マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

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2、酒は飲んでも飲まれるな!

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「私がこの度クインパス、ニューヨーク支社長に就任いたしました、トモヤ・クロセです。よろしくお願い致します……」

 ヨーコは流暢な英語で自己紹介をする社長の姿を、大会議室の端に立って見ていた。

「さすがトモヤ、お見事デスネ」

 隣に立って一緒に見守っている社長秘書の黒瀬雛子ひなこに囁くと、彼女はフワリと笑顔を見せながら頷く。

 皆の視線を一身に集めて堂々と挨拶をしているのは、雛子の夫、黒瀬朝哉くろせともや、27歳。
 クインパスグループの御曹司にして、未来のクインパスCEOでもある。


 朝哉はつい先日まで新宿のクインパス本社で専務を務めていたが、アメリカの中堅医療機器メーカーを友好的M&Aで吸収し、ニューヨークのクインパス営業所を規模拡大することに成功した、若きカリスマ経営者。

 日本では『情熱大陸』に出演したり雑誌に取り上げられたりして芸能人並みに人気がある。
 彼が専務に就任してからは会社の株価が上がったというほどだ。

 この度その功績が認められて、本社専務の肩書はそのままに、ニューヨーク支社長に就任したという訳だ。


 そして彼のニューヨーク支社長就任に伴って、彼の側近や主要な従業員数名がスターティングメンバーとして同行して来た。
 開発部門のメインであった透や朝哉の秘書だったヨーコもその一員だ。

 ニューヨーク支社ではヨーコは秘書課課長となり、3名の役員秘書を指揮する立場となる。
 代わりに日本で会長の秘書だった雛子が社長の個人秘書を務める。
 

 分かりやすいアメリカンジョークを交えた朝哉の挨拶が済むと、次々と各部署の代表者の紹介がされて行く。

「次は私の兄で、研究開発部門の部長、トオル・クロセです」

 朝哉からマイクを受け取ると、とおるは名前と役職だけの簡単な挨拶をして、「よろしくお願いします」と締めくくった。

ーーシンプルだ……あまりにもシンプル過ぎマスヨ!

 日本ではそれで通用しても、アメリカでコレだと面白味のないヤツ、又は余裕のないヤツだと受け取られてしまう。
 人の上に立つ人物は、シニカルなギャグをかましてドッと笑いを取れるくらいじゃないと尊敬されないのだ。

「コレは後で説教デスネ」

 そう考えて、ハッとする。

ーードウシテ私が説教する必要があるのデスカ~!

 身内でも上司でも無いのに!
 ましてや恋人でも無いのに!
 イタシタけれど!

「ううっ、イタシテしまった……」


 小さく呟いたヨーコの声が聞こえた訳でもないだろうに、朝哉にマイクを返した透が、ステージを去るときに、チラッとこちらを見た。
 バッチリ目が合う。思わず逸らす。

ーーどうしてこちらを見た!そしてナゼはにかんだ!

 乙女みたいにポッと頬を赤らめて嬉しそうにされると、こちらまで照れてしまう。


「そう言えば、透さんとはどうだったんですか?」
「ええっ!」

 思わず大声が出て、慌てて周囲を見渡した。

「どっ……どう…とは?」

 まさかあの夜のことがバレた?!
 透が朝哉にバラしたのか!

 ドギマギしていると、「BL講習会をしたんでしょ?」と汚れのない瞳で問われて申し訳ないような気持ちになる。

 朝哉の妻の雛子はまだ23歳の素直で優しい女性だ。
 彼女とは朝哉を通じて知り合ったのだが、パッチリお目々でお人形のような彼女を、ヨーコはとてもとても気に入っている。ヨーコは日本のBLが好きだけど、キティちゃんや可愛いものも大好きなのだ。

ーー雛子の義兄といきなりイタシマシタなんて、口が裂けても言えませんヨ~!

 大好きな雛子に嫌われる訳にはいかない。コレは絶対に透に口止めしておかねば! と心に誓う。

 大体、あの日は飲み過ぎだったのだ。

ーーだけど、楽しかったのデスヨネ……。


 自分の生まれ故郷ニューヨーク。
 その土地に帰ってきて、大好きな仲間とこちらでもまた一緒に仕事が出来る事になって、大好きな朝哉と雛子の家にお呼ばれして……。

 そう、ヨーコは浮かれていたのだ。酔って記憶を失う程には。





 それは2日前の土曜日。
 朝哉と雛子から夕食会に招待されて、ヨーコは上機嫌だった。
 
 朝哉の右腕で運転手の竹千代と待ち合わせると、紅白のワインを買ってタクシーで朝哉たちの新居へと向かう。


 会社から程近い、60階建てのシルバータワー。
 その50階にあるペントハウスが2人の新居だった。

 ドアマン常駐。ホテルみたいなフロントにはコンシェルジュ。
 地下駐車場に駐輪場はもちろん、ビジネスセンターやヘルスクラブにプールにサウナ、1階には24時間営業のスーパーまであって、まさしく選ばれた者のみが住むことを許される場所だ。

 そしてその場に遅れて現れたのが透だった。


「ヨーコ・ホワイトと申しマス。日本では白石工業にお供した時にご挨拶させていただきマシタ」

「黒瀬透です。白石工業で一度お会いしていますね」

 確かにこの時点ではまだ酔っていなかったのに……。


「トモヤ~、みんなでニューヨークに来れて、本当に良かったデス~!大好きデス~!」
「おお、俺も嬉しいよ」

「タケ~、飲んでマスか? こんな時くらいもっとはしゃいで下さいヨ~! 歌え~、踊れ~!」
「歌わないし踊らねぇよ!ヨーコ、飲み過ぎだ。わきまえろ」

「今日はお仕事じゃ無いのデスヨ! 親友のつどいなのデス。無礼講ぶれいこうなのデス。……ねっ、ヒナコ。私たちは仲良しなのデスヨネ?」

「ええ、勿論! ヨーコさん大好きよ」
「ヒナコ……私もヒナコを愛してマス~!」

「トオル、今日は無礼講なんだゾ! もっと飲みなさい、はしゃぎなさい!ムッツリはスケベなんですヨ!」

「あっ……はい。うん、飲んでます。ヨーコさんは大丈夫ですか?」
「ダイジョーブ……デスヨっ!トオルさん優しい!イイ男!」


 そしてこの辺りまでは薄っすら覚えている。とにかくただただ楽しかった。

 そこから先は……記憶に無い。
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