夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

商店街の喫茶店①

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 その日は授業が3限までだったので、泰生は大学の最寄り駅から準急に乗り、いつものように特急に乗り換えずに、気になっていた駅で途中下車した。その駅を通過する時、特急の窓から大きな商店街の入り口が見えるのが気になっていた。そこにはいつもたくさんの人が歩いているが、大きなスーツケースを転がす外国人観光客らしき者は目に入らなかった。
 狭いホームから階段を下りて定期券を改札にかざし、人の昇り降りが多いほうの階段を上がった。視界が開けたそこは立派なアーケードのある大きな商店街で、制服を着た学生や、普段着のままで買い物に出てきた女性たち、そしてゆっくり歩く老人たちが行き来していた。
 都市銀行や全国チェーンのドーナツショップやファストフード店があるかと思えば、個人商店と思しきおもちゃ屋や洋服店や洋菓子店、そして京都の地銀も並んでいた。泰生の家の近くには、シネコンを備える大きなショッピングモールがあるが、全く雰囲気が異なる。京都にも大阪にもシャッター商店街が増えたというが、ここは違った。興味深くて、泰生はきょろきょろとしながら歩く。
 商店街は緩やかな下り坂になっていた。途中で振り返ると、やや目線の高い位置に電車が走っているのが見えた。駅の向こうも登り坂が続き、確か別の私鉄の駅があるはずだ。
 じめじめと暑くて喉が渇いたので、どこかの店に入ってみようと思う。さっきチェーンカフェの前を通ったが、泰生が選んだのは、ちょっとレトロな木の扉を持ち、店の前のショーケースに飲み物やデザートのサンプルが並ぶ喫茶店だった。「かき氷始めました」という旗が、扉の脇に揺れていた。
 そっと扉を押すと、中は思ったより広く、しかも席がほぼ埋まっていた。4人掛けのテーブルに座る3人の高齢男性が一斉に泰生を見たのは、見かけへん若い奴が来たな、という気持ちだったかもしれなかった。

「カウンター空いてますよ、どうぞ」

 デニムのエプロンをつけた、店長らしき中年男性が、扉を開けたことを後悔し始めた泰生に声をかけてくれた。泰生は並ぶテーブル席を回避しつつ、店の奥のカウンターを目指した。
 店内に広がるコーヒーの匂いが魅力的だったので、アイスコーヒーを注文した。大学では滅多にコーヒーなんか飲まないのに。
 店内では店長らしきエプロンの男性がキッチンを担当し、中年女性がキッチンを手伝いつつ、若い男性とともにホールの客をさばいていた。若い男性が水と冷たいおしぼりを、泰生の前に静かに置く。布のおしぼりは、久しぶりに見た気がする。
 コーヒーは、大きなグラスに入っていた。ガムシロップとコーヒーフレッシュを少しずつ入れて、ストローでちゅっと濃い色の液体を吸うと、香ばしい香りが鼻腔を通り抜けた。泰生は、おいしい、と心の中でひとりごちた。
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