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FiLwT
制服の情報屋 4
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◇N駅前:冬生◇
ユキがN駅前にいたのは単なる偶然だ。何か用事があったわけでもないし、誰かと待ち合わせしていたというわけでもない。ただ、大した目的もないけれど、休みになった一日をぶらぶらと人混みを歩いて過ごそうと思っただけだ。
もちろん、その人がそこにいるなんて全く予想していなかった。
ネットで見てずっと気になっていたスニーカーを置いてある駅前の店舗に入ったのに、全く別の靴に一目ぼれして、即買いして、満足して、店を出たところで、少し離れた場所にその人がいた。
駅前の植え込みのブロックの上に尻を預けて、落とした視線は手元のスマホに注がれている。キャップをかなり目深にかぶって、パーカーのフードまでかぶって、俯いている。
「スイさん」
先日、待ち合わせの時にへんなのに絡まれたらしいから、今日は対策をとってきたとというところだろう。多分、ユキでなかったら見逃していたと思う。本人の意志ではないのだが、障害物の多い場所で対象物を探す訓練は嫌というくらいに受けている。障害物が人間になったとしても、ユキにとっては大差ない。すぐにそれが、スイだとユキにはわかった。
視線の先のスイがふと顔を上げる。きょろきょろ。と、辺りを見回す。それから、ふ。と、小さくため息のような吐息を吐いて、また、スマホに視線を落とす。けれど、また、すぐに彼は顔を上げた。
まるで、怯えているようだと思う。
捕食者を警戒する草食動物のようだ。
外で食事をしようと待ち合わせをした日。少し遅れてきたスイは様子がおかしかった。元々小食な方だけれど、いつにもまして食は進んでいなかったし、強いから変化が分かりにくいけれど、かなり飲んでいたように見えた。それなのに、妙に饒舌で無理して明るく振舞っているようだったと思う。
それでも、ユキはどうして? と、聞くことができなかった。スイとは違ってかなり分かりづらいけれど、兄の様子もおかしいと気付いていたからだ。朝は二人ともいつ通りだった。きっと、N駅前での待ち合わせから、ユキの元へくるまでに何かがあったのだと、ユキは理解した。理解したのだけれど、二人の間に何があったのか、知るのも怖かったし、お前には関係ない。と、言われるのはもっと怖かった。
スイが人混みの中に誰かを探す癖。それには以前から気付いていた。けれど、それは、あんなにあからさまなものではなかったはずだ。
それが、一人でいるからなのか、あの日何かがあったからなのか、考えると、もっと聞くのが怖くなるユキだった。
そんなことを考えて、声をかけるのを躊躇っていると、人混みの中からさらさらの黒髪の少女が現れた。この辺りでは有名なお嬢様高校の制服の清楚。という言葉がぴったりと似あうような少女だ。彼女はあたりを見回してから、スイの方に視線を向けると、一瞬置いてから軽やかに駆け出す。スカートの裾と長い髪がひらり。と、舞う姿が何故かとても詩的で、まるで、映画のワンシーンのように見えた。
彼女は俯いたままのスイの後ろに立つ。スイは気付いていないのか、振り返らない。立ち止まった彼女は今度は間を置かずに、その細い指でスイの目を覆った。
声は聞こえない。
けれど、何を言ったかは分かる。
だれだ?
だ。
その言葉に答えて、スイは何と言ったんだろう。顔はこちらに向いていないから口の動きを読むこともできない。そう思ってから、それはがすごく浅ましい行為のような気がして、見えなくてよかったと思う。
何かを答えたスイに、彼女は手をどける。少しふくれっ面になっているから、多分、スイは単純に答えを出したのだろう。少なくとも、知らない相手ではなさそうだ。いや、あれだけ周りを警戒しているスイが彼女の存在に気付かないはずがないから、彼女だと分かっていて放置していたのだろう。それはつまり、かなり気安い関係だということだ。
ユキがN駅前にいたのは単なる偶然だ。何か用事があったわけでもないし、誰かと待ち合わせしていたというわけでもない。ただ、大した目的もないけれど、休みになった一日をぶらぶらと人混みを歩いて過ごそうと思っただけだ。
もちろん、その人がそこにいるなんて全く予想していなかった。
ネットで見てずっと気になっていたスニーカーを置いてある駅前の店舗に入ったのに、全く別の靴に一目ぼれして、即買いして、満足して、店を出たところで、少し離れた場所にその人がいた。
駅前の植え込みのブロックの上に尻を預けて、落とした視線は手元のスマホに注がれている。キャップをかなり目深にかぶって、パーカーのフードまでかぶって、俯いている。
「スイさん」
先日、待ち合わせの時にへんなのに絡まれたらしいから、今日は対策をとってきたとというところだろう。多分、ユキでなかったら見逃していたと思う。本人の意志ではないのだが、障害物の多い場所で対象物を探す訓練は嫌というくらいに受けている。障害物が人間になったとしても、ユキにとっては大差ない。すぐにそれが、スイだとユキにはわかった。
視線の先のスイがふと顔を上げる。きょろきょろ。と、辺りを見回す。それから、ふ。と、小さくため息のような吐息を吐いて、また、スマホに視線を落とす。けれど、また、すぐに彼は顔を上げた。
まるで、怯えているようだと思う。
捕食者を警戒する草食動物のようだ。
外で食事をしようと待ち合わせをした日。少し遅れてきたスイは様子がおかしかった。元々小食な方だけれど、いつにもまして食は進んでいなかったし、強いから変化が分かりにくいけれど、かなり飲んでいたように見えた。それなのに、妙に饒舌で無理して明るく振舞っているようだったと思う。
それでも、ユキはどうして? と、聞くことができなかった。スイとは違ってかなり分かりづらいけれど、兄の様子もおかしいと気付いていたからだ。朝は二人ともいつ通りだった。きっと、N駅前での待ち合わせから、ユキの元へくるまでに何かがあったのだと、ユキは理解した。理解したのだけれど、二人の間に何があったのか、知るのも怖かったし、お前には関係ない。と、言われるのはもっと怖かった。
スイが人混みの中に誰かを探す癖。それには以前から気付いていた。けれど、それは、あんなにあからさまなものではなかったはずだ。
それが、一人でいるからなのか、あの日何かがあったからなのか、考えると、もっと聞くのが怖くなるユキだった。
そんなことを考えて、声をかけるのを躊躇っていると、人混みの中からさらさらの黒髪の少女が現れた。この辺りでは有名なお嬢様高校の制服の清楚。という言葉がぴったりと似あうような少女だ。彼女はあたりを見回してから、スイの方に視線を向けると、一瞬置いてから軽やかに駆け出す。スカートの裾と長い髪がひらり。と、舞う姿が何故かとても詩的で、まるで、映画のワンシーンのように見えた。
彼女は俯いたままのスイの後ろに立つ。スイは気付いていないのか、振り返らない。立ち止まった彼女は今度は間を置かずに、その細い指でスイの目を覆った。
声は聞こえない。
けれど、何を言ったかは分かる。
だれだ?
だ。
その言葉に答えて、スイは何と言ったんだろう。顔はこちらに向いていないから口の動きを読むこともできない。そう思ってから、それはがすごく浅ましい行為のような気がして、見えなくてよかったと思う。
何かを答えたスイに、彼女は手をどける。少しふくれっ面になっているから、多分、スイは単純に答えを出したのだろう。少なくとも、知らない相手ではなさそうだ。いや、あれだけ周りを警戒しているスイが彼女の存在に気付かないはずがないから、彼女だと分かっていて放置していたのだろう。それはつまり、かなり気安い関係だということだ。
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