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おじちゃんとおにいちゃん、がんばる。

1-②

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「面倒くさいなんて言わずに使ってみたらいいじゃないか、これからイラストの仕事も増えてくるかもしれないのに」
「うーん、仕事は伝手でしか受けないけど、デジタルの色を求められたら困るよね」

 9月に入って、学校に行きたくない子どもたちの話題が耳に入ると、子どもも生きづらい世の中なのだなと痛々しく思う。6月に知り合った、奏人の高校時代の先輩であるバリトン歌手・片山かたやま三喜雄みきおは、気さくに暁斗にもLINEをくれるのだが、歌う傍ら教えに行っている私立の小学校でも、学期の初めは子どもたちの様子に気を遣うと書いていた。
 杏菜は母親が父親から殴られるのを目にしなくてよくなったとはいうものの、複雑な家庭環境を抱える子になってしまった。暁斗の若い部下の中にもいろいろな家庭で育った者がいるし、何気にヤングケアラーだった者もいる。彼らと家族との関係は「普通の家」で育った暁斗から見ると少し変わっていて、仲が良いのにどこかドライだ。
 表面的には「普通の家」だが、内実はそうでもなかった家庭で育った奏人は、だからなのかどうかわからないが、杏菜によく懐かれているように思う。前回の面会で、杏菜と同じくらいの年齢の子たちが数人面会室を覗きに来た時も、一緒に絵を描こうとさらりと誘い、色鉛筆を持たせた。

「ちょっと施設に連絡してみようか、今度は夏に会おうって春にあの子に言ったまんまだから、それを覚えていて楽しみにしてたら申し訳ないだろ」

 暁斗が言うと、そう? と奏人は応じた。

「もう忘れられてたら悲しい……」
「それは無いと思うけど、いつかそういう日が来たほうがいいのかなと思ったりもする」

 奏人は暁斗を見上げる。

「5歳の記憶ってどれくらい残るものなのかな、例えば今年中に杏菜ちゃんがお母さんと暮らすために施設を出たとして……近々会いに行ったら計3回、自分に会いに来たおじちゃんやおにいちゃんのことを、大人になっても覚えてるものなんだろうか」

 暁斗は考えてみる。5歳ということは、就学前。暁斗もその頃、幼稚園に通っていた。きれいな手をしたクラスの先生やピアノが上手な園長先生、週に1回出る給食を運んできた面白いおばさん、いつもおはようと声をかけてくれた、通園バスのドライバーのおじさん……。

「いや、結構覚えてるんじゃないか? 当社比だけど」

 暁斗が言うと、奏人も頷いた。

「だよね、5歳って僕は既に祖母から精神的虐待を受けてたから、幼稚園の先生がたとか、近所の酒屋さんのおじいちゃんとおばあちゃんとか、優しくしてくれた人はめっちゃ覚えてる」

 厳しかった父方の祖母の、躾に伴う言葉のきつさを「精神的虐待」と言い切る奏人だが、こんな風にはっきり言葉にするようになったのは、よい変化だと暁斗は思っていた。どこに出ても恥ずかしくないように躾を受けたことに対しては感謝していると奏人は話すが、その分、自分の中に反発や嫌悪といったどす黒いわだかまりが残った事実を、他人に話すことへの強い抵抗があったようだった。良いことは良いこと、悪影響は悪影響。家族が相手だと、そう区分し整理することが困難であるのを、暁斗はパートナーのこの2年の葛藤を見て知った。

「うん、じゃあ杏菜ちゃんに優しいおじちゃんとおにいちゃんとして覚えていてもらえるよう、面会のアポを取ってみよう」

 暁斗が言うと、わーい、と奏人は両手を挙げた。子育ては親育て、という言葉を暁斗は思い出す。杏菜は実子ではないし、里子でさえもない。会う回数も決して多くない。それでも自分たちに、こうして人として大切なことを考える機会を与えてくれるのだ。その存在が尊いと思う。
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