2 / 55
1 7月上旬
兄と夕涼み①
しおりを挟む
泰生がベランダに出て、外の風と暮れて来た空を楽しんでいると、兄の友樹が仕事から帰ってきた。日が長いので、もうそんな時間かと思う。
「ただいま、何黄昏てるん」
友樹はリビングを通過して、そのまま泰生のところへやってくる。サンダルは泰生が使っているので、靴下履きのままである。3つ上の兄は、京都の大学を出てから大阪の会社に勤務し始めて2年目だが、特に会社で何かに悩まされることもなく、順調な社会人生活を送っているようだ。
「あ、空きれいやなぁ」
友樹は梅雨の晴れ間の美しい空を見上げて、言った。泰生も兄の言葉に、うん、と同意した。吹く風も今日は爽やかなほうで、良い夕涼みだ。
「伏見のキャンパスどう? 近いしええんちゃうん?」
友樹に訊かれて、泰生は素直に、うん、と答えた。
「駅チカやし、広いし、緑も多いし」
友樹の大学くらいしか比較の対象を知らないが、伏見キャンパスは大学らしい気がする。少し古めの校舎がいくつも建ち、食堂が複数あって、学生が気軽に溜まることのできるスペースが多い。不満を挙げるとしたら、下京キャンパスと比べて周辺に飲食店が少ないことくらいだろうか。とはいえ飲み食いする場所も、部活動をしていなければほぼ用は無い。
弟がぼんやり答えるのを聞いて、友樹はふんふんと頷いた。
「あそこはまだ、外国人観光客にぎりぎり侵されてへんしな」
泰生が3月まで通っていた下京キャンパスは京都駅が最寄りだったので、外国人が多かった。観光客を歓迎しない訳ではないが、特に京都駅以北の公共交通機関の混雑状況は異様で、泰生の目から見ても、まさしくオーバーツーリズムである。
兄の卒業した大学は京都御所に近い場所にあるので、今は観光客だらけのようだが、彼が学生の頃は、まだここまで京都は大変なことになっていなかった。
「申し訳ないけど、就職して京都脱出できてよかったと思てる……」
友樹は呟いてから、そよと吹いた風に鼻をうごめかすような姿勢になった。泰生もそれを真似ると、匂ったのは夏の緑などではなく、近所の夕飯のカレーだった。
泰生はベランダから、キッチンにいる母に、夕ご飯何? と訊いた。母の返事は早かった。
「焼き鳥と、なすの揚げ浸しと、豆腐とわかめの味噌汁やけど、何?」
「別にいちゃもんはつけてへんで」
「当たり前や、いちゃもんつけるんやったら自分で作り」
何故か喧嘩腰の母に、泰生はむかっとしたが、友樹は小さく笑った。母は友樹にも呼びかける。
「ともちゃん、汗かくから着替えなさい……もうほんま、何でごつい息子にこんなん言わなあかんのやろか」
「何でそんな絡んでくんねん、パートで何かあったんか」
「そんなん、いっつも何かあるわ」
「ただいま、何黄昏てるん」
友樹はリビングを通過して、そのまま泰生のところへやってくる。サンダルは泰生が使っているので、靴下履きのままである。3つ上の兄は、京都の大学を出てから大阪の会社に勤務し始めて2年目だが、特に会社で何かに悩まされることもなく、順調な社会人生活を送っているようだ。
「あ、空きれいやなぁ」
友樹は梅雨の晴れ間の美しい空を見上げて、言った。泰生も兄の言葉に、うん、と同意した。吹く風も今日は爽やかなほうで、良い夕涼みだ。
「伏見のキャンパスどう? 近いしええんちゃうん?」
友樹に訊かれて、泰生は素直に、うん、と答えた。
「駅チカやし、広いし、緑も多いし」
友樹の大学くらいしか比較の対象を知らないが、伏見キャンパスは大学らしい気がする。少し古めの校舎がいくつも建ち、食堂が複数あって、学生が気軽に溜まることのできるスペースが多い。不満を挙げるとしたら、下京キャンパスと比べて周辺に飲食店が少ないことくらいだろうか。とはいえ飲み食いする場所も、部活動をしていなければほぼ用は無い。
弟がぼんやり答えるのを聞いて、友樹はふんふんと頷いた。
「あそこはまだ、外国人観光客にぎりぎり侵されてへんしな」
泰生が3月まで通っていた下京キャンパスは京都駅が最寄りだったので、外国人が多かった。観光客を歓迎しない訳ではないが、特に京都駅以北の公共交通機関の混雑状況は異様で、泰生の目から見ても、まさしくオーバーツーリズムである。
兄の卒業した大学は京都御所に近い場所にあるので、今は観光客だらけのようだが、彼が学生の頃は、まだここまで京都は大変なことになっていなかった。
「申し訳ないけど、就職して京都脱出できてよかったと思てる……」
友樹は呟いてから、そよと吹いた風に鼻をうごめかすような姿勢になった。泰生もそれを真似ると、匂ったのは夏の緑などではなく、近所の夕飯のカレーだった。
泰生はベランダから、キッチンにいる母に、夕ご飯何? と訊いた。母の返事は早かった。
「焼き鳥と、なすの揚げ浸しと、豆腐とわかめの味噌汁やけど、何?」
「別にいちゃもんはつけてへんで」
「当たり前や、いちゃもんつけるんやったら自分で作り」
何故か喧嘩腰の母に、泰生はむかっとしたが、友樹は小さく笑った。母は友樹にも呼びかける。
「ともちゃん、汗かくから着替えなさい……もうほんま、何でごつい息子にこんなん言わなあかんのやろか」
「何でそんな絡んでくんねん、パートで何かあったんか」
「そんなん、いっつも何かあるわ」
20
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

タダで済むと思うな
美凪ましろ
ライト文芸
フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。
――よし、決めた。
我慢するのは止めだ止め。
家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!
そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。
■十八歳以下の男女の性行為があります。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる