3 / 55
1 7月上旬
兄と夕涼み②
しおりを挟む
気のいい兄は、笑いながらリビングに入って行った。いつもこんな調子だが、泰生は自分の家が好きである。京都と大阪の境目に位置し、どちらにも電車1本で出ることができて、でも大概のものは近辺で揃うというこの街も好きだ。
この街は七夕伝説のゆかりの地である。だから今は、そこら中に七夕飾りが溢れ、なかなかの風情がある時期だ。
父が帰る時間に合わせて炊飯をセットしていると聞き、着替えを済ませた友樹は缶ビールを2本、冷蔵庫から出してきた。泰生はそれを見てぎょっとしたが、これからもう大学の友人と飲むことも無い(せっかく酒が飲める年齢になったのに)と思うと、相手が兄でもまあいいかと思った。
「何か吹部辞めて、ちょっと腑抜けてる?」
ベランダの手すりに腕をかける友樹に訊かれて、そうかもしれないと泰生は考える。本当ならこの時期は、吹奏楽のコンクールとサマーコンサートの練習で忙しい。もし続けていれば、こうして明るいうちに帰宅して家族と晩酌をするなど、ちょっとあり得ない。
「吹部もそやけど、キャンパスも変わったから、軽く人生リセット感あるわ」
一番仲が良かった友人とも、おそらくこれで切れるだろうから。良く冷えたビールは、苦みが少し飛んで、まだ酒に慣れていない泰生にはちょうど飲みやすかった。
「どうせリセットするんやったら、何か他の……クラブはしんどいかもしれんし、サークルでも探したら?」
友樹の提案に、泰生はうーん、と首を捻る。
「言うてる間に就活とか始まるやん、どんだけ活動できる?」
「大学時代に友達作っとかへんかったら、社会に出てから寂しいで」
そう語る友樹は、大学で4年間、美術部に所属していた。中学高校と軟式野球をしていた兄は、泰生よりずっと運動神経も良くて、この性格なのでモテキャラなのだが(ちなみに卒業した大学も泰生の大学より偏差値が高い)、何故か大学では油絵にハマっていたのだった。美術部の同級生とは、今でもちょこちょこ会うようである。
半分ほど缶ビールを飲んでから、泰生は洗濯物を取りこみ始めた。ぱりぱりに乾いたバスタオルやジーンズ、色褪せないように裏返して干されたTシャツ。鼻を近づけると太陽の匂いがした。友樹は見ているだけなのだが、給料の幾らかを自宅に入れている身なので、泰生には文句は言えない。
「兄貴、今週末は彼女とメシ食ったりとかするん?」
深い意味も無く泰生は尋ねた。しかし、友樹の返事は想定外に悲劇的だった。
「ううん、もう俺とメシ食ってくれる女はおらんくなりました」
「あ、……そ」
泰生は男3人の2日分のパンツを抱えながら、ビールをぐっと飲み干す兄の姿を見つめた。すいと頬を撫でた風は、会話に似合わず心地良かった。
この街は七夕伝説のゆかりの地である。だから今は、そこら中に七夕飾りが溢れ、なかなかの風情がある時期だ。
父が帰る時間に合わせて炊飯をセットしていると聞き、着替えを済ませた友樹は缶ビールを2本、冷蔵庫から出してきた。泰生はそれを見てぎょっとしたが、これからもう大学の友人と飲むことも無い(せっかく酒が飲める年齢になったのに)と思うと、相手が兄でもまあいいかと思った。
「何か吹部辞めて、ちょっと腑抜けてる?」
ベランダの手すりに腕をかける友樹に訊かれて、そうかもしれないと泰生は考える。本当ならこの時期は、吹奏楽のコンクールとサマーコンサートの練習で忙しい。もし続けていれば、こうして明るいうちに帰宅して家族と晩酌をするなど、ちょっとあり得ない。
「吹部もそやけど、キャンパスも変わったから、軽く人生リセット感あるわ」
一番仲が良かった友人とも、おそらくこれで切れるだろうから。良く冷えたビールは、苦みが少し飛んで、まだ酒に慣れていない泰生にはちょうど飲みやすかった。
「どうせリセットするんやったら、何か他の……クラブはしんどいかもしれんし、サークルでも探したら?」
友樹の提案に、泰生はうーん、と首を捻る。
「言うてる間に就活とか始まるやん、どんだけ活動できる?」
「大学時代に友達作っとかへんかったら、社会に出てから寂しいで」
そう語る友樹は、大学で4年間、美術部に所属していた。中学高校と軟式野球をしていた兄は、泰生よりずっと運動神経も良くて、この性格なのでモテキャラなのだが(ちなみに卒業した大学も泰生の大学より偏差値が高い)、何故か大学では油絵にハマっていたのだった。美術部の同級生とは、今でもちょこちょこ会うようである。
半分ほど缶ビールを飲んでから、泰生は洗濯物を取りこみ始めた。ぱりぱりに乾いたバスタオルやジーンズ、色褪せないように裏返して干されたTシャツ。鼻を近づけると太陽の匂いがした。友樹は見ているだけなのだが、給料の幾らかを自宅に入れている身なので、泰生には文句は言えない。
「兄貴、今週末は彼女とメシ食ったりとかするん?」
深い意味も無く泰生は尋ねた。しかし、友樹の返事は想定外に悲劇的だった。
「ううん、もう俺とメシ食ってくれる女はおらんくなりました」
「あ、……そ」
泰生は男3人の2日分のパンツを抱えながら、ビールをぐっと飲み干す兄の姿を見つめた。すいと頬を撫でた風は、会話に似合わず心地良かった。
10
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
PMに恋したら
秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。
「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」
そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。
「キスをしたら思い出すかもしれないよ」
こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。
人生迷子OL × PM(警察官)
「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」
本当のあなたはどんな男なのですか?
※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません
表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。
https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる