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食べかけのビスケット

3.アレクシの証言

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 背丈の低い雑草が庭一面に生えている。太陽の光に当てられて、雑草は鮮やかな緑色に変わる。
 庭には、地上2 階建の家の屋根まで届く高さの木が1本立っている。アキの部屋の窓は大きな木に面しており、窓ガラスに枝葉がさわさわと揺れる絵が映っている。
 その木の太い枝の上に、赤リス姿の風の精霊アレクシが、ブルーベリーを片手に持ち、腰掛けていた。

「人聞きの悪いことを言わないでくれよ。ぼくがビスケットを食べるわけがないだろう?」
 開口一番にアレクシはビスケットを食べていないと否定した。
「まあ、今回もあのヌーッティがやらかしたことだろうね。なんといっても、食い意地だけは世界一だからね」
 言い終えるが早いか、アレクシはブルーベリーをひと口かじる。
 気になる点はあった。ヌーッティが指摘したブルーベリーっぽいものの付着物である。
「それでぼくを疑っているのかい? やめてくれよ。まったく困ったなぁ」
 さして困った風でもない様子ではあるが、アレクシは言いながら溜め息を吐いた。そして、またひと口、ブルーベリーを食べる。
 しかし、アレクシはヌーッティたちと一緒におやつを食べるときはビスケットも食べている。
 アレクシは、ブルーベリー最後のひとかけを、口を大きく開けて頬張ると、ゆっくりと味わいながら咀嚼し、飲み込んだ。
「たしかに、ビスケットが出されれば食べないこともない。けどね、この家にはブルーベリーが一年中あるんだよ。だったら、ぼくはビスケットよりブルーベリーを取るね」
 白いマントの中からハンカチを取り出すと、細長い髭と口周りを丁寧に拭いた。
 再びマントの中に手を潜らせハンカチをしまうと、
「話を聞いていて気になったんだけど、部屋が荒らされていたんだろう?」
 その通り。本棚から本が床に落とされており、クッションには小動物が爪で引っ掻いたとおぼしき跡が残っていた。
「ぼくを容疑者にするのは構わないけど、その状況だと、トゥーリとリュリュだって怪しいもんさ。彼女たちも、ぼくほどではないけど、ブルーベリーは好きだからね」
 言いながらアレクシは枝の上に寝そべる。
「進展があったら教えてくれよ。ぼくは昼寝でもして待ってるからさ」
 ひとつ息を細く吐くと、アレクシはフードを目深に被り、寝始めた。
 アレクシへの事情聴取はあっさりと終わってしまった。
 だが、それが、かえって怪しかった。
 加えて、リュリュの名前を出したことも不思議であった。いつも、リュリュに言い寄っているアレクシが最愛のリュリュの名を出し、疑わせる方向へ目を向けさせようとしたのである。
 アレクシの真意を確かめるためには、リュリュに話を聴かなければならない。
 本気で寝ているのか、ただの狸寝入りかはわからないが、アレクシは放っておいて、リュリュのもとへ向かうこととなる。
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