夏の扉が開かない

穂祥 舞

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2 7月中旬

半年待っていた楽器①

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 試験時間の終了を告げるチャイムが鳴り、まあまあやったかなと思いながら泰生が教室を出ると、隣の教室から岡本が出てきた。一瞬固まった泰生に、岡本も気づいたようだった。

「長谷川、めっちゃグッドタイミング! RHINEしよと思ってたとこ」
「おはよう、暑いな」

 泰生はとりあえず挨拶して、横に来た岡本と連れ立ち、食堂を目指す。

「昼からいくつテストあるん?」
「5限目まである」

 今日は試験期間中、一番試験の数が多い日だ。これを乗り切れば、明日明後日は1つずつなので、もう何ということは無い。
 岡本がうんざりしながら同意した。

「俺も一緒……やねんけど、終わってからちょっと時間無い?」

 泰生は岡本の顔を見た。今度は何を企んでいるのやら……泰生が言明を避けていると、岡本はあっさり口を割った。

「コントラバスパートの三村さん、今日来てはるねん……長谷川に会いたいって」

 マジか。泰生はにこにこしている岡本を、つい嫌な目で見てしまった。それにもお構いなしに、岡本は続ける。

「小林が三村さんにこないだのこと話しよったから、4回生に断りなく部外者を音練場に入れたって、微妙に怒られたわぁ」

 それを聞いて、泰生はふあ、と変な声を上げてしまった。自分が誘惑に負けたばかりに、岡本が叱責されたなんて。小林もおそらく、岡本の行為を告げ口するつもりではなく、コントラバスが弾ける3回生を岡本が連れて来たと、喜んで先輩に話しただけだっただろう。

「……わかった、ほな今日三村さんとやらに俺から謝る」

 泰生の陰鬱な声に、今度は岡本がええっ? と声を裏返す。

「三村さん、たぶんそんな話がしたいんと違うで」
「いや、禁じられたことやらかしてバレた以上は、謝らなあかん」
「……この件に関しては、長谷川に何一つとして責任は無いような気がするんですけど……」

 そういう訳にはいかない。泰生は岡本の先に立って、ずんずんと食堂に向かって足を進めた。



 驚いたことに、学生会館には少なからぬ学生がうろうろしていた。試験期間中だというのに、みんなそんなに余裕があるのだろうか。3度目にこの建物にやってきた泰生は、単純に驚いた。
 廊下の先の大きな多目的室を覗くと、幾つかのグループが飲み食いしたり話しこんだりしていた。泰生は岡本の姿を認め、ひとつ深呼吸してから扉を開ける。岡本がすぐに泰生に気づき、岡本の前に座ってこちらに背中を向けていたスーツ姿の男性も振り返る。

「あ、長谷川くん? はじめまして、三村です」

 わざわざ立ち上がったスーツの男は、岡本よりも背が高かった。体格もがっちりしていて、楽器よりもスポーツが似合いそうだ。泰生もはじめまして、と言って頭を下げた。

「就活でお忙しいのに、何かすみません」
「いや、午前中にちょっと面接に行って、そのまま試験受けに来ただけやから気にせんとって」

 戸山と会った時のように、岡本が自販機に向かう。微笑を浮かべる三村は、1学年だけ上なのに随分大人びて見えた。
 泰生は先に、先週の「不祥事」を謝っておこうと思った。

「あの、勝手に練習場に入って楽器に触って申し訳ありませんでした」
「え? 岡本が誘ったんやろ?」
「そうなんですけど、やめとくべきやったなと思ってます」
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