(完結)乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、私オジ専なのでお構いなく

海野すじこ

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乙女ゲームの主役と引き立て役

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ドクンドクンと早鐘を打つ私の心臓。

聞きたくない。

見たくない···。


ピンク色の瞳がエリックを見つめる。


お願い···見ないで!彼を見つめないで!!


瑞々しい果実のような可愛らしい唇が彼の名前を呼ぶ。

嫌···やめて····。彼の名前を呼ばないで!!

ヒロインのユリアはエリックの腕に手を絡ませる。

お願い····やめて····。エリックに触れないで!!

今日は特別な日だったのに···どうして···?

私は、必死に叫び出しそうな口を手で押さえる。

どうして····どうして今日なの···?


今にも泣き出しそうだった。
泣き叫びそうだった···。

ユリアがエリックの耳元で何か呟くと、エリックの表情が虚ろになる。

表情の抜け落ちた虚ろな瞳。

最初は抵抗していたのに腕を絡ませても抵抗しなくなった。


私の頭に“強制力”という言葉が思い浮かぶ。

やっぱり私では未来を変えられないの?

私はやっぱりこの世界では悪なの?

私はやっぱりいらない子なの····?


見たくない···。もうこんなの見たくない。
もうここには居たくない。


私はその場から走り去った。


はあ····はあ····はぁ····。

息は切れ、心臓が激しく脈打ち···苦しくても、足が靴擦れでズタズタになっても私は走り続けた。

もうこの場所に私の居場所はないんだ。

もうあの優しい笑顔は二度と私に向けられることはないんだ···。

スギズキと痛む胸の痛み···。

私がバカだったんだ。

どうして彼の言葉を信じたの?

こうなる事はわかっていたじゃないか····。

それでも····私は信じたかったんだ。

エリックを···。エリックの言葉を···。

こんな思いをするくらいなら···心なんて開かなければ良かった。

わかってる···。わかっていたのに···。

私の心が···体が叫ぶ。

エリックが好きだと。

知ってしまった。自覚してしまった。
もう···この気持ちは誤魔化すことはできない。

今頃気付いても遅いのに···。



本当に愚かだ。

愚か者だ。

ここは乙女ゲームの世界。

この世界のすべてはヒロインのもの。

ヒロインの為にあるのに···。

覚悟していたつもりだった。わかっていたつもりだった。

でも、いざその時がいきなり来てしまえば···覚悟なんてできていなかった。


私は····破滅するしかないの?

私は···私の心は、どこへ行けばいいの?


「もう嫌だ···。帰りたい。帰りたいよ···。」

人目を憚らず泣いた。

一度流れた涙は止めどなく流れ落ちた。

「もう····粉々に砕けて消えて失くなってしまいたい。」

そう思ったのは私か?エレノアか?


私の中に溢れるこの悲しみはエレノアのもの?それとも私のもの?

エレノアはずっと一人でこんなに深い悲しみの中で生きていたの?

こんなにも張り裂けそうな胸の痛みを抱えて···。


もう二度と誰も信じない。

もう二度と誰も“私”を傷つけさせない···。

私の心が粉々に砕けていく感覚がした。




─────




私は気付くと、離宮の側まで走っていた。

もう足が痛くて歩けない。
呼吸も乱れすぎて上手く息を吸えない。

苦しい。

もう立つこともまともにできそうにない。

靴擦れでズタズタになった足がズキズキと痛む。

枯れたと思った涙がまた無意識に流れる。


苦しい···悲しい···痛い···寂しい。


私はその場から立つことも、動くことも出来ずにただ子供のように泣きじゃくる。


その時、後ろの茂みががさがさと音を立てた。


ビクッと私の体が震える。

誰か···いたの?


私は泣いた顔を誰にも見られたくなくて、顔を手で覆い隠す。

がさがさと音を立てる茂みから誰か出てくる気配を感じた。

こんな時でも期待してしまう自分がいた。

もしかしたらエリックが追いかけて来てくれたんじゃないかと···。

エリックが来るわけないのに。

だってエリックは···操られたように、ヒロインとダンスホールに向かっていた。


期待したって無理なのに。


またその光景を思い出して涙が流れる。


「誰かいるのか?」

低いバリトンボイスは、前世を思い出させた。

私は、涙が止まらず顔を上げることができない。
泣いた顔なんて誰にも見せたくない。

こちらに声の主が向かってくる気配がする。

「泣いているのか?」

その言葉にビクッと体が揺れる。


私は何も答えられなかった。

しかし私が泣いている事を察した彼は、自分が着ていた上着を脱ぎ、私の姿を隠すように脱いだ上着を頭から掛けてくれた。


「少し待ってて。」

そう言うと、彼は何処かへ行ってしまう。

シーンと静まり返るこの場所は、普段なら人の気配がしなさすぎて恐怖を感じるだろう。

しかし今だけは、人のいないこの場所に安心できた。

しばらくすると先ほどの彼が戻ってきた。

そして私の手に冷たく濡らしたハンカチを握らせる。

「それで目を冷やして。君の美しい目が腫れてしまうといけないから。」

優しく子供に言い聞かすように話す彼。

「貴方に顔も見せていないのに、私の目が美しいなんてわかるわけないじゃない!嘘つき!!」

完全に八つ当たりである。

でも彼は困ったように、ハハッと笑うだけで怒らない。

「言い過ぎたわ···。ごめんなさい。私の為にハンカチを濡らして持って来てくれたのに···。お礼も言わずに失礼な事言ってごめんなさい。でもね···。今は····嘘は一番聞きたくないの。」

私が絞り出すようにそう告げると、彼は「嘘じゃないよ?」と優しく言うので、私はムカッとして思わず彼の方を見て睨んでしまった。

あれだけ見られたくないと思ったのに。

見せてしまった。

しまった!と思った時には遅かった。

一瞬彼は目を見開いて笑った。

「ほら、嘘じゃなかった。君の瞳は···この夜空の星より美しいじゃないか。」

そう言って彼は微笑む。


今度は私が驚く番だった。


だってそこにいたのは──。




前世であれほど会いたかった、推しのエヴァン侯爵だったのだから····。








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