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女王の身辺を探る者
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話が途切れたので電気を消したが、隣に人が寝ている事実がごまかされるどころか、妙に自分のものではないぬくもりや匂いを意識して、一気に落ち着かなくなった。亜希はようやく、千種が亜希のアクションを待っているのだと悟る。
いや、どうしろって言うのよ! 嫌いじゃないし、ちょっとしてみたいような気もしなくはないけど、私から迫れってこと?
亜希はこれまでつき合った男には、初めて関係を持った時もそれ以降も、自分からアプローチしたことが無い。榊原とは、求められて余程嫌でなければ(一度だけ棚卸しの日に、極度の疲れを理由に拒んだことがある)応じて、それでいいという感じだったし、彼も自分から求めない亜希を、奥ゆかしいと良いように解釈している節があった。
ごちゃごちゃ考えているうちに、千種の呼吸音がゆっくりになった。……寝るのかよ! 亜希はちょっと呆れてしまう。でもまあ仕方がない。今日も休日出勤していたようだし、沢山の患者を抱えて疲れているのだろう。ここに来たのも、セックスが目的というよりは、癒しを求めていたのかもしれない。
目が闇に慣れると、千種が頭をきちんと枕に乗せていないことに気づいた。亜希はさくらちゃんを壁際にそっと移動し、枕を動かそうとして彼の懐に入るような姿勢になり、その瞬間、がっちりと上半身を捕獲されてしまったのだった。
「……抱いていいですか?」
頭の上から降ってきたストレートな声は、しっかり覚醒していた。千種が寝たふりをしていたのか、うつらうつらしていたのかはわからないが、彼の腕の力が本気であることを伝えてきたので、亜希はどきどきしながら、2秒後に、はい、と答えた。
「嫌だと思うことを俺がしたら、我慢せずに教えて」
「……はい」
「住野さんがしてほしいことがある場合も、遠慮なく教えて」
「あ……はい」
答えると、軽く口づけされた。女はみんな本当に、漫画やドラマで見るように、ああしてこうしてと、自分を抱く男に求めるのだろうか。亜希は千種の腕の中で、そんな自分を想像して一人で照れた。でも千種が相手なら、してほしいことが出てくるかもしれないし、してくれと言えるかもしれない。経験の無い期待感に顔が熱くなり、甘ったるい感情はたちまち、全身に拡散した。
以降の千種はほとんど何も話さなかったが、亜希を気遣いながら優しく丁寧に接してくれた。亜希は身体の緊張を解き、してほしいことを求めるには至らなかったものの、男とするのは楽しいかもしれないと初めて感じた。これまでの経験が悪いものだったとは思わない。でももしかすると千種は、上手であるか、亜希と相性が良いようであった。
そんな訳で、目の前の男は遂に他人でなくなり、お互い一糸纏わぬ姿で一つ布団に潜っている。何故こんなことになったのだろうという疑問めいたものは未だにあるが、満足そうな寝息を立てる千種を見ていると、ほっとする。
一度だけ千種は、亜希さん、と自分を呼んだ。ずっとそう呼びたいと思ってくれていたのだとしたら、何だかちょっと嬉しい。私はこれからこの人を何と呼ぼうか。とりとめのないふわふわした思いが、次々と頭の中に浮かぶ。
亜希は千種に擦り寄った。意外と男らしく鍛えられた彼の身体の温もりも、すべすべした肌の感触も、心地良い。
あと1時間は一緒に眠れる。亜希がそのまま目を閉じると、千種がもぞもぞと肩を動かし、背中に腕を回してきた。肩甲骨の下辺りを優しく撫でる彼の手は、温かかった。
いや、どうしろって言うのよ! 嫌いじゃないし、ちょっとしてみたいような気もしなくはないけど、私から迫れってこと?
亜希はこれまでつき合った男には、初めて関係を持った時もそれ以降も、自分からアプローチしたことが無い。榊原とは、求められて余程嫌でなければ(一度だけ棚卸しの日に、極度の疲れを理由に拒んだことがある)応じて、それでいいという感じだったし、彼も自分から求めない亜希を、奥ゆかしいと良いように解釈している節があった。
ごちゃごちゃ考えているうちに、千種の呼吸音がゆっくりになった。……寝るのかよ! 亜希はちょっと呆れてしまう。でもまあ仕方がない。今日も休日出勤していたようだし、沢山の患者を抱えて疲れているのだろう。ここに来たのも、セックスが目的というよりは、癒しを求めていたのかもしれない。
目が闇に慣れると、千種が頭をきちんと枕に乗せていないことに気づいた。亜希はさくらちゃんを壁際にそっと移動し、枕を動かそうとして彼の懐に入るような姿勢になり、その瞬間、がっちりと上半身を捕獲されてしまったのだった。
「……抱いていいですか?」
頭の上から降ってきたストレートな声は、しっかり覚醒していた。千種が寝たふりをしていたのか、うつらうつらしていたのかはわからないが、彼の腕の力が本気であることを伝えてきたので、亜希はどきどきしながら、2秒後に、はい、と答えた。
「嫌だと思うことを俺がしたら、我慢せずに教えて」
「……はい」
「住野さんがしてほしいことがある場合も、遠慮なく教えて」
「あ……はい」
答えると、軽く口づけされた。女はみんな本当に、漫画やドラマで見るように、ああしてこうしてと、自分を抱く男に求めるのだろうか。亜希は千種の腕の中で、そんな自分を想像して一人で照れた。でも千種が相手なら、してほしいことが出てくるかもしれないし、してくれと言えるかもしれない。経験の無い期待感に顔が熱くなり、甘ったるい感情はたちまち、全身に拡散した。
以降の千種はほとんど何も話さなかったが、亜希を気遣いながら優しく丁寧に接してくれた。亜希は身体の緊張を解き、してほしいことを求めるには至らなかったものの、男とするのは楽しいかもしれないと初めて感じた。これまでの経験が悪いものだったとは思わない。でももしかすると千種は、上手であるか、亜希と相性が良いようであった。
そんな訳で、目の前の男は遂に他人でなくなり、お互い一糸纏わぬ姿で一つ布団に潜っている。何故こんなことになったのだろうという疑問めいたものは未だにあるが、満足そうな寝息を立てる千種を見ていると、ほっとする。
一度だけ千種は、亜希さん、と自分を呼んだ。ずっとそう呼びたいと思ってくれていたのだとしたら、何だかちょっと嬉しい。私はこれからこの人を何と呼ぼうか。とりとめのないふわふわした思いが、次々と頭の中に浮かぶ。
亜希は千種に擦り寄った。意外と男らしく鍛えられた彼の身体の温もりも、すべすべした肌の感触も、心地良い。
あと1時間は一緒に眠れる。亜希がそのまま目を閉じると、千種がもぞもぞと肩を動かし、背中に腕を回してきた。肩甲骨の下辺りを優しく撫でる彼の手は、温かかった。
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