夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

兄と夕涼み②

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 気のいい兄は、笑いながらリビングに入って行った。いつもこんな調子だが、泰生は自分の家が好きである。京都と大阪の境目に位置し、どちらにも電車1本で出ることができて、でも大概のものは近辺で揃うというこの街も好きだ。
 この街は七夕伝説のゆかりの地である。だから今は、そこら中に七夕飾りが溢れ、なかなかの風情がある時期だ。
 父が帰る時間に合わせて炊飯をセットしていると聞き、着替えを済ませた友樹は缶ビールを2本、冷蔵庫から出してきた。泰生はそれを見てぎょっとしたが、これからもう大学の友人と飲むことも無い(せっかく酒が飲める年齢になったのに)と思うと、相手が兄でもまあいいかと思った。

「何か吹部辞めて、ちょっと腑抜けてる?」

 ベランダの手すりに腕をかける友樹に訊かれて、そうかもしれないと泰生は考える。本当ならこの時期は、吹奏楽のコンクールとサマーコンサートの練習で忙しい。もし続けていれば、こうして明るいうちに帰宅して家族と晩酌をするなど、ちょっとあり得ない。

「吹部もそやけど、キャンパスも変わったから、軽く人生リセット感あるわ」

 一番仲が良かった友人とも、おそらくこれで切れるだろうから。良く冷えたビールは、苦みが少し飛んで、まだ酒に慣れていない泰生にはちょうど飲みやすかった。

「どうせリセットするんやったら、何か他の……クラブはしんどいかもしれんし、サークルでも探したら?」

 友樹の提案に、泰生はうーん、と首を捻る。

「言うてる間に就活とか始まるやん、どんだけ活動できる?」
「大学時代に友達作っとかへんかったら、社会に出てから寂しいで」

 そう語る友樹は、大学で4年間、美術部に所属していた。中学高校と軟式野球をしていた兄は、泰生よりずっと運動神経も良くて、この性格なのでモテキャラなのだが(ちなみに卒業した大学も泰生の大学より偏差値が高い)、何故か大学では油絵にハマっていたのだった。美術部の同級生とは、今でもちょこちょこ会うようである。
 半分ほど缶ビールを飲んでから、泰生は洗濯物を取りこみ始めた。ぱりぱりに乾いたバスタオルやジーンズ、色褪せないように裏返して干されたTシャツ。鼻を近づけると太陽の匂いがした。友樹は見ているだけなのだが、給料の幾らかを自宅に入れている身なので、泰生には文句は言えない。

「兄貴、今週末は彼女とメシ食ったりとかするん?」

 深い意味も無く泰生は尋ねた。しかし、友樹の返事は想定外に悲劇的だった。

「ううん、もう俺とメシ食ってくれる女はおらんくなりました」
「あ、……そ」

 泰生は男3人の2日分のパンツを抱えながら、ビールをぐっと飲み干す兄の姿を見つめた。すいと頬を撫でた風は、会話に似合わず心地良かった。
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