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第103話 夏あと

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いよいよ開幕。


千野達の最後の夏大会は灼熱のまま、始まった。


初戦は無名の弱小校を大差で破り、二回戦、三回戦と破竹の勢いで勝ち進んだ。


そして四回戦は私立の名門高校だ。


甲子園に行くほどではなかったが、東京では知らない者がいないほど有名な学校だった。


祐輝はスタンド席でメガホンを叩きながら兄貴分の最後の夏を心から応援していた。


ここまで勝ち進んだのも祐輝が初戦の前日に言った言葉が影響しているのか。


だが相手は私立の名門。


試合が始まると「これが名門だ」と言わんばかりにエース大川の投球に食らいついてくる。


プロ注目選手だった大川を相手に引けを取らない。


蝉の鳴き声が祐輝達の応援に花をもたらしている。


試合は1対0のまま、最終回を迎えようとしていた。


1点でも取れば同点で延長。


2点取れば9回裏を抑えて勝利。


0点なら負け。


先頭打者が三振に倒れると次の打者も内野フライに倒れた。


ツーアウトを迎えると練馬商業ベンチから重苦しい雰囲気が漂い、相手高校ベンチからは勝利のムードが漂い始めた。


しかし祐輝はスタンドからじっと見つめていた。


1対0でツーアウトという状況において打席へと歩いていく漢の背中を。


千野が打席に入った。


野球の神様が「最後に足掻いてみせろ」と言っているかの様だ。


千野が3年間このメンバーを引っ張ってきたのだ。


3年間の集大成は千野が決める。


ホームランを打てば試合は振り出しに戻る。


祐輝の表情には不安の頭文字すらなかった。




「打つに決まってるだろ。」
「早く引退しろ・・・」




2年生が小さな声でつぶやくと祐輝は今にも殴り掛かりそうな表情で睨みつけた。


「気持ちはわかりますよ先輩」と淡々と2年生に向かって話しているが祐輝の表情は険しさを増していく一方だ。


そして次の瞬間には体が勝手に動いていた。




「不謹慎な事言ってんじゃねえよ。 同じ立場なら嬉しいのか?」





祐輝は2年生の胸ぐらを掴んでいた。


スタンドが騒然となっている中で祐輝は2年生を座らせると千野の背中に向かって叫んだ。


「まだ終わってねえぞ!!!」と。


すると千野はバットを高々と上げて打席へ入った。


打席から祐輝に向かってバットを向けた。




「打ってこいよおおおお!!!!!」




もう自分にできる事はこれしかない。


連戦で疲労が溜まる大川の代わりにマウンドに立つ事もできない。


できる事は信じた兄貴分の背中を叩いて応戦する事しかできない。


そう考えると祐輝の瞳には涙が溜まっていた。


打席に入った千野に投じられたストレート。


フルスイングでバットを振り切ると快音と共に外野へと飛んでいった。


スタンドは総立ちになり打球を見ているがレフト線を切れてファール。


そして2球目もストレートが投げられるとヘルメットが地面に落ちるほどのフルスイングで空振り。


ツーストライクに追い込まれた。


野球はここからだ。


千野を信じる祐輝はじっと見ていた。


そして3球目。


相手投手が投げたボールはふんわりと曲がるカーブだった。


タイミングがずれた千野のフルスイングはバットに上手く当たらずに外野にふらふらっと上がった。


そして試合は終わった。


その時祐輝は。


滝のように涙を流していた。
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