遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

01 矜持 04

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「いや。だから、そんなの俺が目つけられるって決まったわけじゃないだろ? 大体、俺何歳だと思ってんの? 行方不明になった子ほとんど10代だよ?」

 アキは心配しすぎなのだ。
 と、スイは思う。
 アキやユキはもともとスイに恋愛感情を持っているから、その気にもなるかもしれないけれど、普通に考えて、もう『おっさん』と呼ばれても仕方ない歳になっている男が、滅をつけられるなんて思えない。確かにスイ自身、髪色や瞳の色はかなり珍しいとは思う。けれど、羽根があるとか、動物のような四肢や耳、しっぽを持っているような遺伝子操作個体ならともかく、見世物にするにも地味すぎる。その上、とりわけ美しいわけでもない痩せぎすの男なんてマニアック過ぎて『商品』になるとは思えない。
 リスクと天秤にかければ、スイが狙われる確率なんて小数点以下だ。

「スイさんは分かってない」

 ため息をついて、アキは言う。なんだか、酷く馬鹿にされているような気がする。確かにスイは少しだけ(本人はあくまで少しだと思っている)そういう輩に声をかけられる回数は多い気がするが、それでも強引に連れて行かれそうになったことなんて、そうそう(一回でもあるなら充分危険だと思うのだが)あるもんじゃない。
 ただ、二人に比べると男性としては見劣りするだろうけれど、それでもスイだって男だというプライドは捨てているわけでなかった。

「何にも分かってないスイさんを一人でそんなところに行かせるなんて無理。絶対だめだ」

 だから、そんなアキの言葉にかちん。と、くる。あまりに上から目線だ。
 一応、スイの方が年上だというのにアキの言葉がまるで世間知らずのお嬢様を諭すような言い方なのが気に入らない。

「もう、決めたんだ。俺はやるよ。大体、危険って言うけど、この仕事している以上、危険じゃないことなんてないだろ?」

 ハウンドだけじゃない。情報屋だって、同じだ。この裏社会にいて危険でない仕事なんてないとスイは思う。

「俺やユキがいればいい。でも、今回は一人だろ? や。ナオが一緒だっけ? セイジならともかく、あいつじゃ、スイさんのこと守るなんて無理」

 その言葉はまた、スイの気持ちを逆なでした。
 スイだって、平均的な成人男性と比べて、決して弱いわけではなかった。こんな仕事をしているから、要求される強さは普通とは違うのかもしれないけれど、それでも、身を守るだけなら充分だと思っていた。

「だから、なんで俺は守られること前提なわけ?」

 スイだって、この世界で随分と長く生きてきた。少なくとも、5年間はこの街で、一人でやってきた。危険な目に遭ったこともあるけれど、自分の身は自分で守ってきたつもりだ。それなのに、アキにそれをすべて否定されたように思えて、無性に腹が立つ。

「何があるかわかんないだろ? スイさん。自覚なさすぎなんだよ。俺なら、1分で黙らせられる」

「はあ!?」

 あんまりな言い方に思わず語気が強まる。冷静に話すつもりだったのにと、心の片隅で思うけれど、アキの言い方はいちいち喧嘩を売っているようにしか思えなかった。

「じゃあ、俺は二人が一緒にいてくれないと、ここでずっと待ってなきゃいけないのかよ」

 肩に置かれたままのアキの手を振り払って、スイは言った。
 そんな言い方をしたら、駄目だと分かってはいた。いつもなら、冷静になれたかもしれない。それでも、今は冷静になれないわけがあった。そして、それを二人の前では言えない理由もあった。

「そんなこといってないだろ。俺は、ただ、少しは自分が他人にどう思われてるか理解しろって言ってんの」

 アキの溜息。わざとらしい。

「理解してるよ。アキ君こそメガネ曇ってんじゃないの? 現実見なよ。目の前のヤツ30手前のおっさんだぜ?」

 けれど、分かってはいた。一言『ちゃんと、気を付けるから』と言えば、アキもある程度は納得してくれて、冷静に話せたと思う。けれど、これは多分、もうスイが強いとか弱いとか、自覚があるとかないとかそんな話ではなくなっているとも思う。
 全部分かってほしいとは言わない。けれど、自分が歩んできた道や、してきたことを、多少なりとも理解してほしい。ずっと、二人と一緒にいたいと思うから、考え方の違いや、思い通りにならないことが決定的な違いになってしまう前に、ちゃんと話しあいたい。話しあいたいのに、頭ごなしに言われるから、ついイラついて、口答えして、引っ込みがつかなくなってしまった。
 けれど、最初に反論してしまったことには別の理由があったから、結局同じ結果にしかならなかったかもしれない。
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