トゥーリとヌーッティ<短編集>

御米恵子

文字の大きさ
上 下
143 / 159
ヌーッティ、日本へ行く!<後編>

4.アキ、危機一髪

しおりを挟む
 電車を乗り継いで着いた大学は広大なキャンパスを擁していた。
 構内に入ったアキは、何棟もある校舎のうち、一番背の高い建物を目指した。
 小走りに歩くアキのリュックのファスナーが小さな音を立てて、開いた。
 開いた隙間から、ひょこっとヌーッティの顔が現れた。
「ヌフフフ。作戦大成功だヌー。これで、みんな、ヌーがまだキッチンにいるって思ってるヌー」
 ヌーッティはひひひっと笑った。
 そんなヌーッティに気づかないアキは、のっぽの校舎へ入り、階段で三階まで上がった。
 さして長くもない廊下を歩くと、母の小春がいる研究室へと無事に辿り着いた。
 アキはドアをノックした。すると、中から小春の声が聞こえた。
 ドアノブに手をかけ、ドアを引き開けて、アキは研究室へ入った。
 だが、ヌーッティは、アキが研究室に入ると同時にリュックから飛び出した。
 華麗なる着地を試みたものの、ヌーッティは顔面から床に落ちた。
 ややあって、起き上がったヌーッティは体をぶるると震わせた。そして、誰にも見つからないように、廊下の隅へ行き、身を潜めた。
「ここで、アキの様子を窺うヌー」
 目をキラーンと光らせたヌーッティは、通り過ぎる学生たちを一人ひとり入念に見やった。
 それから、二時間が経過した。
 ヌーッティはというと、廊下のすみっこで寝息を立てていた。
 そこへ、どんどん! と大きな振動が響いた。
 床で寝ていたヌーッティは目を覚まして、周囲を警戒した。
「巨大トゥーリの襲来ヌー?!」
 だが、違った。振動元はトゥーリではなく、重い荷物を抱えて小走りをする宅急便の配達員であった。
 ヌーッティの目が荷物の側面を捉えた。
 そこには「ういろう」という文字が、お菓子のイラストと共に、平仮名で書かれていた。
 ヌーッティがそれを黙って見過ごすわけがなかった。
「平仮名のお勉強をしていて良かったヌー! ヌーはういろうを食べてみたいヌー!」
 ヌーッティは廊下を走り、配達員の背後をとった。
 配達員は小春の研究室の前で止まると、ドアをノックした。
 ヌーッティは配達員の真後ろで立ち止まった。
 少しの間を置いて、ドアが開かれると、女子学生が顔を覗かせた。
 軽く会釈をした配達員が部屋の中へ入ろうとした瞬間――配達員は自身の足に足を引っ掛け、身体のバランスを大きく崩した。
 荷物が宙を飛ぶ。
 弧を描いて飛ぶ荷物の落下地点は座っているアキの頭上であった。
「危ないヌー!」
 ヌーッティはダッシュをかけて、アキの近くに寄る。
 そして、愛くるしい歌声で詩を歌う。

   Terve, tuuli, minun eteeni,(テルヴェ,トゥーリ,ミヌン・エテーニ)
   Tule, tuuli, lennä luokse,(トゥレ,トゥーリ,レンナ・ルオクセ)
   Pyöri, pyöri, tuuli tässä!(ピョリ,ピョリ,トゥーリ・タッサ)
   Auta häntä ja minua!(アウタ・ハンタ・ヤ・ミヌア)
   ――ようこそ、風よ。私の前に
     風よ、おいで。たくさんおいで
     回れ、回れ、風よ、ここで!
     彼と私を守るために!

 ヌーッティの詩によって風が巻き起こると、宙を飛ぶ荷物を包み込む。
 不安定ながらも空中に静止する荷物を、体格のいい男子学生が両手で受け持った。
「風の精霊さん! もう大丈夫だヌー!」
 ヌーッティの言葉と同時に、風が止み、荷物に本来の重さが戻る。
 荷物を受け取った男子学生が腕に力を入れて、荷物を抱えるように持ち直した。それから、資料の散らばった長机の上に、静かに荷物を下ろす。
 配達員は謝罪と感謝を述べ、研究室をあとにした。
 研究室にいる全員の視線が、床に立つ、小さなヌーッティに集まった。
 当然、その中にはアキの視線も含まれていた。
 ヌーッティとアキの視線がかち合った。
「ヌーは何もしてないヌー!」
 怒られると思ったヌーッティは無実を主張した。
 しかし、アキはため息をつくと、ヌーッティを優しく抱え持った。
「ありがとう。ヌーッティのおかげで助かったよ」
 ヌーッティは目をぱちくりと丸くした。そして、
「怒らないヌー?」
 恐る恐るアキに尋ねた。
 アキはヌーッティの頭をそっと撫でた。
「ついて来たのは怒る。けど、ひとまずはありがとう。それと……」
「それと?」
「みんなに紹介しなくっちゃだな」
 アキは、微笑ましそうにアキとヌーッティを見守る、小春や学生たちを見やった。
「しまったヌー!」
 ヌーッティは、アキ以外の人間に自身の姿を見られてしまったことに、ようやく気づいたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

飛行の砂《ひこうのすな》

沼蛙 ぽッチ & デブニ
児童書・童話
沼蛙 ぽッチ作。 ◇今日は、夢の中で空を飛んでみない? "飛行の砂"で空を飛ぶ。7つの夜のベッドタイムストーリー◇ ※ルビを振っているので、実際の文字数は1話大体1800文字前後です。

へいこう日誌

神山小夜
児童書・童話
超ド田舎にある姫乃森中学校。 たった三人の同級生、夏希と千秋、冬美は、中学三年生の春を迎えた。 始業式の日、担任から告げられたのは、まさかの閉校!? ドタバタ三人組の、最後の一年間が始まる。

ラズとリドの大冒険

大森かおり
児童書・童話
 幼い頃から両親のいない、主人公ラズ。ラズは、ムンダという名の村で、ゆいいつの肉親である、羊飼い兼村長でもあるヨールおじいちゃんと、二人仲よく暮らしていた。   ラズはずっと前から、退屈でなにもない、ムンダ村から飛び出して、まだ見ぬ世界へと、冒険がしたいと思っていた。しかし、ラズに羊飼いとして後継者になってほしいヨールおじいちゃんから、猛反対をされることになる。  困り果てたラズは、どうしたらヨールおじいちゃんを説得できるのかと考えた。なかなか答えの見つからないラズだったが、そんな時、突然、ムンダ村の海岸に、一隻の、あやしくて、とても不思議な形をした船がやってきた。  その船を見たラズは、一気に好奇心がわき、船内に入ってみることにした。すると、なんとそこには、これまで会ったこともないような、奇想天外、変わった男の子がいて、ラズの人生は、ここから歯車がまわり始める——。

見習いサンタの初恋【完結】

えりっく
児童書・童話
見習いサンタのふたりの少年 彼らはある日ひとりの少女に恋をする しかしサンタクロース協会のルールでは 人間に姿を見られてはいけなくて……。

超イケメン男子たちと、ナイショで同居することになりました!?

またり鈴春
児童書・童話
好きな事を極めるナツ校、 ひたすら勉強するフユ校。 これら2校には共同寮が存在する。 そこで学校も学年も性格も、全てがバラバラなイケメン男子たちと同じ部屋で過ごすことになったひなる。とある目的を果たすため、同居スタート!なんだけど…ナイショの同居は想像以上にドキドキで、胸キュンいっぱいの極甘生活だった!

処理中です...