緑の風、金の笛

穂祥 舞

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7 えんそうかい

3-②

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 奏人は思い出して、訊こうと思っていたことを口にした。

「ねえ伯父さん、奏大さんに僕のお兄さんになってもらうことはできないの?」

 伯父はちょっと笑ったが、馬鹿にされたわけではなさそうだった。伯父のこういうところが奏人は好きだ。

「戸籍の上でお兄さんになってもらうのは、ちょっと難しいよ‥‥‥お父さんとお母さんが許してくれるかな?」
「お父さんとお母さんが駄目って言ったら駄目なんだ」

 伯母と奏大が笑った。これは少し、奏人を子ども扱いした笑いのようだった。伯父は説明してくれる。

「かなちゃんが両親の許しを貰ってから高崎の家を出て‥‥‥役所に手続きするんだよ、それで平松の家に養子に入ると、平松くんがお兄さんになる」

 高崎の家を出るということは、あの家に二度と帰らないということだろうか。訊くと、そういうことになるだろうね、とあっさりと伯父は答えた。

「養子に行ったらその家で暮らすからね、普通は」
「お母さんやゆうちゃんにも会えなくなるわよ、かなちゃん‥‥‥よく考えないと」

 伯母に言われると、それは寂しいかもしれないと思った。奏人は考え込んだ。それを見て奏大が小さく笑う。

「書類の手続きをしなくたって、僕が自分を奏人くんのお兄ちゃんだと思うのは自由だから、それでいいんじゃないかな? 三銃士とダルタニャンが義兄弟の契りを結ぶみたいな」

 ああ、そうだった。彼らは面倒くさい手続きなんかしなくても、自分たちをきょうだいだと言っている。奏人は奏大の言葉に納得して、わくわくした。

「うん、じゃあ義兄弟の契りでいい」
「濱先生と涼子さんが証人になってくれるよ」

 奏大が笑顔で言うので、奏人は嬉しくなった。胸の中が温かい。こんな気持ちになるのは、初めてかもしれなかった。
 さて、と言いながら、伯父がボストンバッグから機械の入った袋を引っぱり出した。それが自分たちの演奏を撮影するためのものであると気づき、奏人は一気に緊張した。頭の上に奏大の手がぽん、と乗る。

「奏人くん、気楽にね‥‥‥先に涼子さんと僕で1曲るから、濱先生と聴いてて」

 それは聞かされていなかった。奏人は背筋を伸ばし彼を見上げる。彼は薄茶色の瞳に、いたずらっぽい笑いを浮かべた。
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