遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

制服の情報屋 5

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「誰。だよ。その子」

 思わず呟く。
 スイは自分のことをあまり語らない。だから、スイの交友関係について知っていることと言えば、催眠療法のとき、襲撃された家の前のタバコ屋の老人と仲がいいということくらいだ。あとは、何故か反社会組織の幹部にコネがあることくらいだろう。
 実質、ユキはスイのことを何も知らないに等しい。
 出会ってから、数か月。仕事を一緒にするようになってからはまだ三月そこそこ。スイの過去に故意に話すことを避けるような何かがあったことは分かっている。だから、信頼を勝ち得るまでと、深く問いただすことはしていない。というよりも、スイを傷つけずにそれを聞き出す方法がユキにはなかった。

 ユキの視線の先で少女と会話するスイ。雛鳥を見る親のような柔らかな表情だ。
 つき。と、心のある場所が痛む。

「…………かわいい」

 控えめに言ってその子は美少女だ。大柄ではないスイよりも、一回り小さい。細くて柔らかそうな身体。化粧っ気がないのに薄紅をさしたような頬。さらさらと風に揺れる髪。
 自分たちのそばにいるときのスイは儚い花のようなのに、彼女といると間違いなく年上の優しい男性。もっと、言ってしまえば彼氏ですと紹介されたら納得してしまうような大人の男性だった。

「彼女?」

 スイのことが好きだと自覚したのは、まだつい最近のことだ。だから、スイに男性の恋人がいるのかとか、兄のことが好きなんじゃないかとか、そんな想像はしていた。けれど、あってもおかしくないどころか、そっちの方が自然なことなのに、スイに女性の恋人がいることについて、ユキは考えたことがなかった。
 だから、ものすごく驚いて、言い換えるならショックを受けていた。

「なんも。敵わないじゃん」

 兄なら、他の男なら、自分の方が優れていると主張できる部分もある。
 けれど、彼女とは、そもそも比べられる部分がない。競い合うことすら不可能だ。

 ユキの視線の先、少女が泣きそうな顔でスイの服の袖をつかむ。スイは困った顔をしながらも、立ち止まって彼女の顔を見つめた。それから、小さく頷く。そうすると、彼女はほっとした表情になって、スイを見つめ返した。

「……触んなっ」

 また、思わず、言葉が漏れる。

 誰だよ。
 誰でも一緒だ。

 何で会ってるの?
 俺の知らない誰かと。

 なんでそんな優しい顔すんの?
 ほかの人に見せないでよ。

 なんで、触らせるの?
 そんなに、親し気に。

 それじゃあまるで…………。

 ユキが見ていられたのはそこまでだった。
 それ以上見ていたくなくて、その場を離れる。
 けれど、胸の中で渦巻いている感情は、離れたからと言って消えてくれそうになかった。
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