄っすら思ってたんですけど……透さんって、少し雛子さんとキャラが被ってません? チョロいというか、お人好しというか……」
「おい! 俺のヒナはチョロインじゃないからな! だけど……まあ、確かに馬鹿正直で騙されやすい所は似てるかもな……」
竹千代と朝哉が2人でフムフムと納得している。
「なんだよ、俺が騙されやすいって……」
するとヨーコがキラキラと瞳を輝かせ、夢見る乙女のように胸の前で指を組む。
「そうだったのデスネ……大好きな雛子とキャラ被りの透……私たちが恋に堕ちるのは必然だったのデス!」
「ええっ?!」
怒るどころか喜んでいる。
ヨーコがそれでいいのなら、こちらも文句は無いけれど……。
「まあ、兄さん……今回は兄さんが女に振り回される貴重な姿を見ることが出来て良かったよ」
朝哉が透の肩にポンと手を乗せてウインクして見せる。
「兄さんはいつだって俺が尊敬する憧れの人だし、一緒にクインパスを支えてくれるパートナーだ。一緒にニューヨークに来てくれて、心強く思ってる。俺は今の立場を後悔していないし、これで良かったと思ってるよ」
「うん、俺もだ。今の仕事が好きだし、お前を支えられることを嬉しく思うよ。……ハハッ、馬鹿みたいだ。たったこれだけの事をずっと言えなかったなんてな」
「……だな」
それじゃ……と言い置いて、朝哉たちは出て行った。
弟の朝哉とは大人になるにつれなんとなく距離が出来ていたけれど……こうして久しぶりに会ってみれば、相変わらず兄想いのいい奴だった。
「さて……と」
透は改めてヨーコに向き直る、
ーーさあ、今度は恋人とちゃんと向き合う番だ。
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