上 下
22 / 48

22話  シルヴィオ編

しおりを挟む
「アイシャ、僕がそばにいるからね」

 シルヴィオ様の優しい声。

 ああ、いつもの彼の声。

 さっきまでミラーネ様といた時とは様子が違う。わたしの大好きなシルヴィオさまに戻った。

 さっきまでは絶望的で不安で、目を瞑っていても声だけで何も見ていなくても、とても怖かった。

 ミラーネ様の声はとても甘えていてねっとりしていた。シルヴィオ様はとても不機嫌でイライラしていた。

 ユリウス殿下は必死でわたしを庇ってくれていた。

 寝たふりをしていたわたしは、今この状況をどうすればいいのかわからなくて、まだ眠っているフリをしていた。

「アイシャ……俺は……ればいいんだ?」

 シルヴィオ様が何か呟いているのが聞こえる。でもあまりにも小さな声で聞き取れない。

 とても苦しそう。

 さっきまでのイライラした声でもなく、優しくかけてくれた声でもなく……今度は辛そうな声。

 彼の息遣いが聞こえる。それくらい医務室はとても静かで。

 また薬が効いてきたようで………

 わたしはそのまま、本当に眠りについてしまった。








「アイシャ……眠ったんだね?」

 さっきまでアイシャは目を瞑っていたが起きている気配がした。

 多分ミラーネの言葉も聞いていただろう。



 ーー今度こそ君を守る。



 アイシャの寝顔を見ながら少しだけ彼女の髪の毛を触った。

 懐かしいアーシャと同じ髪色、そして瞳。

 記憶のまま、変わらない明るく誰のことも疑わないまっすぐな瞳。

 俺は生まれてからずっといつさも何かにイライラしていた。心が落ち着かない焦燥感と何かに追われているような感覚。

 常に靄がかかっている状態。

 たまに正常だと思える時もあるのに上手く思考が働かない。

 何か大切なことを思い出すのにまた忘れて、そん人生を17歳になるまで過ごしてきた。

 はっきりと全てを思い出したのはミラーネが転入生として俺の前に現れてから。

 最初のうちはよくわからず不思議な感覚だった。
 ミラーネと会うと心が落ち着きアイシャに会うとぐちゃぐちゃにしてしまいたくなる衝動に駆られる。

 それがおかしい感覚だと気がついたのは突然俺の世界が変わってからだ。

 突然、不仲だったアイシャと仲睦まじい婚約者として過ごしている。そして当たり前のように周りもそれを認めている。

 そんな世界に突然変わった。

 そしてミラーネの性格も突然変わった。

 いや、俺のミラーネを見る目線が変わっていたのだと気がついた。

 今までミラーネに好感を抱いていたはずなのに、嫌悪感を抱くようになった。

 あの笑顔は、悍ましいものに感じる。

 そして何度も繰り返し見る夢が前世のものだと気がついて仕舞えば、俺はミラーネ……いや、ミランダに魅了され洗脳されていたことに気づいた。

 それは知らないほうがよかったほどの絶望だった。

 アイシャにどんな顔をして向き合えばいいのかわからなくなり、自分の愚かさや後悔に何度も吐いた。

 気持ち悪いと。自分など生きる価値すらない。

 だが俺は死ねない。この現状を放って仕舞えばアイシャが一人また犠牲になる。

 だが簡単には一人では太刀打ちできない。
 だからミラーネの黒魔法に俺はかかっているふりをしている。

 いや、まだたまに抗おうとしても黒魔法に勝てずにいることもある。

 さっきまで思考はズレてアイシャを蔑ろにしていた。

 そして突然正常に戻った。

 どんなに抗おうとしてもミラーネの黒魔法からはなかなか逃れきれないでいる。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

婚約破棄まで死んでいます。

豆狸
恋愛
婚約を解消したので生き返ってもいいのでしょうか?

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

傲慢令嬢にはなにも出来ませんわ!

豆狸
恋愛
「ガルシア侯爵令嬢サンドラ! 私、王太子フラカソは君との婚約を破棄する! たとえ王太子妃になったとしても君のような傲慢令嬢にはなにも出来ないだろうからなっ!」 私は殿下にお辞儀をして、卒業パーティの会場から立ち去りました。 人生に一度の機会なのにもったいない? いえいえ。実は私、三度目の人生なんですの。死ぬたびに時間を撒き戻しているのですわ。

処理中です...