53 / 67
7 えんそうかい
3-③
しおりを挟む
4人で2階の音楽室に入ると、伯父はせっせと三脚を組み立て始めた。学校の運動会で、誰かの家族が持ってくるようなハンディカメラがその上にセットされる。伯父は楽しそうである。
「これ稼働するの久し振りだなぁ、かなちゃんの演奏を録画することになるなんて思わなかったね」
いとこたちのピアノの発表会のために買ったものだという。父は学校の運動会や文化祭に自家用のビデオカメラを持ち込む保護者を、家では馬鹿にしている。今日撮影されたことは絶対に黙っておこうと奏人は思った。
伯母がピアノの屋根を半分上げた。普段はほとんど閉じているので奏人は驚く。こんなに屋根を上げたら、フルートの音がかき消されるのではないのか? 奏大は金色の笛を組み立てていたが、いつもと違い口許に笑いが無かった。緊張している訳ではなさそうだ。伯母の顔にも笑みは無い。2人は真剣なのだ。
「かなちゃん、ここに‥‥‥もうスイッチ入ったから話しかけないほうがいいよ、怖い怖い」
伯父は冗談めかして言い、三脚を自分の右側に立てて、ソファの左側に奏人を座らせる。
譜面台の高さを調整した奏大がピアノの脇に立ち、伯母とタイミングを合わせて一礼した。奏人は伯父と拍手をする。いつもピアノの発表会をする大きなホールとは違うが、その場の引き締まった空気は、紛れもなくコンサート会場だった。
「えっと、今練習中のプロコフィエフのフルートソナタの2楽章を演奏します‥‥‥仕上がっていないので大目に見てください」
奏大が言うと、椅子の高さを合わせながら伯母がふふっと笑った。伯母がAの鍵盤を軽く叩き、奏大がチューニングをする。伯父がカメラの録音ボタンをオンにする。
ピアノが低くリズムを刻み、フルートがそこに滑り込んできた。その軽快に転がるような音楽は、確かに2人が練習していた曲のうちのひとつだった。フルートのメロディをピアノが追いかけるが、ピアノが「伴奏」ではなく、フルートと対等であることに初めて気づく。
奏大のフルートはうねるような細かい音型を、スタッカートとスラーを取り交ぜてどんどん流していく。彼の言葉を借りるならば技巧を「ひけらかす」音楽なのだろうが、それがどれだけ訓練が必要なことなのか、彼の基礎練習を傍で見ていた奏人にはわかるようになっていた。
伯母はフルートと対等に演奏しつつも、常に奏大のタイミングを見ていた。フルートの音型や音量が変わるときや、同じリズムを出すときは必ず彼をちらりと見る。実質暗譜をしていないとこんなことは出来ない。これがソリストと呼吸を合わせるということなのかと、奏人はほとんど圧倒されていた。
「これ稼働するの久し振りだなぁ、かなちゃんの演奏を録画することになるなんて思わなかったね」
いとこたちのピアノの発表会のために買ったものだという。父は学校の運動会や文化祭に自家用のビデオカメラを持ち込む保護者を、家では馬鹿にしている。今日撮影されたことは絶対に黙っておこうと奏人は思った。
伯母がピアノの屋根を半分上げた。普段はほとんど閉じているので奏人は驚く。こんなに屋根を上げたら、フルートの音がかき消されるのではないのか? 奏大は金色の笛を組み立てていたが、いつもと違い口許に笑いが無かった。緊張している訳ではなさそうだ。伯母の顔にも笑みは無い。2人は真剣なのだ。
「かなちゃん、ここに‥‥‥もうスイッチ入ったから話しかけないほうがいいよ、怖い怖い」
伯父は冗談めかして言い、三脚を自分の右側に立てて、ソファの左側に奏人を座らせる。
譜面台の高さを調整した奏大がピアノの脇に立ち、伯母とタイミングを合わせて一礼した。奏人は伯父と拍手をする。いつもピアノの発表会をする大きなホールとは違うが、その場の引き締まった空気は、紛れもなくコンサート会場だった。
「えっと、今練習中のプロコフィエフのフルートソナタの2楽章を演奏します‥‥‥仕上がっていないので大目に見てください」
奏大が言うと、椅子の高さを合わせながら伯母がふふっと笑った。伯母がAの鍵盤を軽く叩き、奏大がチューニングをする。伯父がカメラの録音ボタンをオンにする。
ピアノが低くリズムを刻み、フルートがそこに滑り込んできた。その軽快に転がるような音楽は、確かに2人が練習していた曲のうちのひとつだった。フルートのメロディをピアノが追いかけるが、ピアノが「伴奏」ではなく、フルートと対等であることに初めて気づく。
奏大のフルートはうねるような細かい音型を、スタッカートとスラーを取り交ぜてどんどん流していく。彼の言葉を借りるならば技巧を「ひけらかす」音楽なのだろうが、それがどれだけ訓練が必要なことなのか、彼の基礎練習を傍で見ていた奏人にはわかるようになっていた。
伯母はフルートと対等に演奏しつつも、常に奏大のタイミングを見ていた。フルートの音型や音量が変わるときや、同じリズムを出すときは必ず彼をちらりと見る。実質暗譜をしていないとこんなことは出来ない。これがソリストと呼吸を合わせるということなのかと、奏人はほとんど圧倒されていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
【R15】メイド・イン・ヘブン
あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」
ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。
年の差カップルには、大きな秘密があった。
夏の扉が開かない
穂祥 舞
ライト文芸
コントラバスをたしなむ大学生の泰生(たいき)は、3回生になり通うキャンパスが変わったことを理由に、吹奏楽部を退部する。だが1回生の頃から親しくしていた旭陽(あさひ)との関係が拗れたことも、退部を決めた理由であることを周囲に隠していた。
京都・伏見区のキャンパスは泰生にとって心地良く、音楽を辞めて卒業までのんびり過ごそうと決めていた。しかし、学校帰りに立ち寄った喫茶店でアルバイトをしている、同じ学部の文哉(ふみや)と話すようになり、管弦楽団に入部しろとぐいぐい迫られる。生活を変えたくない気持ちと、心機一転したい気持ちの板挟みになる泰生だが……。
綺想編纂館朧様主催の物書き向け企画「文披31題」のお題に沿って、7/1から1ヶ月かけて、2000字程度の短編で物語を進めてみたいと思います。毎回引きを作る自信は無いので、平坦な話になると思いますし、毎日更新はおそらく無理ですが、実験的にやってみます。私が小さい頃から親しんできた、ちょっと泥臭い目の京都南部を感じていただければ。
この物語はフィクションです。実在する人物・団体とは、何ら関係ありません。
死んで生まれ変わったわけですが、神様はちょっとうっかりが過ぎる。
石動なつめ
ファンタジー
売れない音楽家のフィガロ・ヴァイツは、ある日突然弟子に刺されて死んだ。
不幸続きの二十五年の生に幕を下ろしたフィガロだったが、音楽の女神から憐れまれ、新たな人生を与えられる。
――ただし人間ではなく『妖精』としてだが。
「人間だった頃に、親戚に騙されて全財産奪い取られたり、同僚に横領の罪を被せられたり、拾って面倒を見ていた弟子に刺されて死んじゃったりしたからね、この子」
「え、ひど……」
そんな人生を歩んできたフィガロが転生した事で、世の中にちょっとした変化が起こる。
これはそんな変化の中にいる人々の物語。
彼はオタサーの姫
穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。
高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。
魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。
☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました!
BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。
大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。
高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。
たとえ空がくずれおちても
狼子 由
ライト文芸
社会人の遥花(はるか)は、ある日、高校2年生の頃に戻ってしまった。
現在の同僚であり、かつては同級生だった梨菜に降りかかるいじめと向き合いながら、遥花は自分自身の姿も見詰め直していく。
名作映画と祖母の面影を背景に、仕事も恋も人間関係もうまくいかない遥花が、高校時代をやり直しながら再び成長していくお話。
※表紙絵はSNC*さん(@MamakiraSnc)にお願いして描いていただきました。
※作中で名作映画のあらすじなどを簡単に説明しますので、未視聴の方にはネタバレになる箇所もあります。
命(アニマ)の声が聴こえる
和本明子
ライト文芸
ある地方の市役所(観光課)に勤める幸一は、新任したばかりの市長の辞令で町興しの企画を考えていた。良い案が浮かばず、気分転換にと偶然視聴したアニメから、実妹(美幸)によく似た声を耳にした。美幸は声優を志していたが、事故で他界していた。その妹の声に似た声優は「伊吹まどか」だと知るが。。。
すこやか食堂のゆかいな人々
山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。
母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。
心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。
短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。
そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。
一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。
やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。
じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる