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食べかけのビスケット

2.ヌーッティの証言

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 アキの自宅の一階に降りると、キッチンのドアが開いていた。
 ドアから中を覗くと、小熊の妖精ヌーッティが、部屋の中央に置かれた大きな作業台の上に立っていた。黒いチョコレートを手に持つヌーッティはドアの方を振り返る。


「だから、ヌーは何にも悪いことしてないヌー!」
 真っ先に疑われた小熊の妖精ヌーッティは、頬を膨らませて主張した。しかし、いつもの行動を鑑みると、どうしてもヌーッティが食べたとしか言えないないのである。
「ヌーだったら残さず食べるヌー! 残すなんてお行儀悪いヌー!」
 ビスケットを食べるときは、周囲をビスケットの食べかすまみれにしている奴がどの口で言うんだか、と突っ込んでしまいたくなる気持ちを押し留め、それでは、ヌーッティではない証拠を見せて欲しいと頼むと、
「ビスケットがまだ残っていることだヌー!」
 自信満々に答えた。
 言われてみれば、ヌーッティはビスケットを残すことはしない、むしろできるわけがない。けれども、ヌーッティ以外に誰がビスケットを食べるのか。
「ビスケットをよく見るヌー!」
 ヌーッティはビスケットの食べかけの部分を指さした。目を凝らして見てみれば、齧られた部分に紫色の滲みができていた。
「ブルーベリーだヌー! ブルーベリーを食べた後に、ビスケットを食べたんだヌー!」
 ヌーッティは真剣な面持ちで自説を述べた。
「つまり、食べた犯人は、ブルーベリーが好きなアレクシだヌー!」
 待て、ヌーッティ。窓は開いていないし、アレクシがどのように部屋へ侵入するというのか。
「魔術を使ったんだヌー! アレクシはただの赤リスじゃないヌー。風の精霊さんだから、風をうまく使って窓を開けたんだヌー」
 たしかに、風の精霊であれば風を操ることも、風のようにすっと部屋へ侵入することも容易い。
「アレクシめ! ヌーにぬれぎぬをかけようとするなんて酷いヌー!」
 地団駄を踏みながら怒るヌーッティではあるが、アレクシの犯行という可能性も出ただけで、ヌーッティが犯人ではないという確証たり得ないことに、頬を膨らませているヌーッティは気づいていない。
 だが、これで次に事情を聴くべき対象は定まった。
「犯人が見つかったら情報提供料として、ヌーにビスケットを1ダース贈って欲しいヌー!」
 そう告げたヌーッティは、作業台を降りて、L字型のシステムキッチンのもとへやって来る。
 そびえ立つキッチンの1番下の引き出しを開けて、中からビスケットの箱を取り出す。箱を雑に開けて、中からビスケットを出すと、両手で1枚ずつ持ち、パクつき始めた。
 片方のビスケットを食べると、すかさず、もう片方の手に持つビスケットを食べ始める。食べながら、空いている手を箱の中に突っ込み、ビスケットを手に取る。これをずーっと繰り返す。もはや自動ビスケット処理機。
 ヌーッティの一応の証言を得て、次なる人物のもとへ急ぐ。
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