夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

長い人生、気を散らしてなんぼ②

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 ベテランの塚﨑教授は、他人の書いたものやネットのサイトの丸写しをしてレポートを作成したり、出席率や小テストの点数が基準に満たないことに対してつまらない言い訳をしたりすると、即除籍すると評判の人だが、普通に授業を受けていれば、明るくて親切な良い先生だ。泰生はゼミ生として3か月過ごし、割に塚﨑に対して気安くなっていた。

「すみません、とあるクラブから熱心な勧誘を受けてて、ここんとこ微妙な感じで」

 そう話すと、塚﨑は微笑した。

「伏見に来てから前のクラブ辞めたんやったかな? あと1年半もあるんやし、よっぽど嫌ちゃうかったら、やっとけ」

 塚﨑が部活推進派とは思わなかったので、泰生は驚いた。「あと1年半ある」などという考え方をしたことが無かった。

「……でも、就活も始まるし……」
「部活してますって面接で言えたほうが多少有利なんは、昔も今も変わらんで」

 前向きに考えると、確かにそれはある。塚﨑は、諭しモードになった。

「自分が何を勉強してんのか思い出しなさい……人類の長い歴史の中で1人の人間の一生なんか一瞬やから、迷ったことは何でもやってみるくらいでちょうどええはずです」

 泰生はそれを聞き、はあ、と思わず答えた。塚﨑は続ける。

「授業の90分でそれはちょっとあかんけど、人生は気を散らすくらいでよろしい」

 人生の先輩に言われると、そうかなぁと思ってしまう。

「でも、人間関係ちょっと面倒くさくて……誰かと拗れたらうっとうしいでしょ?」

 泰生は一応抵抗してみる。これにも塚﨑は、微笑で返した。

「それも勉強、誰とどう拗れたんか知らんけど、10年後に振り返ったらたぶん大したことちゃうようになってるわ」
「そうですかねぇ」
「そうや、スルーするなり話し合いして解決するなりしていって、対人スキルを高めんの……これは逆説やけど、部活って人間関係だけちゃうやろ? やってみたいことがあるんやったら、それだけで人生儲けもんや」

 塚﨑の言葉には、なかなか説得力があるように思えた。気づくと教室の中には2人の他には誰もおらず、塚﨑の昼休みを削ぐのも申し訳ないので、泰生は彼に礼を言った。

「ありがとうございました、失礼します」
「おう、楽しい夏休みを送りなさい」

 小学生のような激励を受ける。家族で琵琶湖に泳ぎに行くことも決まっているし、小学校時代回帰ムーブメントかもしれなかった。
 泰生はふと気になって、教室を出る前に塚﨑を振り返った。

「先生は学生時代、何か部活してはったんですか?」

 回収したレポートを机の上でとんとんと揃えながら、塚﨑はにっと笑った。

「よう訊いてくれた、俺は高校と大学の7年間、マンドリン弾いとった」

 泰生は思わず、へぇ、と声を裏返した。繊細でちょっぴり哀しみを帯びた音がする、8本の弦をトレモロで鳴らす楽器だ。古い曲や民族音楽が似合う。

「渋いっすね」
「やろ? 通じてよかった、現役時代それではモテんかったけどな」

 得意そうな担当教官に、ちょっと似合わんけど、と言うのは辞めておいた。塚﨑にとっては気を散らしただけなのかもしれないが、それを聞いて渋いと思う自分のような学生がいるなら、いいことに違いない。
 弦楽器は楽しい。泰生にとっても、それは紛れの無い事実だった。
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