夏の扉が開かない

穂祥 舞

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2 7月中旬

半年待っていた楽器②

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 三村は困惑する表情になった。

「長谷川くんは何も悪ないで、体験入部で楽器触るのも全然OKやし、岡本が誰の許可も取らんと勝手にやったのがあかんだけ」
「……そしたら何で僕は呼び出されたんでしょう」

 岡本が戻ってきて、三村に缶コーヒー、泰生にはペットボトルの紅茶を手渡した。彼自身は緑茶を買っている。三村は早速タブを起こし、コーヒーをひと口飲む。

「こないだ試奏した楽器、大事にしたってほしいなと思って」

 それも困った話で、これから弾くと泰生はまだ約束していない。ところが三村は、泰生がそう答える前に、話し出した。

「あの楽器、ええ音したやろ? あれ、俺の叔父が寄付した楽器やねん」
「え……そうなんですか?」

 三村の叔父は、この大学に入学し管弦楽団でコントラバスを担当した。そしてすっかりコントラバスの魅力に嵌ってしまい、この大学の文学部を卒業してから、市立の芸術大学の器楽科に入った。優秀な成績で芸大卒業後は地味に活躍し、現在は市の交響楽団の首席コントラバス奏者だという。
 泰生はそんな卒業生がいることにすっかり感心してしまったが、どうして三村があの楽器を弾かないのだろうかと思う。思いきって尋ねると、単なる巡り合わせらしい。

「1回クラブで楽器借りたら、まあ卒部するまで同じ楽器使うやろ? あの楽器が寄贈されてたぶん10年かそこらなんやけど、俺が入部した時は他所の大学に貸してる最中やったんやわ」

 戻ってきたタイミングが中途半端で、あの楽器を弾く者がいなかった。そして1年前に、管弦楽団のOB会が代金を出し、メンテナンスに出すことになった。

「半年かかったんですよね」

 岡本は緑茶をあおってから、言った。三村も大仰に頷く。

「そうや、あれ絶対楽器屋に忘れられてたわ……そんでせっかくぴかぴかになって戻ってきたのに、入ってきた1回生が女の子やしあれは重過ぎて、だからこの半年誰も弾いてへん」

 そんなに重かったかなと泰生は思ったが、三村は眉をハの字にして、悲劇的に言う。

「だから今長谷川くんが来たのは天の采配なんや、叔父も喜ぶさかいにあれ弾いたって」

 何じゃそりゃ。泰生はこんな形で泣きつかれるとは想像しておらず、あ然とするばかりだった。岡本は楽しそうに2人を眺めている。

「試験終わったらこれからのスケジュール渡すわな、百花姫からも真面目な子やて聞いてるから、コントラバスパートとしては期待してます」

 三村の言葉がとどめを刺す。この場で泰生が、入部する気は無いと言えるはずが無かった。
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