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2 7月中旬
哀切のチョコミント①
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何だかんだ言って、庶民的で大きな商店街が気に入っている泰生は、今日もふらりと学校帰りに途中下車してしまった。もしかしたらこの周辺でアルバイトを探せばいいのではないかと、思いついたのもあった。もちろん自宅の近所のショッピングモールにも、学生アルバイトを募集している店舗は沢山ある。しかし何せ生まれた時から暮らす地元なので、中学校や高校が一緒だった連中が買い物に来たら、ぶっちゃけ嫌だ。
岡本には、今日ここに来ていることは黙っている。彼と友達になりたい気持ちは十分あるし、この周辺を案内してほしい気持ちもちょっとあるのだが、急激に近づくのは怖い。
ユーフォニウムパートの井上旭陽は、吹奏楽部の同期12名の中で、泰生と一番仲が良かった。お互い大学生になってから楽器を始めた「初心者」で、低音パートだったことが大きかったと思う。人数が少ないマイナーパートに属している上に、自分から積極的に他人との距離を詰めるのが得意でない泰生にとっては、明るく声をかけてくれる旭陽は有り難い存在だった。
旭陽の自分に対する態度に微かな違和感を覚え始めたのは、2回生の冬くらいだっただろうか。とにかく何やら距離が近いし、部活動が終わってから話をしたがる。彼は京都市西京区の自宅から通学しており、泰生とは帰る方向が全然違うので、やたらと名残惜しがるのだ。
3回生になり、文学部生の泰生は下京キャンパスから伏見キャンパスに、通学の拠点を移した。部活動のために移動距離が伸びて、泰生は疲れを溜めるようになったが、社会学部の旭陽は生活に変化は無いので、泰生が早く帰りたいと言うと寂しがる。きっと旭陽は、物理的な距離のせいで、泰生と自分の間にすきま風が吹くのが怖かったのだろう。彼と顔を合わせなくなった今ならわかるが、当時は若干鬱陶しかった。
「俺、長谷川のこと好きなんやけど」
新入生歓迎イベントが落ち着き、下京キャンパスの桜の花がすっかり散ってしまったある日、旭陽は音楽練習場を出たところで、切羽詰まった表情になってそう言った。
意味がわからずきょとんとした泰生に、旭陽は念を押すように続けた。
「好きって、そういう意味で……俺、男が好きな奴なんやわ」
その時泰生が感じたのは、純粋なショックだった。同性が好きな人など珍しくもなく、泰生が知る限り、文学部の同期にも数人、同性愛者であることをカミングアウトしている者がいた。
しかし大学生になって以来ずっと近しくしていた「友達」から、「恋人」になってほしいと乞われることが、こんなにショックだとは想像しなかった。旭陽がそういう目で自分をずっと見ていたのかと思うと、少し気持ち悪いとも感じた。泰生は混乱したが、とにかく自分の気持ちの偽らざるところを旭陽に伝えた。
「俺が井上を好きやと思う気持ちは、たぶんそれとは違うし、これからそういう風にはならん……と思う」
旭陽は泰生がそう答えるのを、予想していたようだった。
「そんなんわからんやろ」
「わかるわ、今彼女おらんからっていうて、男を好きにはならへん」
肩を落としてしょんぼりする旭陽が可哀想になったが、同情で受け入れるべきものではない。泰生は友人を、こうして「振った」のだった。
岡本には、今日ここに来ていることは黙っている。彼と友達になりたい気持ちは十分あるし、この周辺を案内してほしい気持ちもちょっとあるのだが、急激に近づくのは怖い。
ユーフォニウムパートの井上旭陽は、吹奏楽部の同期12名の中で、泰生と一番仲が良かった。お互い大学生になってから楽器を始めた「初心者」で、低音パートだったことが大きかったと思う。人数が少ないマイナーパートに属している上に、自分から積極的に他人との距離を詰めるのが得意でない泰生にとっては、明るく声をかけてくれる旭陽は有り難い存在だった。
旭陽の自分に対する態度に微かな違和感を覚え始めたのは、2回生の冬くらいだっただろうか。とにかく何やら距離が近いし、部活動が終わってから話をしたがる。彼は京都市西京区の自宅から通学しており、泰生とは帰る方向が全然違うので、やたらと名残惜しがるのだ。
3回生になり、文学部生の泰生は下京キャンパスから伏見キャンパスに、通学の拠点を移した。部活動のために移動距離が伸びて、泰生は疲れを溜めるようになったが、社会学部の旭陽は生活に変化は無いので、泰生が早く帰りたいと言うと寂しがる。きっと旭陽は、物理的な距離のせいで、泰生と自分の間にすきま風が吹くのが怖かったのだろう。彼と顔を合わせなくなった今ならわかるが、当時は若干鬱陶しかった。
「俺、長谷川のこと好きなんやけど」
新入生歓迎イベントが落ち着き、下京キャンパスの桜の花がすっかり散ってしまったある日、旭陽は音楽練習場を出たところで、切羽詰まった表情になってそう言った。
意味がわからずきょとんとした泰生に、旭陽は念を押すように続けた。
「好きって、そういう意味で……俺、男が好きな奴なんやわ」
その時泰生が感じたのは、純粋なショックだった。同性が好きな人など珍しくもなく、泰生が知る限り、文学部の同期にも数人、同性愛者であることをカミングアウトしている者がいた。
しかし大学生になって以来ずっと近しくしていた「友達」から、「恋人」になってほしいと乞われることが、こんなにショックだとは想像しなかった。旭陽がそういう目で自分をずっと見ていたのかと思うと、少し気持ち悪いとも感じた。泰生は混乱したが、とにかく自分の気持ちの偽らざるところを旭陽に伝えた。
「俺が井上を好きやと思う気持ちは、たぶんそれとは違うし、これからそういう風にはならん……と思う」
旭陽は泰生がそう答えるのを、予想していたようだった。
「そんなんわからんやろ」
「わかるわ、今彼女おらんからっていうて、男を好きにはならへん」
肩を落としてしょんぼりする旭陽が可哀想になったが、同情で受け入れるべきものではない。泰生は友人を、こうして「振った」のだった。
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