29 / 55
2 7月中旬
半年待っていた楽器②
しおりを挟む
三村は困惑する表情になった。
「長谷川くんは何も悪ないで、体験入部で楽器触るのも全然OKやし、岡本が誰の許可も取らんと勝手にやったのがあかんだけ」
「……そしたら何で僕は呼び出されたんでしょう」
岡本が戻ってきて、三村に缶コーヒー、泰生にはペットボトルの紅茶を手渡した。彼自身は緑茶を買っている。三村は早速タブを起こし、コーヒーをひと口飲む。
「こないだ試奏した楽器、大事にしたってほしいなと思って」
それも困った話で、これから弾くと泰生はまだ約束していない。ところが三村は、泰生がそう答える前に、話し出した。
「あの楽器、ええ音したやろ? あれ、俺の叔父が寄付した楽器やねん」
「え……そうなんですか?」
三村の叔父は、この大学に入学し管弦楽団でコントラバスを担当した。そしてすっかりコントラバスの魅力に嵌ってしまい、この大学の文学部を卒業してから、市立の芸術大学の器楽科に入った。優秀な成績で卒業後も地味に活躍し、現在は市の交響楽団の首席コントラバス奏者だという。
泰生はそんな卒業生がいることにすっかり感心してしまったが、どうして三村があの楽器を弾かないのだろうかと思う。思いきって尋ねると、単なる巡り合わせらしい。
「1回楽器借りたら、まあ卒部するまで同じ楽器使うやろ? あの楽器が寄贈されてたぶん10年かそこらなんやけど、俺が入部した時は他所の大学に貸してる最中やったんやわ」
戻ってきたタイミングが中途半端で、あの楽器を弾く者がいなかった。そして1年前に、管弦楽団のOB会が代金を出し、メンテナンスに出すことになった。
「半年かかったんですよね」
岡本は緑茶をあおってから、言った。三村も大仰に頷く。
「そうや、あれ絶対楽器屋に忘れられてたわ……そんでせっかくぴかぴかになって戻ってきたのに、入ってきた1回生が女の子やしあれは重過ぎて、だからこの半年誰も弾いてへん」
そんなに重かったかなと泰生は思ったが、三村は眉をハの字にして、悲劇的に言う。
「だから今長谷川くんが来たのは天の采配なんや、叔父も喜ぶさかいにあれ弾いたって」
何じゃそりゃ。泰生はこんな形で泣きつかれるとは想像しておらず、あ然とするばかりだった。岡本は楽しそうに2人を眺めている。
「試験終わったらこれからのスケジュール渡すわな、百花姫からも真面目な子やて聞いてるから、コントラバスパートとしては期待してます」
三村の言葉がとどめを刺す。この場で泰生が、入部する気は無いと言えるわけが無かった。
「長谷川くんは何も悪ないで、体験入部で楽器触るのも全然OKやし、岡本が誰の許可も取らんと勝手にやったのがあかんだけ」
「……そしたら何で僕は呼び出されたんでしょう」
岡本が戻ってきて、三村に缶コーヒー、泰生にはペットボトルの紅茶を手渡した。彼自身は緑茶を買っている。三村は早速タブを起こし、コーヒーをひと口飲む。
「こないだ試奏した楽器、大事にしたってほしいなと思って」
それも困った話で、これから弾くと泰生はまだ約束していない。ところが三村は、泰生がそう答える前に、話し出した。
「あの楽器、ええ音したやろ? あれ、俺の叔父が寄付した楽器やねん」
「え……そうなんですか?」
三村の叔父は、この大学に入学し管弦楽団でコントラバスを担当した。そしてすっかりコントラバスの魅力に嵌ってしまい、この大学の文学部を卒業してから、市立の芸術大学の器楽科に入った。優秀な成績で卒業後も地味に活躍し、現在は市の交響楽団の首席コントラバス奏者だという。
泰生はそんな卒業生がいることにすっかり感心してしまったが、どうして三村があの楽器を弾かないのだろうかと思う。思いきって尋ねると、単なる巡り合わせらしい。
「1回楽器借りたら、まあ卒部するまで同じ楽器使うやろ? あの楽器が寄贈されてたぶん10年かそこらなんやけど、俺が入部した時は他所の大学に貸してる最中やったんやわ」
戻ってきたタイミングが中途半端で、あの楽器を弾く者がいなかった。そして1年前に、管弦楽団のOB会が代金を出し、メンテナンスに出すことになった。
「半年かかったんですよね」
岡本は緑茶をあおってから、言った。三村も大仰に頷く。
「そうや、あれ絶対楽器屋に忘れられてたわ……そんでせっかくぴかぴかになって戻ってきたのに、入ってきた1回生が女の子やしあれは重過ぎて、だからこの半年誰も弾いてへん」
そんなに重かったかなと泰生は思ったが、三村は眉をハの字にして、悲劇的に言う。
「だから今長谷川くんが来たのは天の采配なんや、叔父も喜ぶさかいにあれ弾いたって」
何じゃそりゃ。泰生はこんな形で泣きつかれるとは想像しておらず、あ然とするばかりだった。岡本は楽しそうに2人を眺めている。
「試験終わったらこれからのスケジュール渡すわな、百花姫からも真面目な子やて聞いてるから、コントラバスパートとしては期待してます」
三村の言葉がとどめを刺す。この場で泰生が、入部する気は無いと言えるわけが無かった。
10
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。
日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。
ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。
人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。
そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。
太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。
青春インターネットラブコメ! ここに開幕!
※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。
#彼女を探して・・・
杉 孝子
ホラー
佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる