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1、クールなツンデレ秘書なのデス!

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 ニューヨーク州マンハッタン。
 ミッドタウンウエストのリバー沿いに立ち並ぶ高層ビルの1棟を見上げて、ヨーコは思わず「ワオ!」と声を上げた。

 光を反射してキラキラ輝いているシルバーの建物。
 この35階建ビルの2フロアーを丸ごと借り切っている『クインパス・ニューヨーク支社』が、今日からヨーコの職場となる。


 ヨーコ・オダ・ホワイト、28歳。
 父親がアメリカ人、母親が日本人のハーフ。

 両親の『いいとこ取り』をした……と周囲に良く言われる容姿は、自分でも結構気に入っている。

 父親譲りの背の高さと色の白さ、そして亜麻色の髪と色素の薄い瞳の色、彫りの深い顔立ち。
 母親譲りのきめ細かい肌と艶のある髪質、少し釣りあがり気味の猫のような瞳。

 それらがエキゾチックな雰囲気を纏い、確かに『美人』と言われる部類に入ると自分でも自覚している。
 だからと言って女を武器にしたいとも思わないし、謙遜して隠そうとも思わない。

 ベージュのスーツに身を包み、ヒールの音をさせながら颯爽と歩く『いい女』、それがヨーコなのだ。


 ヨーコは大手医療機器メーカー、クインパスの秘書課所属。先日まで新宿本社で専務付きの個人秘書をしていたけれど、今日からこのニューヨーク支社の秘書課課長だ。

 改めて目の前の建物を見上げ、「よしっ!」と気合いを入れていると、

「綺麗な建物ですね」
「ぎゃっ!」

 背後から聞こえた声に思わず飛び上がる。

 ナチュラルに隣に立って顔を覗き込んできたのは、今朝アパートから背中を押して追い出した男……黒瀬とおる、その人だった。

「どうしてココにいるのデスカ! あなたの勤務先は別の場所デショ」

 透の働く研究開発部門は、イーストリバーを挟んだロングアイランドシティにあるはずだ。

「今日は初日の就任挨拶があるじゃないですか。面倒だと思っていたけれど、ヨーコさんに会えたから、それだけは良かったです」

「そっ……ソレは良かったデスネ」
「はい、良かったです」

 柔和に微笑む甘いマスクの青年は、今朝まで一緒のベッドにいて、ヨーコが作った味噌汁と納豆の朝食を大喜びで食べていた。

『ヨーコさんって和食派なんですね』
『お味噌汁が好きなのデス。余り物の野菜をぶっ込めますからネ』

『ブフッ……ぶっ込むって……』
『オカシイデスか? 鍋にぶっ込みますよネ?』

『いや……可笑しくない。可愛いですよ』
『かっ……カワイイ!!!』
『はい、めちゃくちゃ可愛いです』

 今朝の甘ったるい会話を思い出して頬が熱くなる。

 笑った時にできる目尻のシワが、弟の朝哉ともやのソレに似ているな……と思った。
 弟より兄の方が少し背が低いけど、それでも身長175センチは超えている。177センチくらいか?
 身長167センチのヨーコが7センチヒールを履いても少し見上げる事が出来る。

ーー私はこの人とエッチして……プロポーズまでされたのよネ。

 本気かどうかは別として、少なくとも彼が自分に好意を持っているのは確かだと思う。
 そしてヨーコ自身もそれがそんなに不快じゃないので困ってしまう。

ーーだって、記憶があやふやとは言え、ちゃんとエッチ出来たし、気持ち悪くなかったし、BLに興味を持ってくれたし……。

 それに実を言えば、眼鏡男子は嫌いじゃない。


「さあ、行きましょうか」

 優しく背中を押されてハッと我にかえる。

ーー駄目だ駄目だ、気を引き締めないと!

 なのに、「またヨーコさんの味噌汁が飲みたいです。今夜もアパートに行っちゃ駄目ですか?」

 耳元で囁かれて、腰が砕けそうになった。

「駄目デスヨ!」
「ええっ、駄目なんですか?!」

「絶対に駄目デス。デレデレしてる場合じゃないですのでネ。私は今日から秘書課カチョウ。クールなツンデレ秘書なのデス!」

「ふはっ、ヨーコさんはツンデレ秘書なんですね」
「はい、だからツンとして颯爽と歩かなくちゃいけないのデス」

 透は口元に拳をあてて笑いを堪えながら、「あなたの言いたい言葉がなんとなく分かりました」と勝手に頷いている。

「ヨーコさん、多分それ、『毅然として』とか『落ち着いた』って言う方が合ってますよ。上司として堂々とした感じでいたいんでしょ?」
「キゼン……たぶん、ソレです」

 ツンデレは間違いだったか……!

 ガックリ肩を落としていたら、もう一度グッと背中を押された。

「ヨーコさんは毅然とした素敵な秘書さんですよ。俺が好きになった女性なんで……。ツンもいいけど、今度はデレも下さいね。やっぱり今日もアパートに行きたいです」

 そう言って、先にビルの中に入って行った。

ーーヤバい、嫌じゃない!

 早速ほだされそうになっている自分を戒めるようにパンッ!と両頬を叩いて気合を入れると、透の後を追うように歩き出した。
 
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