マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

文字の大きさ
30 / 56

29、君に出逢えて良かった (3) side 透

しおりを挟む

「初めての感情が恋だと気付いた時には、もうヨーコと会える機会を失っていた。自分から積極的に会いに行く勇気も無かった。だけどチャンスが訪れた」

 透はあの日のことを脳裏に思い浮かべながら言葉を続ける。

 半年前の朝哉の結婚式。
 受付に現れたヨーコに声を掛けようかと迷った挙句、勇気が出せずに諦めた。

「その時にデートにでも誘えていれば良かったんだろうけど……受付での竹千代くんとの会話から、ヨーコが彼と付き合うものだと思っていて……」

「「「 「 はぁ?! 」」」」

 これには一斉に声が上がった。見事なカルテット。

「……と言うか、元々はヨーコが朝哉に片想いしていたと思っていて、俺の出る幕は無いと思ったんだ。 だからニューヨークに転勤が決まった時、父さんから向こうに行く時に伴侶を伴って行った方がいいって言われて、仕方なく見合いをして……」

 だけどやっぱり結婚する気にはなれなくて断りを入れたのだが……

「父さんがどういう説明をしたのか知らないけれど、相手が何故かその気になって、しばらく待ってくれると言う話になっているらしい」

「「「「 はぁぁ?! 」」」」

 今度も見事なハーモニー……いや、不協和音か。
 それぞれが語尾を上げたり下げたり呆れていたり、怒りを含んでいたり。

「もちろん俺にはその気は無いし、タイミングを図ってヨーコのことを話すつもりで……」

 バチーーーーーーーン!

「「「 !!!! 」」」

 乾いた音と共に、左頬に激しい衝撃が炸裂した。
 目の前に火花が散り、後には痛みと熱が残る。


「このっ、バカチンがっ!」

 見開いた瞳孔に映っているのは、右手をフルスイングしたヨーコ。
 そして彼女の薄い色の瞳には……縁いっぱいの涙が溜まっていた。

ーーえっ……。


 ヨーコがパチリと瞬きすると、少し釣り上がった猫のような瞳から、大粒の涙がポロリと零れ落ちた。

「ヨーコ……」

 慌ててテーブルにあったナプキンで拭き取ってやろうとすると、両手首をガッと掴まれて、真っ直ぐな視線で射抜かれる。

「トオル……トオルは私のカレシではナイのデスカ?」
「俺は……彼氏…です」

「カレシとカノジョは、健やかなる時も病める時も、お互いを労わりあい嘘をつかずに正直者でいるモノでは無いのデスカ?」

「……うん、その通りだ」

 なんだか微妙に違うような気がするけれど、彼女が言わんとしている事は理解できるので、逆らわずに頷いておく。

「私がタケと付き合うなんて、あり得ないデショ! トモヤを好きだった? だったら私がトモヤに失恋して、代わりにトオルと付き合ったと思っていたのデスカ? ずっとそう思っていたのデスカ?!」

「それは……」

「勇気を出してトオルに初エッチを捧げたのに、誰かの身代わりなんてあり得ませんヨ!」
「ちょ、ヨーコ!」

 皆の視線が痛い。 だけどそれ以上にヨーコの涙が胸に滲みてチクチクと痛む。
 彼女を泣かせているのも、こんな発言をさせているのも自分自身で……。

「何より1番悲しいのは……長い間ずっと胸に溜め込んでいた辛い気持ちを、私に打ち明けてくれなかった事デス……」

 瞳からポロポロ零れ落ちる涙の粒。それを拭おうともせず、ヒックと鼻を啜り上げて、子供みたいに泣きじゃくって……。

「だってトオルは私が腐女子でも受け入れてくれたじゃないデスカ。元カレから受けた傷も癒してくれたじゃないデスカ。私だって……私だってトオルを慰めたいのデス。トオルを癒すのは私じゃなきゃ嫌なのデス!」

 とうとう「えーーん!」と声をあげたヨーコを見かねて雛子が駆け寄ろうとすると、その腕を朝哉が引き戻した。

「ヒナ、ヨーコを泣き止ませるのは俺たちの役目じゃない」

 こちらに顎をしゃくってから、

「兄さん、俺たちはちょっと出てくるから、2人で話し合いなよ」
「えっ?」

「タケ、もうアルコールは抜けてるんだろ? 3人でドライブデートしようぜ」
「いや、俺は帰ります。家でやりたいこともあるので……」

 一斉にガタガタと立ち上がる3人を見上げていると、竹千代がこちらを見下ろして聞いてきた。

「ところで透さん、朝哉さんの結婚式の日に聞いたという俺とヨーコの会話ですけど……簡単に説明してもらえますか?」

 ああ……と答えて、「私の朝哉を取られて悔しい……みたいな?」と、触りの部分だけを伝える。

「はぁぁ?! 私はそんなこと一言も口に出してナイデスヨっ!」

 おいおいと泣くヨーコに深い溜息を一つ吐いて、竹千代が言った。

「俺は記憶力がいいので、その時の会話を一語一句間違えずに言えますよ。耳の穴をかっぽじって聞いて下さいね」
「そうだ! トオルは耳の穴をカッポほじって聞きナサイ!」
「ヨーコちょっと黙れ、俺が説明する」

 そして竹千代はまるでボイスレコーダーの如く、スラスラとその時の会話を再現して見せたのだった。


『タケ、ヒナコのドレス姿を見ましたカ? 地上に舞い降りたエンジェルでしたヨ!胸がキュンとしまシタヨ!』
『おう、朝哉さんも超絶カッコ良かったな』

『トモヤはどうでもいいんですヨ!ううっ、私の可愛いヒナコがトモヤのモノになってしまう……』
『ずっと同棲してたんだし、雛子さんはもうとっくに朝哉さんのもんだけどな』

『ウキーッ! それは言わないでクダサイ! 私のヒナコをトモヤに取られて悔しいデス!』
『雛子さんがヨーコの物だった事なんて無いけどな』

『タケは冷たいデス。鬼デス。エーーン!』
『こんな人目のあるとこで泣き真似はやめろ』



「……これで俺との交際疑惑も朝哉さんに片想い説も払拭出来ましたか?」
「出来た。なんか……悪かったね」

「全くですよ。 第一、俺や朝哉さんはヨーコのタイプじゃ無いと思いますよ」

「えっ、ヨーコのタイプ?」

 朝哉の呟きに竹千代が頷く。

「俺、以前から薄っすら思ってたんですけど……透さんって、少し雛子さんとキャラが被ってません? チョロいというか、お人好しというか……」

「おい! 俺のヒナはチョロインじゃないからな! だけど……まあ、確かに馬鹿正直で騙されやすい所は似てるかもな……」

 竹千代と朝哉が2人でフムフムと納得している。

「なんだよ、俺が騙されやすいって……」

 するとヨーコがキラキラと瞳を輝かせ、夢見る乙女のように胸の前で指を組む。

「そうだったのデスネ……大好きな雛子とキャラ被りの透……私たちが恋に堕ちるのは必然だったのデス!」
「ええっ?!」

 怒るどころか喜んでいる。
 ヨーコがそれでいいのなら、こちらも文句は無いけれど……。


「まあ、兄さん……今回は兄さんが女に振り回される貴重な姿を見ることが出来て良かったよ」

 朝哉が透の肩にポンと手を乗せてウインクして見せる。

「兄さんはいつだって俺が尊敬する憧れの人だし、一緒にクインパスを支えてくれるパートナーだ。一緒にニューヨークに来てくれて、心強く思ってる。俺は今の立場を後悔していないし、これで良かったと思ってるよ」

「うん、俺もだ。今の仕事が好きだし、お前を支えられることを嬉しく思うよ。……ハハッ、馬鹿みたいだ。たったこれだけの事をずっと言えなかったなんてな」

「……だな」

 それじゃ……と言い置いて、朝哉たちは出て行った。

 弟の朝哉とは大人になるにつれなんとなく距離が出来ていたけれど……こうして久しぶりに会ってみれば、相変わらず兄想いのいい奴だった。


「さて……と」

 透は改めてヨーコに向き直る、

ーーさあ、今度は恋人とちゃんと向き合う番だ。
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...