夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

カラカラに乾いた場所①

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 泰生の母は朝9時からスーパーマーケットで働いており、泰生の知る限り、余程の体調不良でない限りは欠勤しない。朝から働くパートさんが欠けると大変だということを知っているからだ。
 喫茶淡竹は、開店準備の9時半から出勤する木村さんの病欠を埋めるのが、大変だ。テストが終わり夏休みに入った泰生は、モーニングの混雑を店長の森と2人で捌いている。おかげで、勤務3日にして備品の場所は大体把握できた。
 岡本も今日午前中、テストを全て終えた。帰省する前にサシで飲みたいと岡本が言ってきたので了承し、泰生は昼過ぎに彼と淡竹のアルバイトを交代してから、大学に向かった。
 前期試験最終日の図書館は静かだった。「夏休み特別貸し出し20冊まで!」と書かれたポスターを横目に、泰生は宿題のための資料を探す。5冊の本をテーブルに持ってきて吟味していると、視界の端に知っている人影が横切った。管弦楽団のクラリネッティスト、戸山百花と、彼女を百花姫と呼ぶコントラバシニストの三村だった。
 2人は親し気に、しかし図書館の中であるということを意識しつつ、小さく話しながら、奥の棚に向かう。泰生は興味半分に、本と鞄をテーブルに置いたまま彼らをこそっと追った。
 4回生の彼らは、就職活動をおこなうと同時に、卒業論文を仕上げなくてはならない。とはいえ、専攻が同じでないなら、一緒に図書館に来る必要も無いように思える。
 つき合ってるんかな。泰生の脳内に、単純かつ下世話な言葉が浮かんだ。だとしても全然おかしくないし、責められることでもない。吹奏楽部内でも交際している男女はいたし、何なら卒業後に結婚に到るカップルもいる。同じ音楽を趣味とする者が集まっているのに、恋愛感情を抱くなというほうが不自然だ。
 井上は、何で俺を好きになったんやろ。ふと思う。それは全く聞かなかった。いや、彼が話していたとしても、きっと耳に入らなかっただろう。そう思うと、ちょっと切なくなり、喉が渇きを覚えた。



 淡竹の店長の森は、飲みに行くなら少し早く上がっていいと岡本に言ったらしく、泰生が再び喫茶店の前に行ったのは18時だった。岡本は自分の都合で泰生を振り回すことになったので、恐縮していた。

「悪いなぁ、大学行っとったん?」
「うん、図書館に用事あったからちょうど良かった」

 泰生は本で膨らんだ鞄を持ち上げた。

「ゼミの夏休みの宿題があんねん」
「重いのに持って回らせんのが、また申し訳ないわ」
「いやいや、どうせ借りなあかん本やし」

 岡本は泰生を促して、アーケードを少し駅に向いて戻り、横切る道のひとつを曲がる。豆乳をたくさん取り扱っているスーパーの前を過ぎ、緩く曲がる道なりに進む。今日は雲があるとはいえ、アーケードを抜けると一気に熱気が押し寄せた。

「あっつ、喉カラカラやわ」

 岡本に泰生も同意する。

「うん、ビール飲みたいとか思うもんなんやな」
「ほんまやな、この辺小洒落た店も幾つかあるんやけど、あそこでいい?」

 岡本が指さす先に、和風の平屋建ての店舗が見えた。焼き鳥屋のようだ。外観はそんなに洒落てはいないが、どんどん客が入っていく辺り、人気の店らしい。
 席が埋まると残念過ぎるので、2人は店に向かった。入ったところが広い待合スペースだったが、そこで待たされることはなく、直ぐに店員が店の奥のほうに案内してくれた。
 テーブルはこまこまと並んでいるが、天井が高いのでせせこましく感じない。岡本は泰生と向かい合って座り、ビールと黒豆の枝豆、それに焼き鳥の盛り合わせを頼む。
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