緑の風、金の笛

穂祥 舞

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7 えんそうかい

3-③

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 4人で2階の音楽室に入ると、伯父はせっせと三脚を組み立て始めた。学校の運動会で、誰かの家族が持ってくるようなハンディカメラがその上にセットされる。伯父は楽しそうである。

「これ稼働するの久し振りだなぁ、かなちゃんの演奏を録画することになるなんて思わなかったね」

 いとこたちのピアノの発表会のために買ったものだという。父は学校の運動会や文化祭に自家用のビデオカメラを持ち込む保護者を、家では馬鹿にしている。今日撮影されたことは絶対に黙っておこうと奏人は思った。
 伯母がピアノの屋根を半分上げた。普段はほとんど閉じているので奏人は驚く。こんなに屋根を上げたら、フルートの音がかき消されるのではないのか? 奏大は金色の笛を組み立てていたが、いつもと違い口許に笑いが無かった。緊張している訳ではなさそうだ。伯母の顔にも笑みは無い。2人は真剣なのだ。

「かなちゃん、ここに‥‥‥もうスイッチ入ったから話しかけないほうがいいよ、怖い怖い」

 伯父は冗談めかして言い、三脚を自分の右側に立てて、ソファの左側に奏人を座らせる。
 譜面台の高さを調整した奏大がピアノの脇に立ち、伯母とタイミングを合わせて一礼した。奏人は伯父と拍手をする。いつもピアノの発表会をする大きなホールとは違うが、その場の引き締まった空気は、紛れもなくコンサート会場だった。
 
「えっと、今練習中のプロコフィエフのフルートソナタの2楽章を演奏します‥‥‥仕上がっていないので大目に見てください」

 奏大が言うと、椅子の高さを合わせながら伯母がふふっと笑った。伯母がAの鍵盤を軽く叩き、奏大がチューニングをする。伯父がカメラの録音ボタンをオンにする。
 ピアノが低くリズムを刻み、フルートがそこに滑り込んできた。その軽快に転がるような音楽は、確かに2人が練習していた曲のうちのひとつだった。フルートのメロディをピアノが追いかけるが、ピアノが「伴奏」ではなく、フルートと対等であることに初めて気づく。
 奏大のフルートはうねるような細かい音型を、スタッカートとスラーを取り交ぜてどんどん流していく。彼の言葉を借りるならば技巧を「ひけらかす」音楽なのだろうが、それがどれだけ訓練が必要なことなのか、彼の基礎練習を傍で見ていた奏人にはわかるようになっていた。
 伯母はフルートと対等に演奏しつつも、常に奏大のタイミングを見ていた。フルートの音型や音量が変わるときや、同じリズムを出すときは必ず彼をちらりと見る。実質暗譜をしていないとこんなことは出来ない。これがソリストと呼吸を合わせるということなのかと、奏人はほとんど圧倒されていた。
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