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書籍化記念 幼少期 番外編
小さき友だち
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どんよりと重そうな灰色の雲が空全体に広がっていた。そこから落ちてくる雨粒は大きい上に勢いが激しく、地面を瞬く間にぬかるんだ泥へと変化させていく。地面に溜まりつつあった水を弾けさせながら、俺は慌てて近くにあった洞窟へと駆け込んだ。
「うぇ~、びちょびちょ」
「ぎゅ」
俺が思わずこぼした言葉に、一緒にずぶ濡れになったココも同意するように鳴いた。
領地の屋敷の裏手にある山を訪れ、俺は今度受ける初級魔法士試験の為の訓練に、ココは山を駆け回って狩りを楽しんでいる最中だった。
しかし途中で雲行きが怪しくなり、早めに切り上げて帰ろうとしたのだが一歩遅かったようだ。山の天気は変わりやすいとはいえ、雨模様になるのが早過ぎる。
「はぁ、ついてないね」
「きゅ」
仕方なく、俺はココと一緒に雨が止むのを待つことにした。
俺は自分とココの体を風魔法で乾かした後、座って待つ場所の水気も飛ばすと、ブランケットをマジックバックから二枚取り出した。一枚を地面に敷き、もう一枚をココと一緒に被る。夏が近づいているとはいえ、まだ少し肌寒かった。
そのまましばらく洞窟の入り口から空を見上げていたが、雨の勢いは弱くなったり強くなったりと不安定で、なかなか止む気配がない。
「ヒマ」
ココは俺に体を密着させると早々に眠ってしまった。膝の上に乗せられたココの頭を撫でていたが、やることもなくて退屈である。
空腹を感じたので、マジックバックに常備していたクッキーを取り出して食べる。ついでに小型魔導コンロ(リヒト試作品)と小鍋も出して、湯を沸かすとお茶を入れた。暖かい飲み物が体に染みる。雨に当たったので思った以上に体が冷えていたようだ。
俺は小腹を満たしながら再び雨が降る景色を眺めた。
前世でも今世でも雨が降る景色は変わらないなぁと何気なく思った時、ふいに懐かしい歌を思い出したので、口ずさんでみた。
「あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれ、とーさんがー、じゃのめでお迎え、嬉しいなー、ぴちょ、ぴちょ、じゃぶ、じゃぶ、らん、らららーん」
歌っているうちに、雨が降って嬉しそうな小さな男の子が頭の中に現れて、口元が自然と緩んだ。
童謡って、ほっこりするっていうか楽しい気分になるなと、俺は覚えている限りの歌を歌ってみることにした。何度も言うが退屈なのだ。
「どんぐりころろん、どんぐりこー」
「でーんでん、むーしむし、つーむつーむりー」
「わーしはー、うーみのこー、くーろなみのー」
時折、寝ているはずのココがパタリパタリと尻尾を振って合いの手を入れてくれて、俺は楽しくなってきた。
「みなみのー国のだいまおはー、その名も偉大なカメカメハー。学校嫌いのおーさまでー……んっ?」
続けて調子良く歌っていると、少し小降りになってきた外の景色の中に、先程とは違うものが混じったような気がして、俺は歌うのをやめた。
ピクリと耳を震わせたココも頭を上げ、じっと外を見やる。
木や草が生え、たっぷりと水を含んだ土しかなかったはずの場所、洞窟から少し離れた位置に、白い何かがいた。
短い前脚でちょこんと体を支え、顔だと思われる部分の左右にピラピラとしたピンク色のものが複数付いている。つぶらな瞳は離れ、口は大きく、つるりとした頭部をしていて、胴体は長い。前世で水族館に行った時に見たオオサンショウウオに似ていると思った。大きさは、かなり小さいが。
「魔物……かな? ウーパールーパーみたい」
ウーパールーパーなら、顔の横に付いているピラピラしたのは確か『外えら』で、通常は水中に生息しているはず、という豆知識を思い出した。
水の魔力を感じるので、水属性の魔物なのかもしれない。たくさん雨が降っているので、外に遊びに出てきたのだろうか。敵意はないようだが、こちらを凝視されていて俺は戸惑った。
「…………」
「…………」
「…………あの、うるさかったかな?」
じぃぃ、と見られて思わず声をかけてみた。
雨が降って気分の良かったところに、俺の音痴な歌声が聞こえてきたのかもしれない。
今すぐその口を閉じろと苦情を言いに来たのかと予想してみたが、返事はなかった。当たり前だが。
まぁ、そのうちどっか行くかな。
静かにしていれば去っていくだろうと思って、俺はウーパールーパー(仮)から視線を逸らした。
人を食べるような肉食には見えないが、ここは異世界で予想を裏切る生き物は多数存在する。油断は禁物だが、ココがそばにいるので俺は安心して気を抜いた。ココは頼れる相棒なのだ。
カップを持ち上げてお茶を飲もうとしたら空だったので、俺は再び湯を沸かそうと小鍋に手を伸ばした。
「ふぁっ⁉︎」
小鍋に視線を向ければ、先ほどのウーパールーパー(仮)も視界に入り、俺は変な声を上げてココにしがみついた。
いつの間に移動したんだ。雨の音がするとはいえ、何かが動く音は聞こえなかったぞ。飛んだ? 飛んで移動しましたかね?
羽根がついているのかと確認したが、背中はつるんっとしていて、羽根や翼の類は見当たらなかった。
今度は斜め下から、じぃぃと見られ『俺を見ろ』感が半端ねぇな、と思った。
目を逸らすことは許されないらしい。
「ビビった……ココ、この子、安全?」
「きゅ」
ウーパールーパー(仮)が近づいてきても唸らなかったココに一応聞いてみる。ココは安心させるように、俺の顔に自分の頬を擦り寄せながら一声鳴いた。大丈夫なようだ。
「そっか。でも、何かを訴えかけられてるような気がするんだけど……何が言いたいんだろう?」
俺が首を傾げると、ココが身を起こした。ウーパールーパー(仮)の近くまで歩み寄ると、ウーパールーパー(仮)も俺からココへと視線を移した。
「きゅ?」
「…………ぷきゅ」
「きゅきゅ?」
「ぷきゅぷきゅ!」
おぉ、異種間同士でも会話って成り立つんだな。
喋っているように二匹が交互に鳴くのを見て、俺は感心した。しばらく見ていると話がまとまったのか、ココがこちらに戻ってきた。
「何だって?」
「きゅきゅ」
ココに聞くと、先ほどまで見ていた外の景色の方を向くように、身振りで促される。
俺が正面に顔を向けると、近くにいたはずのウーパールーパー(仮)が、再び離れた位置に戻っていた。今回も足音がしなかったので、これはもしや瞬間移動ではないか、と俺はチラリと思った。
ココは背筋を伸ばして座ると『きゅ、きゅっ、きゅ、きゅっ』と音程をつけて鳴き出した。珍しい。
すると、ウーパールーパー(仮)が、ココの鳴き声に合わせてステップを踏み出した。まるで踊ってるようだ。
「おぉ!」
全身を使い、パッシャ、パッシャと跳ねたり足踏みしたり、ターンまでして器用に体を動かしている。その姿が、雨が降って喜んでいる子どものように見えた。
そこでようやく、ココの音程のついた鳴き声が、俺が先ほど歌っていた歌に似ていることに気づいた。
「もしかして……歌うな、じゃなくて、歌ってほしくて来たのか?」
「きゅ!」
「ぷきゅ!」
俺の呟きを聞いた二匹が『正解!』と言ってるような鳴き声を上げたので、思わず笑ってしまった。
動きを止めた二匹から見られ、俺は一度咳払いをすると、口を開く。
「あっめ、あっめ、ふっれ、ふっれ、とーさんがー」
俺が歌いだすと、ウーパールーパー(仮)は楽しそうに踊りを再開した。ココは鳴かずに、尻尾を振り出す。
ふふっ、楽しい。
そうやって、俺は雨が止むまで新しく知り合った小さな友だちと楽しいひと時を過ごしたのだった。
帰宅後に、帰りの遅い俺を心配した父上から長い説教を受けることになるのだが、その時の俺はまだ知らない。
「うぇ~、びちょびちょ」
「ぎゅ」
俺が思わずこぼした言葉に、一緒にずぶ濡れになったココも同意するように鳴いた。
領地の屋敷の裏手にある山を訪れ、俺は今度受ける初級魔法士試験の為の訓練に、ココは山を駆け回って狩りを楽しんでいる最中だった。
しかし途中で雲行きが怪しくなり、早めに切り上げて帰ろうとしたのだが一歩遅かったようだ。山の天気は変わりやすいとはいえ、雨模様になるのが早過ぎる。
「はぁ、ついてないね」
「きゅ」
仕方なく、俺はココと一緒に雨が止むのを待つことにした。
俺は自分とココの体を風魔法で乾かした後、座って待つ場所の水気も飛ばすと、ブランケットをマジックバックから二枚取り出した。一枚を地面に敷き、もう一枚をココと一緒に被る。夏が近づいているとはいえ、まだ少し肌寒かった。
そのまましばらく洞窟の入り口から空を見上げていたが、雨の勢いは弱くなったり強くなったりと不安定で、なかなか止む気配がない。
「ヒマ」
ココは俺に体を密着させると早々に眠ってしまった。膝の上に乗せられたココの頭を撫でていたが、やることもなくて退屈である。
空腹を感じたので、マジックバックに常備していたクッキーを取り出して食べる。ついでに小型魔導コンロ(リヒト試作品)と小鍋も出して、湯を沸かすとお茶を入れた。暖かい飲み物が体に染みる。雨に当たったので思った以上に体が冷えていたようだ。
俺は小腹を満たしながら再び雨が降る景色を眺めた。
前世でも今世でも雨が降る景色は変わらないなぁと何気なく思った時、ふいに懐かしい歌を思い出したので、口ずさんでみた。
「あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれ、とーさんがー、じゃのめでお迎え、嬉しいなー、ぴちょ、ぴちょ、じゃぶ、じゃぶ、らん、らららーん」
歌っているうちに、雨が降って嬉しそうな小さな男の子が頭の中に現れて、口元が自然と緩んだ。
童謡って、ほっこりするっていうか楽しい気分になるなと、俺は覚えている限りの歌を歌ってみることにした。何度も言うが退屈なのだ。
「どんぐりころろん、どんぐりこー」
「でーんでん、むーしむし、つーむつーむりー」
「わーしはー、うーみのこー、くーろなみのー」
時折、寝ているはずのココがパタリパタリと尻尾を振って合いの手を入れてくれて、俺は楽しくなってきた。
「みなみのー国のだいまおはー、その名も偉大なカメカメハー。学校嫌いのおーさまでー……んっ?」
続けて調子良く歌っていると、少し小降りになってきた外の景色の中に、先程とは違うものが混じったような気がして、俺は歌うのをやめた。
ピクリと耳を震わせたココも頭を上げ、じっと外を見やる。
木や草が生え、たっぷりと水を含んだ土しかなかったはずの場所、洞窟から少し離れた位置に、白い何かがいた。
短い前脚でちょこんと体を支え、顔だと思われる部分の左右にピラピラとしたピンク色のものが複数付いている。つぶらな瞳は離れ、口は大きく、つるりとした頭部をしていて、胴体は長い。前世で水族館に行った時に見たオオサンショウウオに似ていると思った。大きさは、かなり小さいが。
「魔物……かな? ウーパールーパーみたい」
ウーパールーパーなら、顔の横に付いているピラピラしたのは確か『外えら』で、通常は水中に生息しているはず、という豆知識を思い出した。
水の魔力を感じるので、水属性の魔物なのかもしれない。たくさん雨が降っているので、外に遊びに出てきたのだろうか。敵意はないようだが、こちらを凝視されていて俺は戸惑った。
「…………」
「…………」
「…………あの、うるさかったかな?」
じぃぃ、と見られて思わず声をかけてみた。
雨が降って気分の良かったところに、俺の音痴な歌声が聞こえてきたのかもしれない。
今すぐその口を閉じろと苦情を言いに来たのかと予想してみたが、返事はなかった。当たり前だが。
まぁ、そのうちどっか行くかな。
静かにしていれば去っていくだろうと思って、俺はウーパールーパー(仮)から視線を逸らした。
人を食べるような肉食には見えないが、ここは異世界で予想を裏切る生き物は多数存在する。油断は禁物だが、ココがそばにいるので俺は安心して気を抜いた。ココは頼れる相棒なのだ。
カップを持ち上げてお茶を飲もうとしたら空だったので、俺は再び湯を沸かそうと小鍋に手を伸ばした。
「ふぁっ⁉︎」
小鍋に視線を向ければ、先ほどのウーパールーパー(仮)も視界に入り、俺は変な声を上げてココにしがみついた。
いつの間に移動したんだ。雨の音がするとはいえ、何かが動く音は聞こえなかったぞ。飛んだ? 飛んで移動しましたかね?
羽根がついているのかと確認したが、背中はつるんっとしていて、羽根や翼の類は見当たらなかった。
今度は斜め下から、じぃぃと見られ『俺を見ろ』感が半端ねぇな、と思った。
目を逸らすことは許されないらしい。
「ビビった……ココ、この子、安全?」
「きゅ」
ウーパールーパー(仮)が近づいてきても唸らなかったココに一応聞いてみる。ココは安心させるように、俺の顔に自分の頬を擦り寄せながら一声鳴いた。大丈夫なようだ。
「そっか。でも、何かを訴えかけられてるような気がするんだけど……何が言いたいんだろう?」
俺が首を傾げると、ココが身を起こした。ウーパールーパー(仮)の近くまで歩み寄ると、ウーパールーパー(仮)も俺からココへと視線を移した。
「きゅ?」
「…………ぷきゅ」
「きゅきゅ?」
「ぷきゅぷきゅ!」
おぉ、異種間同士でも会話って成り立つんだな。
喋っているように二匹が交互に鳴くのを見て、俺は感心した。しばらく見ていると話がまとまったのか、ココがこちらに戻ってきた。
「何だって?」
「きゅきゅ」
ココに聞くと、先ほどまで見ていた外の景色の方を向くように、身振りで促される。
俺が正面に顔を向けると、近くにいたはずのウーパールーパー(仮)が、再び離れた位置に戻っていた。今回も足音がしなかったので、これはもしや瞬間移動ではないか、と俺はチラリと思った。
ココは背筋を伸ばして座ると『きゅ、きゅっ、きゅ、きゅっ』と音程をつけて鳴き出した。珍しい。
すると、ウーパールーパー(仮)が、ココの鳴き声に合わせてステップを踏み出した。まるで踊ってるようだ。
「おぉ!」
全身を使い、パッシャ、パッシャと跳ねたり足踏みしたり、ターンまでして器用に体を動かしている。その姿が、雨が降って喜んでいる子どものように見えた。
そこでようやく、ココの音程のついた鳴き声が、俺が先ほど歌っていた歌に似ていることに気づいた。
「もしかして……歌うな、じゃなくて、歌ってほしくて来たのか?」
「きゅ!」
「ぷきゅ!」
俺の呟きを聞いた二匹が『正解!』と言ってるような鳴き声を上げたので、思わず笑ってしまった。
動きを止めた二匹から見られ、俺は一度咳払いをすると、口を開く。
「あっめ、あっめ、ふっれ、ふっれ、とーさんがー」
俺が歌いだすと、ウーパールーパー(仮)は楽しそうに踊りを再開した。ココは鳴かずに、尻尾を振り出す。
ふふっ、楽しい。
そうやって、俺は雨が止むまで新しく知り合った小さな友だちと楽しいひと時を過ごしたのだった。
帰宅後に、帰りの遅い俺を心配した父上から長い説教を受けることになるのだが、その時の俺はまだ知らない。
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