57 / 109
心の中に落ちて芽吹くもの
3
しおりを挟む
目を伏せた亜希を見て、千種は慌てたようだった。
「ごめん、言い過ぎた……つまり、要するに、俺の前ではもう自己卑下しないでほしい、他の人に対して住野さんがどう振る舞っても何も言わない、でも俺には素顔を見せていてほしいんだ」
顔を上げた亜希は、今度は千種が俯いて、耳を赤くしたのを見た。
どうしよう。こんな言葉を聞かされて、嬉しい気持ちも大きいのに、一抹の困惑が亜希を襲う。この人は、何か勘違いしているのではないか?
「あっ、あの、大西さん……私は何というか、あなたが考えてるほど魅力的じゃないし、メンヘラとまで言わないけど、ほんとに大概な拗らせだし……」
言い終わる前に、千種は少し眉根を寄せて、亜希の傍らをすり抜けた。そして洗面所に行ってしまった。ここを出なくてはいけない時間が近づいているので、歯を磨きに行ったのだろう。
言われたそばから自己卑下発言をしてしまった亜希は、思わず溜め息をついた。千種が着替える間に亜希も歯を磨いたが、もう彼は気分を損ねてはいない様子で、何となく名残惜しげに言った。
「ありがとう住野さん、いずれにせよ助かりました……次は住野さんの出勤時間が早い日の前日にでも、うちに来てください」
そんな、互いの自宅がそれぞれの職場に近いからって、ホテル代わりにするみたいに。亜希はやや不満に感じた。
「わっ、私は、2人とも翌日休みの時に……」
千種がじっと顔を見るので、恥ずかしくなってきて言葉が続かない。榊原とは、お互い休みの前夜に一緒に過ごしていたが、千種とはそういう関係にはなり得ないということなのだろうか?
「あ、そういう日があればそれもそのうち」
千種はあっさりと答えたが、ちょっと照れくさそうである。それをごまかすかのように、彼は続けた。
「住野さん、ももさんのファンのうちの副院長が寂しがってるから、過去写真とか投稿してあげて」
「あ、そうなんだ……副院長さんにお礼伝えてください」
頷いた千種は、それと、とワンテンポ置く。
「考えてたんだけど、ずっと投稿してたら、もしかしたらおばあさんに届くこともあるかもしれない」
「え?」
一瞬話が飲み込めず、亜希は千種の顔を見る。
「お年寄りもSNS使うし、そうでなくても、何かのきっかけでももさんの写真が目に触れることはありえないかな」
考えてもみなかった。亜希は何となく、胸がどきどきするのを感じた。千種がふっと表情を緩める。
「ちょっと楽しそうな顔になった」
「だってもしそんなことがあったら……」
言い終わるなり、千種がついと近寄ってきて、亜希はふわりと彼の腕に囲われた。あまりに自然に抱き寄せられたので、驚く暇もない。
「そんなことがあればいいと俺も思う」
右耳の傍で優しい声がした。その時亜希は、千種も今、この部屋を後にし難いのだと察する。お互いの気持ちが同じなのに、もう一緒に過ごせないということが、やるせない。
亜希もそっと、千種の背中に手を回した。この人は、私を大切にしてくれる。そんな本能的な気づきと安心感があった。
「ごめん、言い過ぎた……つまり、要するに、俺の前ではもう自己卑下しないでほしい、他の人に対して住野さんがどう振る舞っても何も言わない、でも俺には素顔を見せていてほしいんだ」
顔を上げた亜希は、今度は千種が俯いて、耳を赤くしたのを見た。
どうしよう。こんな言葉を聞かされて、嬉しい気持ちも大きいのに、一抹の困惑が亜希を襲う。この人は、何か勘違いしているのではないか?
「あっ、あの、大西さん……私は何というか、あなたが考えてるほど魅力的じゃないし、メンヘラとまで言わないけど、ほんとに大概な拗らせだし……」
言い終わる前に、千種は少し眉根を寄せて、亜希の傍らをすり抜けた。そして洗面所に行ってしまった。ここを出なくてはいけない時間が近づいているので、歯を磨きに行ったのだろう。
言われたそばから自己卑下発言をしてしまった亜希は、思わず溜め息をついた。千種が着替える間に亜希も歯を磨いたが、もう彼は気分を損ねてはいない様子で、何となく名残惜しげに言った。
「ありがとう住野さん、いずれにせよ助かりました……次は住野さんの出勤時間が早い日の前日にでも、うちに来てください」
そんな、互いの自宅がそれぞれの職場に近いからって、ホテル代わりにするみたいに。亜希はやや不満に感じた。
「わっ、私は、2人とも翌日休みの時に……」
千種がじっと顔を見るので、恥ずかしくなってきて言葉が続かない。榊原とは、お互い休みの前夜に一緒に過ごしていたが、千種とはそういう関係にはなり得ないということなのだろうか?
「あ、そういう日があればそれもそのうち」
千種はあっさりと答えたが、ちょっと照れくさそうである。それをごまかすかのように、彼は続けた。
「住野さん、ももさんのファンのうちの副院長が寂しがってるから、過去写真とか投稿してあげて」
「あ、そうなんだ……副院長さんにお礼伝えてください」
頷いた千種は、それと、とワンテンポ置く。
「考えてたんだけど、ずっと投稿してたら、もしかしたらおばあさんに届くこともあるかもしれない」
「え?」
一瞬話が飲み込めず、亜希は千種の顔を見る。
「お年寄りもSNS使うし、そうでなくても、何かのきっかけでももさんの写真が目に触れることはありえないかな」
考えてもみなかった。亜希は何となく、胸がどきどきするのを感じた。千種がふっと表情を緩める。
「ちょっと楽しそうな顔になった」
「だってもしそんなことがあったら……」
言い終わるなり、千種がついと近寄ってきて、亜希はふわりと彼の腕に囲われた。あまりに自然に抱き寄せられたので、驚く暇もない。
「そんなことがあればいいと俺も思う」
右耳の傍で優しい声がした。その時亜希は、千種も今、この部屋を後にし難いのだと察する。お互いの気持ちが同じなのに、もう一緒に過ごせないということが、やるせない。
亜希もそっと、千種の背中に手を回した。この人は、私を大切にしてくれる。そんな本能的な気づきと安心感があった。
15
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる