遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

狂犬と引きこもり 4

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「間に合ってるって、言ってんだろ。いい加減にしないと、恥かくことになるよ」

 立ち上がって、臨戦態勢をとって、精一杯の睨みはきかせたつもりだった。スイがその気になれば、二人くらい無様に転がすのは容易い。プロならともかく、相手は素人だ。人数は問題ではない。というよりも、元々一人で行動することが多いスイにとって開けた場所で、しかも自分を侮っている相手との多対一は苦にはならない。

「は? 恥? それ本気で言ってるの?」

 スイ自身は認めていないが、スイは二十代後半になっても服装次第では高校生と間違えられるほどの童顔だ。さらに言えば、幼いころからあまり普通の生活を送っていなかった彼は本人が気付いていたいだけで、男たちが女性と間違える程度には中性的な顔のつくりをしている。だから、一体どちらが災いしたのかはわからない。両方かもしれない。けれど、侮られたことだけは、確かだったし、捕食者は獲物からの抵抗が面白くはなかったようだった。

「折角優しく誘ってやってんのにさあ。そんなに乱暴にされたいわけ?」

 スイの逃げ道を塞ぐように二人の間に挟まれる。

 何処が「優しく」だよ。

 心の中で呟く。あの誘い方が「優しく」なら、強引なんて言葉はこの世には存在しない。きっと彼らの辞書にも「強引」は存在していないのだろう。

 片方の男の手が伸びてきて、手首を掴まれそうになって、身をかわす。その間に一人の手が、スイの肩を掴んだ。
 男の顔に蹂躙できる相手だと確信しているスイから思わぬ抵抗を受けて逆上しました。と、ありありと浮かんでいるのが、どうしようもなく不快で鳥肌が立つ。

「触んな」

 近くにいるのも嫌でたまらなくなって、不用意にその手を払おうとすると、今度は別の男にその手を掴まれた。
 くそ。と、舌打ちして、スイは覚悟を決めた。
 もちろん、ナンパ男についていく覚悟ではない。事を荒立てて目立ちたくはないけれど、地面を舐めていただく覚悟だ。と、言うよりももう、目立ってしまっているから仕方ない。周囲にいた待ち合わせと思しき人たちが、ひそひそ話しながら、こちらを見ている。

 穏便に済ませることを諦めてスイの手を掴んだ男の手の親指を掴もうとしたその時だった。
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