遠くて近い世界で

司書Y

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狂犬と引きこもり 5

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「スイさん」

 大いに聞き覚えのある声に、スイは顔を上げた。

「あ。シロく……」

「いでででででっ」

 見知った顔がそこにはあった。けれど、スイが彼の名前を呼ぶ声は、片腕を反対側にひねり上げられて、座り込む男の声に消える。

「久しぶり。病院であって以来か?」

 男の片腕をそっちに曲げるのはヤバい。という方向に曲げながらとは思えない優し気な笑顔を浮かべる男。長身でバランスのいいスイマー体形を包んでいるのは仕立てのよさそうなスーツ。黒の開襟シャツにノーネクタイ。一般営業職ではないのは一目でわかる。
 意志の強そうな鋭い瞳が印象的な顔立ちはどちらかというと整っていて、ソフトモヒカンがよく似合ってはいる。のだが、隠しもしない左目の上の傷と、コロコロとよく変える髪色。現在はピンクが、近づいちゃだめな人。という雰囲気を出しているのは意図しているかいないのかスイにはわからなかった。

「ごめん。引っ越しでバタバタしてて。お礼しようと思ってたんだけど」

「はな……っ放せ」

 どちらにせよ、このどう見てもその筋の「悪い人」は、スイにとっては、よく知った人物で、友達。と、言って差し支えない男だった。だから、その笑顔にスイも笑顔を返す。

「あのときはありがと。助かった」

「……お……折れるっ。折れちまうよ!」

 あの菱川興業の襲撃の後、病院を紹介してくれたのが彼・川和志狼だ。国内最大級の広域指定暴力団・川和組の若頭補佐。まだ、二十代になったばかりの彼がその地位にいるというのは、彼が遠くない未来その組織の中でどんな役目を担っていくのかを物語っている。
 しかし、スイにとっては、彼はこの街に来てからできた友人でしかない。悪い意味ではなく、見返りを求めることも求められることもなく頼みごとをできる数少ない人物の一人だった。

「いんだよ。スイさんの役に立てたなら。俺はそれで十分。言っただろ? 俺はスイさんのファンなんだから、何でも頼んでくれって」

「……お……おねがいしま……放して…………」

 ただ、その容姿と立場故、吐いて捨てるほど言い寄ってくる相手はいるはずなのに、彼は何故か、スイのファンだと公言して憚らない。ことあるごとに、プレゼントを贈ってくれたり、食事に誘ってくれたり、困っていることがあるとすぐに駆け付けてくれる。もちろん、スイもできる限り彼に恩を返そうとはしているが、正直返しきれないのが現状だ。
 
「……でも」

「おい。話聞けよ。折れちまうって……」

 そのくせ、シロはスイに何も望まない。
 友人なら対等であるべきだと思うし、恋愛感情なら見返りを求めてもいいのはずなのに、彼は何も望まない。

「いいって言ってるだろ? そんなに気にすんなら、今度はスイさんの手料理食わせてくれよ。ジジイに聞いたことあるぜ? めっちゃ料理うまいんだって?」

「…………し……ぬ」

 そうしてシロはいつでも、スイの心が楽になるような言葉をくれる。申し訳なく思う反面、そんなシロだから、警戒心の強いスイでも、心を許すことができているのだと思う。
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