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おじちゃんとおにいちゃん、がんばる。
1-①
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今年の夏の暑さにすっかりくたびれてしまっている暁斗だが、お盆休みにどこにも出かけず、奏人と一緒にのんびり過ごせたので、それはそれで良かったと思っている。台風の襲来で日本中が大騒ぎした日々の隙間に、ちょこっと車を出して墓参りに行った。立川の実家に何も言わずに行ったものだから、水くさいと母から苦情を申し立てられたが、奏人にも気を使わせることだし、盆暮れ正月に毎回フルで顔を出さなくてもいいだろうと最近思う暁斗である。
ひとつお盆に予定していた行事が中止になったが、台風だけが理由ではなかった。それは暁斗と奏人にとってはむしろ喜ばしかった。さいたま市内の児童養護施設で暮らす少女に面会しにいくつもりだったが、彼女が母親のもとで盆休みを過ごすことになり、施設をしばらく留守にするという連絡があったのだった。
昨年の夏に偶然、暁斗と奏人がスーパー銭湯で知り合った木崎杏菜は、明るく機転の利く5歳の女の子だ。DV傾向のある夫の元から逃げ出してきた母親と、まだ1歳にもなっていなかった妹とともにスーパー銭湯で保護され、いわゆるシェルターに行くことになった。当時働いていなかった母親は、新しい仕事と育児にきりきり舞いで心理的に余裕が無く、現在下の娘だけを連れて暮らしている。杏菜も引き取りたいと希望しているらしいが、現実的には収入面も含めてまだ厳しい。そんな訳で、杏菜は施設に預けられており、隣接する幼稚園に通っていた。
赤の他人である暁斗と奏人が、施設で暮らす杏菜に簡単に会うことはできないところだが、母娘を最初に預かったシェルターの運営に係わっている、NPO職員の大河靖子が間に入ってくれている。暁斗は杏菜の週末里親になることも視野に入れているものの、もちろん彼女の母親がそのうち娘2人と暮らしてくれるなら、それがベストである。
実はお盆に杏菜と会うことができず、がっかりしていたのは奏人だった。杏菜は絵を描くのが好きで、絵が上手な「奏人おにいちゃん」と会うのを楽しみにしており、面会時間の半分はお絵描きをしているからである。子どもたちの個性を大切にするという指針を掲げる施設の職員も、杏菜の色彩感覚や絵の巧みさに注目していて、杏菜が小学生になり、彼女が望めば、そういった勉強ができる環境をつくってやりたいと話していた。奏人はいわば、それまでの家庭教師のようなものだ。
「それでね、杏菜ちゃんが将来気鋭の女流画家として注目されるようになったら、僕の名前をちょっと出してくれたら嬉しい」
ソファに座って寛いでいた暁斗は、横に座る奏人のささやかな野望を聞いて笑ったが、彼は彼なりに父性愛のようなものを、杏菜に感じているのだろうと思う。
「その前に奏人さんが絵師として有名になってる可能性もあるのかな」
「それは微妙だけど、今までエロい絵アップしてなくてよかった……そんな画家が小さい女の子に手解きしてたとかヤバいって言われたら嫌だし」
そこか、と暁斗は思わず突っ込んだが、「エロい絵」が奏人のインスタグラムに全く掲載されていないかといえば、そうとも言えない。妹の晴夏から指摘されるまで暁斗は知らなかった(晴夏の学生時代の友人たちが気づいたらしい)のだが、明らかに事後を匂わせる、裸で眠りこんだ暁斗を描いた絵が数枚ある。暁斗もその絵を見た時は、作者に削除を依頼すべきか相当迷った。
「これから絵を描く子は、デジタル機器も扱えないといけないな」
暁斗が言うと、SEなのにデジタル作画を基本的にしない奏人は、ほんとだね、と頷く。
「あれが扱えると、きれいに彩色できていいなと思うんだけど、使い方を覚えるのが何となく面倒くさいのは……何? 年かな?」
自分より10歳下の奏人にそんな風に言われて、暁斗は苦笑するしかない。
ひとつお盆に予定していた行事が中止になったが、台風だけが理由ではなかった。それは暁斗と奏人にとってはむしろ喜ばしかった。さいたま市内の児童養護施設で暮らす少女に面会しにいくつもりだったが、彼女が母親のもとで盆休みを過ごすことになり、施設をしばらく留守にするという連絡があったのだった。
昨年の夏に偶然、暁斗と奏人がスーパー銭湯で知り合った木崎杏菜は、明るく機転の利く5歳の女の子だ。DV傾向のある夫の元から逃げ出してきた母親と、まだ1歳にもなっていなかった妹とともにスーパー銭湯で保護され、いわゆるシェルターに行くことになった。当時働いていなかった母親は、新しい仕事と育児にきりきり舞いで心理的に余裕が無く、現在下の娘だけを連れて暮らしている。杏菜も引き取りたいと希望しているらしいが、現実的には収入面も含めてまだ厳しい。そんな訳で、杏菜は施設に預けられており、隣接する幼稚園に通っていた。
赤の他人である暁斗と奏人が、施設で暮らす杏菜に簡単に会うことはできないところだが、母娘を最初に預かったシェルターの運営に係わっている、NPO職員の大河靖子が間に入ってくれている。暁斗は杏菜の週末里親になることも視野に入れているものの、もちろん彼女の母親がそのうち娘2人と暮らしてくれるなら、それがベストである。
実はお盆に杏菜と会うことができず、がっかりしていたのは奏人だった。杏菜は絵を描くのが好きで、絵が上手な「奏人おにいちゃん」と会うのを楽しみにしており、面会時間の半分はお絵描きをしているからである。子どもたちの個性を大切にするという指針を掲げる施設の職員も、杏菜の色彩感覚や絵の巧みさに注目していて、杏菜が小学生になり、彼女が望めば、そういった勉強ができる環境をつくってやりたいと話していた。奏人はいわば、それまでの家庭教師のようなものだ。
「それでね、杏菜ちゃんが将来気鋭の女流画家として注目されるようになったら、僕の名前をちょっと出してくれたら嬉しい」
ソファに座って寛いでいた暁斗は、横に座る奏人のささやかな野望を聞いて笑ったが、彼は彼なりに父性愛のようなものを、杏菜に感じているのだろうと思う。
「その前に奏人さんが絵師として有名になってる可能性もあるのかな」
「それは微妙だけど、今までエロい絵アップしてなくてよかった……そんな画家が小さい女の子に手解きしてたとかヤバいって言われたら嫌だし」
そこか、と暁斗は思わず突っ込んだが、「エロい絵」が奏人のインスタグラムに全く掲載されていないかといえば、そうとも言えない。妹の晴夏から指摘されるまで暁斗は知らなかった(晴夏の学生時代の友人たちが気づいたらしい)のだが、明らかに事後を匂わせる、裸で眠りこんだ暁斗を描いた絵が数枚ある。暁斗もその絵を見た時は、作者に削除を依頼すべきか相当迷った。
「これから絵を描く子は、デジタル機器も扱えないといけないな」
暁斗が言うと、SEなのにデジタル作画を基本的にしない奏人は、ほんとだね、と頷く。
「あれが扱えると、きれいに彩色できていいなと思うんだけど、使い方を覚えるのが何となく面倒くさいのは……何? 年かな?」
自分より10歳下の奏人にそんな風に言われて、暁斗は苦笑するしかない。
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