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女王の身辺を探る者
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亜希は目の前の男の顔を、初めて見るかのようにしみじみと見つめていた。何にせよ、亜希がこれまで寝た男の中では、彼は一番きれいな顔をしている。
オーリムを出て、亜希のマンションに戻ってから、冷蔵庫にストックしていた缶チューハイを、千種と1本ずつ空けた。亜希がつい、接客中に少し苛ついた話を千種にしてしまうと、おじさんあるあるだなぁ、と言った。
「でも、スーパーや飲食店で威張るおやじってさ、自分より弱い立場の相手とか、ずっと若い子にしか偉そうにできないんだよ……結構可哀想だよね」
そうなのだろうな、と亜希も思う。彼は続けた。
「おやじたちに理があるかもしれないのに、言い方が悪いと聞いてもらうこともできなくなるんだから」
「一理あってもね、それを暴力的にぶつけられたらたまったもんじゃないのよね、私はかなり慣れたけど……最近のバイトちゃんって、親にもきつく叱られたことがない子も多いから、ほんとに怯えるし」
「そこはもう、今は大人が守ってやらなきゃ仕方ないんだろうな」
言うと千種は、少し顔を近づけてきた。
「住野さんが傷ついた分は、俺とももさんで何とかするから」
あ、どうも、と亜希は変な返しをしてしまう。千種はくすっと笑った。
「木曜日のいつ来てもらっても、ももさんを返せるようにしとく……全身きれいになって、全体的にぱつっとして、ほんと見違えたよ」
亜希の胸の中に、安心混じりの喜びが広がる。
「ありがとう……ほんとに楽しみ」
何となくそこで酒が終わったので、順番に風呂に入ることした。千種はサブバッグの中にしっかりと、洗面道具と着替えや寝間着、それに避妊具を入れていた。
サブバッグから飛び出してきたコンドームの箱に驚いたあと、やや可笑しくなりながら亜希が突っ込むと、千種は苦笑した。
「あ、実はこないだいきなりお邪魔した時、歯ブラシと一緒に買ってた」
「えっ何それ、あの時その気満々だったの?」
「その気満々って……それこそおやじ表現だよ住野さん……エチケットと言ってほしいな」
ひとつ部屋で一緒になったからといって、女が男に全てを許した訳ではないという先日の話と矛盾してはいないのか。別に不快になってはいなかったが、亜希はつい追求してしまう。
千種がうーん、と首を傾げたのを見て、やり過ぎた、と亜希は悔やんだ。こういう態度が、責めたと受け取られて男に嫌がられるのだ。互いに心を許しかけていたとしても。
「前も話した通り、俺は住野さんが良いならいつでもあなたを受け入れる準備があるよ、でも嫌ならしない……オッケーと言ってもらえたらラッキーだと思ってる、それに尽きます」
誠意を感じさせる千種の言葉に、亜希はごめんね、と謝るしかなかった。すると千種のほうが、きょとんとする。
「何を謝ってるのかよくわからないんだけど」
「あ、しつこくしたからうざかったなと思って」
「うざいなんて思ってない」
思えば亜希は、この男に随分と、自分の感じたままを伝えるようになっている。だからつい、言い過ぎてしまう(千種がそう受け止めていないにせよ)のだった。
「何となく住野さんの考え方の傾向は把握してきたと思うんだけど、勝手に気まずくならないで」
うん、と亜希は呟く。千種との関係を大切にしたいから、勝手に気まずくなったり、独り反省会したりするのだけれど。
あ、そう言えばいいのか。そう思いついたが、千種は風呂借ります、と頭を下げて浴室に向かってしまった。
そんなやり取りがあったからか、千種の後で風呂を使い、ベッドに入った亜希に、千種は不用意に触れなかった。彼は布団を整え、枕元に座るさくらちゃんの頭を撫でて、いい子だな、と言った。
「このメーカーさんのぬいぐるみ、ほんとしっかりできてるしいい顔してるから、勝手に推そうと思ってるんだ」
「うん、可愛いし写真映えする」
オーリムを出て、亜希のマンションに戻ってから、冷蔵庫にストックしていた缶チューハイを、千種と1本ずつ空けた。亜希がつい、接客中に少し苛ついた話を千種にしてしまうと、おじさんあるあるだなぁ、と言った。
「でも、スーパーや飲食店で威張るおやじってさ、自分より弱い立場の相手とか、ずっと若い子にしか偉そうにできないんだよ……結構可哀想だよね」
そうなのだろうな、と亜希も思う。彼は続けた。
「おやじたちに理があるかもしれないのに、言い方が悪いと聞いてもらうこともできなくなるんだから」
「一理あってもね、それを暴力的にぶつけられたらたまったもんじゃないのよね、私はかなり慣れたけど……最近のバイトちゃんって、親にもきつく叱られたことがない子も多いから、ほんとに怯えるし」
「そこはもう、今は大人が守ってやらなきゃ仕方ないんだろうな」
言うと千種は、少し顔を近づけてきた。
「住野さんが傷ついた分は、俺とももさんで何とかするから」
あ、どうも、と亜希は変な返しをしてしまう。千種はくすっと笑った。
「木曜日のいつ来てもらっても、ももさんを返せるようにしとく……全身きれいになって、全体的にぱつっとして、ほんと見違えたよ」
亜希の胸の中に、安心混じりの喜びが広がる。
「ありがとう……ほんとに楽しみ」
何となくそこで酒が終わったので、順番に風呂に入ることした。千種はサブバッグの中にしっかりと、洗面道具と着替えや寝間着、それに避妊具を入れていた。
サブバッグから飛び出してきたコンドームの箱に驚いたあと、やや可笑しくなりながら亜希が突っ込むと、千種は苦笑した。
「あ、実はこないだいきなりお邪魔した時、歯ブラシと一緒に買ってた」
「えっ何それ、あの時その気満々だったの?」
「その気満々って……それこそおやじ表現だよ住野さん……エチケットと言ってほしいな」
ひとつ部屋で一緒になったからといって、女が男に全てを許した訳ではないという先日の話と矛盾してはいないのか。別に不快になってはいなかったが、亜希はつい追求してしまう。
千種がうーん、と首を傾げたのを見て、やり過ぎた、と亜希は悔やんだ。こういう態度が、責めたと受け取られて男に嫌がられるのだ。互いに心を許しかけていたとしても。
「前も話した通り、俺は住野さんが良いならいつでもあなたを受け入れる準備があるよ、でも嫌ならしない……オッケーと言ってもらえたらラッキーだと思ってる、それに尽きます」
誠意を感じさせる千種の言葉に、亜希はごめんね、と謝るしかなかった。すると千種のほうが、きょとんとする。
「何を謝ってるのかよくわからないんだけど」
「あ、しつこくしたからうざかったなと思って」
「うざいなんて思ってない」
思えば亜希は、この男に随分と、自分の感じたままを伝えるようになっている。だからつい、言い過ぎてしまう(千種がそう受け止めていないにせよ)のだった。
「何となく住野さんの考え方の傾向は把握してきたと思うんだけど、勝手に気まずくならないで」
うん、と亜希は呟く。千種との関係を大切にしたいから、勝手に気まずくなったり、独り反省会したりするのだけれど。
あ、そう言えばいいのか。そう思いついたが、千種は風呂借ります、と頭を下げて浴室に向かってしまった。
そんなやり取りがあったからか、千種の後で風呂を使い、ベッドに入った亜希に、千種は不用意に触れなかった。彼は布団を整え、枕元に座るさくらちゃんの頭を撫でて、いい子だな、と言った。
「このメーカーさんのぬいぐるみ、ほんとしっかりできてるしいい顔してるから、勝手に推そうと思ってるんだ」
「うん、可愛いし写真映えする」
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