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心の中に落ちて芽吹くもの
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亜希は雷に怯える由希と一緒に、両親の寝室に向かった。しかしドアを開けると、雷鳴に重なるように、母の激しい罵り声が飛び出してきた。
「何が理由かわからないけど、怒鳴り合いの大喧嘩してて……雷の音のせいなのかな、父も母も私たちに気づいてくれなくて」
亜希は泣き出した由希を促し、すごすごと部屋に引き返して、2人で抱き合って寝た。初めて見る両親の言い争う姿や、稲光に浮かぶ母の怒りに燃えた表情は、亜希の脳に最悪な記憶として刻み込まれてしまった。
「その夏休みは家族旅行が無かったのよね……母と祖母にプールに連れてってもらったけど、父は出勤でいなかったなぁ」
亜希はコーヒーをひと口飲んだ。ずっと泣いていたくせに、由希はその夜のことをあまり覚えていないという。
「たぶんそのせいなの、昼間の雷は別に怖くないから……嫌な話でごめんね」
亜希の話を聞き、千種は小さく息をついた。
「そう……住野さんは俺なんかより、両親の不仲に沢山傷ついてるんだな」
亜希は苦笑した。
「人間なんだから仕方ないと思ってはいるんだけど、まあいろいろ置き土産はしてくれたかな」
立ち上がり、空いた食器を集めて流しに置く亜希を、千種が見つめていた。亜希は彼の憐れみや同情が欲しくて話した訳ではなかったので、微妙な気持ちになる。
「ごめんなさい、叩けば埃の出る身体で」
「それはちょっと使い方が違う気がする」
千種はコーヒーを最後まで飲んで、マグカップを持ってきてくれた。
「住野さんがいいならあれなんだけど、見る人が見たらカウンセリングを受けたほうがいいって言いそう」
「そんなに異常に見えた?」
異常というか、と千種は真面目に考える顔になる。
「たぶん住野さんって、自分のいろんな面を自分で受け止め切れてないというか、認めてないんじゃないかなと」
亜希が洗い物を始めると、千種はこれでいい? と訊きながら布巾を手にした。食器を拭いてくれるらしい。
「俺の周辺ってさ、曲がりなりにもクリエイターが多いから結構メンヘラ傾向の強い人もいるんだ……カウンセラーってそういう人にさ、まず自分を受け入れて許せって言うみたい」
「私がメンヘラだってこと?」
亜希はつい過剰反応してしまう。だが千種は冷静だった。
「いわゆるメンヘラとは違う、でも自己矛盾みたいなの無い?」
食器の泡が流れていくのを見るともなく見ていると、思い当たる部分はあると感じた。
「……俺はさ、住野さんが周りに隠してることが魅力だと思ってたりするし、昨夜のことも何回俺に謝るんだろうって」
どきりとした亜希は水を止め、マグカップを拭く千種の横顔を見つめた。
「ぬいぐるみが好きとか雷が怖いとか、一般的には子どもっぽいんだろうけど、誰に迷惑かける訳でもないし、恥じなくていいんじゃないかな」
「……恥じてなんか……」
亜希は反論しかけたものの、言い訳にしかならない気がして言葉を止めた。千種はきっぱりと続ける。
「恥じてるよ、だから昨夜も俺の前で余計に混乱したんじゃないか? 住野さんがそれだと、ももさんも可哀想だよ」
ももちゃんの名を出されると、胸が痛む。ももちゃんは大切だ。でも、ぬいぐるみに執着している自分は、やはり何処かおかしいように思えてしまうのも事実だった。
「何が理由かわからないけど、怒鳴り合いの大喧嘩してて……雷の音のせいなのかな、父も母も私たちに気づいてくれなくて」
亜希は泣き出した由希を促し、すごすごと部屋に引き返して、2人で抱き合って寝た。初めて見る両親の言い争う姿や、稲光に浮かぶ母の怒りに燃えた表情は、亜希の脳に最悪な記憶として刻み込まれてしまった。
「その夏休みは家族旅行が無かったのよね……母と祖母にプールに連れてってもらったけど、父は出勤でいなかったなぁ」
亜希はコーヒーをひと口飲んだ。ずっと泣いていたくせに、由希はその夜のことをあまり覚えていないという。
「たぶんそのせいなの、昼間の雷は別に怖くないから……嫌な話でごめんね」
亜希の話を聞き、千種は小さく息をついた。
「そう……住野さんは俺なんかより、両親の不仲に沢山傷ついてるんだな」
亜希は苦笑した。
「人間なんだから仕方ないと思ってはいるんだけど、まあいろいろ置き土産はしてくれたかな」
立ち上がり、空いた食器を集めて流しに置く亜希を、千種が見つめていた。亜希は彼の憐れみや同情が欲しくて話した訳ではなかったので、微妙な気持ちになる。
「ごめんなさい、叩けば埃の出る身体で」
「それはちょっと使い方が違う気がする」
千種はコーヒーを最後まで飲んで、マグカップを持ってきてくれた。
「住野さんがいいならあれなんだけど、見る人が見たらカウンセリングを受けたほうがいいって言いそう」
「そんなに異常に見えた?」
異常というか、と千種は真面目に考える顔になる。
「たぶん住野さんって、自分のいろんな面を自分で受け止め切れてないというか、認めてないんじゃないかなと」
亜希が洗い物を始めると、千種はこれでいい? と訊きながら布巾を手にした。食器を拭いてくれるらしい。
「俺の周辺ってさ、曲がりなりにもクリエイターが多いから結構メンヘラ傾向の強い人もいるんだ……カウンセラーってそういう人にさ、まず自分を受け入れて許せって言うみたい」
「私がメンヘラだってこと?」
亜希はつい過剰反応してしまう。だが千種は冷静だった。
「いわゆるメンヘラとは違う、でも自己矛盾みたいなの無い?」
食器の泡が流れていくのを見るともなく見ていると、思い当たる部分はあると感じた。
「……俺はさ、住野さんが周りに隠してることが魅力だと思ってたりするし、昨夜のことも何回俺に謝るんだろうって」
どきりとした亜希は水を止め、マグカップを拭く千種の横顔を見つめた。
「ぬいぐるみが好きとか雷が怖いとか、一般的には子どもっぽいんだろうけど、誰に迷惑かける訳でもないし、恥じなくていいんじゃないかな」
「……恥じてなんか……」
亜希は反論しかけたものの、言い訳にしかならない気がして言葉を止めた。千種はきっぱりと続ける。
「恥じてるよ、だから昨夜も俺の前で余計に混乱したんじゃないか? 住野さんがそれだと、ももさんも可哀想だよ」
ももちゃんの名を出されると、胸が痛む。ももちゃんは大切だ。でも、ぬいぐるみに執着している自分は、やはり何処かおかしいように思えてしまうのも事実だった。
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