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書籍化記念 幼少期 番外編

夢の話 ユーリside

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 こちらは夢オチですが、ユーリxフィン要素ありです。
 そんなの求めてない! という方は読み飛ばしていただいて問題ありません。
 何でも大丈夫! という方はどうぞお楽しみください。


 ☆ ☆ ☆


 ユーリ・シュトラオスは、一人で広い庭に立っていた。辺りを見回すと、ここが数ヶ月前から通い始めたローゼシュバルツ家の屋敷であることに気づく。

「いつの間に来たんだ?」

 フィンに初めて魔法を見せて以来、ここには訪れていない。あれからは室内での座学ばかりだったからだ。魔力を増やす訓練を組み込んだ後、フィンは文句一つ言うことなく毎日頑張っていた。できなくて悔しくて泣いていたフィンを思い出す。あんなに負けず嫌いだとは思わなかった。
 ユーリがクスリと笑っていると、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
 噂をすればなんとやらで、弾んだ声で『先生!』と呼ばれる。可愛い教え子だと思って振り返ったユーリは、相手を見て目を見開いた。
 そこにいたのは、ユーリより頭一つ分くらい背の低いフィンによく似た青年だった。
 ミルクティー色の緩く癖のある髪に青い瞳。年頃で言えば十代後半くらいに見える。その青年はユーリの前まで来ると、上目遣いで睨んできた。

「もう、先生! どこ行ってたの? ずっと捜してたんだよ!」

 口調といい、頬を膨らませ両手をギュッと握る姿はフィンそのものだった。
 だからか、半信半疑ながらもユーリの口からは教え子の名が自然とこぼれ落ちる。

「……フィン、なのか?」
「えっ!? 何言ってるの? 当たり前じゃない。フィンだよ! 一ヶ月ぶりに会ったからって酷くない? そもそも先生が僕に黙ってどっか行ってたの、怒ってるんだからね!」

 ショックを受けたような顔をしたフィンは、怒ったと言っているにも関わらずユーリに抱きついてきた。受け止めた体は細身だが、しなやかな筋肉のついた青年のものだ。もう離すまいとするように、フィンはぎゅうぎゅうと腕に力を入れて全身で抱きついてくる。

「……よく分からんが、心配かけたようだな。すまない」

 頭の中は混乱していたが、フィンの言った『ずっと捜してた』『一ヶ月ぶり』という言葉から、自分がいきなり姿を消し一ヶ月もいなかったことを推測し、ユーリは謝罪した。
 自分の胸にグイグイと押し付けてくるフィンの小さな頭に手を伸ばすと、優しく何度も撫でる。
 しばらくそうしていたが、気持ちが落ち着いてきたのか、フィンは顔を上げると照れ笑いのような顔を見せてくれた。
 見上げてくる瞳は細められ、その中には喜びの色が混じっている。言葉にせずとも会えて嬉しいという感情が伝わってきて、ユーリの胸はじんわりと温かくなった。
 照れ笑いをしていたフィンは、今度は何かを思い出したのか一転して顔を顰める。
 コロコロと表情が変わるところは間違いなくフィンだとユーリは改めて思った。

「先生がいない間、大変だったんだよ? 父上ったらさ。僕が成人したからって勝手に婚約者決めちゃったの! しかも相手はシワシワのお爺ちゃん! 酷いと思わない⁉︎」
「宰相殿が?」

 フィンの父であるルッツは、誰の目から見てもフィンを溺愛していた。そのルッツがフィンの同意も無しに結婚の話を進めるだろうか。何か行き違いがあったのではないかと思い、もう少し話を詳しく聞こうとしたユーリは、フィンが口にした次の言葉に驚愕した。

「だから先生、僕と駆け落ちして!」
「駆け落ち!?」
「うん! せっかくずっとアタックして先生と両思いになれたっていうのに、何で好きでもないシワシワのお爺ちゃんと僕が結婚しなきゃいけないんだ。理不尽だし横暴だし父上なんて大っ嫌い!」
「えっ? はっ? んん?」

 矢継ぎ早にフィンの口から飛び出す言葉にユーリは目を白黒させた。
 そして意味を理解したと同時に、ユーリの背中に冷や汗が流れる。
 今の言い方だと、まるでフィンがユーリのことが恋愛の意味でずっと好きで、最近やっとユーリがその気持ちに応えたようではないか。両思いでお互いの気持ちを知っているなら、必然的に恋人同士になっているわけで……
 教え子と自分がそのような関係になっているなど、ユーリには信じられなかった。嘘だろうと内心で呆然と呟くが、自分が知っている五歳のフィンから目の前のフィンに至るまでの記憶がユーリにはない。何かの間違いだと否定する根拠を持ち合わせていなかった。
 
「ねぇ、先生。僕と他国へ愛の逃避行しよう」

 愛の逃避行。
 そんな言葉をどこで覚えてきたのかと、ユーリは更にクラリと目眩がした。とりあえず落ち着かせようとフィンの肩を撫でつつ、なるべく穏やかに『いや、それはさすがに少し難しいな』とユーリは答えた。

「じゃあ、先生。僕との間に赤ちゃん作ろう!」
「赤ちゃん!?」
「うん。僕のお腹の中に先生との子どもが宿ってるって分かれば、父上も結婚を認めてくれると思うんだ!」

 名案だとばかりに笑顔でフィンはユーリを見上げてくる。
 ユーリは頬を引き攣らせた。
 どこから突っ込めばいいんだ。フィン、目を覚ませ。そんな事実は万が一にもないが、もしもそんなことが明るみに出た場合、認められるどころか私は次の瞬間この世にいない。君は宰相殿から溺愛されているということをもっと自覚した方がいい。
 ユーリは頭の中でそう思ったが、口が思うように動かず、どの言葉も声に出すことができなかった。
 フィンは自分の提案に満足気に頷いていたと思ったら、いきなりユーリに足払いをかけてきた。そんなことをされるとは微塵も思っていなかったユーリは、バランスを崩しそのまま後ろに倒れ込む。地面の硬い感触に身構えた体は、予想以上の柔らかさに受け止められた。

「えっ?」

 体を支えようと伸ばした手の下には柔らかい布があり、ユーリは何故かベッドの上にいた。ギシリ、とベッドが軋む音がして顔を上げると、フィンがユーリの体に乗り上げ腰を跨いで膝立ちになっている。潤んだ瞳で見下ろしてきたフィンは、ふふっと可愛い笑みを浮かべると、着ていたシャツを脱ぎだした。

「せんせ。赤ちゃんできるまで、いっぱいしようね?」
「~~~~~~っ‼︎」


 ユーリは自分が何と叫んだのか分からぬまま、制止するように右手を突き出したところで目が覚めた。目の前には見慣れた寝室の天井があり、誰も自分の上には乗っていなかった。
 夢だと理解した瞬間、ユーリの体からはどっと力が抜ける。伸ばした右手を戻して目元を覆うと、安堵の息を吐いた。

「なんとリアルな……」

 何故そんな夢を見たのかユーリにはさっぱり分からなかった。欲求不満なのかと思ったが、夢の中の自分はそのような行為がしたいわけでもなかった。ただひたすらに驚いて戸惑って焦っていただけだ。
 ユーリは起き上がると、自分がぐっしょりと寝汗をかいていたことに気づいた。
 シャワーでも浴びるかとベッドから降りたところで、床に落ちていた紙を踏んでしまう。拾って見てみると、それは昨晩考えていたフィンの授業計画を書いたメモだった。

「もしやこれのせいか……?」

 フィンは将来どんな大人になるんだろう。どんな道を進もうとも正しく導いてやりたい。
 授業計画を練りながらフィンの未来をあれこれ想像し、そのまま寝落ちしてしまったような気がする。
 
「無理は禁物ということだな」

 フィンの成長を楽しみにしているが、彼はただの可愛い教え子であり、そこに邪な感情は一切ない。ユーリは自分の胸に問いかけて再確認し、安心する。大丈夫だ。
 ユーリは頭を切り替えてシャワーを浴びるために寝室を出た。


 後日、すぐに忘れてしまうかと思っていた夢の内容は、あまりにも衝撃的過ぎたせいかユーリの頭からなかなか離れなかった。その為、気まずさのあまりユーリはフィンと目が合うと、すぐに逸らしてしまうようになった。
 そのことに気づいたフィンが『自分が何か失礼なことをして先生から嫌われてしまった』と勘違いしてショックを受け、ユーリの前で泣き出してしまうのは、更にそれから数日後のことになる。
 その現場を運悪くルッツに目撃されたユーリが、ルッツから冷たい視線を送られて夢以上に冷や汗を大量に流すことになったとか。
 見た夢の内容を口にする訳にはいかず、フィンとルッツの誤解を解くために、ユーリは頭をフル回転させて言い訳を考えたのだった。
 
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