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夜半を回ったころだった。スイは、もう今日はうちに帰るのを諦めて、パーティの後もそのままに、3人で飲み明かそうと何本目かのワインを開けた。
酒もすすんで、ユキはソファに身体を預けて、うつらうつらとしている。
「ありがとな。スイさん」
ユキの部屋から持ってきた毛布を弟の上にかけてやりながら、アキが静かな声で言った。
「ユキ。あんなにはしゃいでるの、久しぶりだった」
ソファに座りなおして、残り少なくなったスイのグラスにワインを注ぐ。相変わらず、何をしていても絵になると、スイは思う。
「や。自分のしたいようにしただけだし」
言ってしまってから、なんだか天の邪鬼な言い方になってしまったと思う。ただ、アキが気を使わないようにと思っただけなのだが、自分の言い方はいつも考えが足りない。こんな言い方がしたいわけじゃない。
「……あ。そうじゃなくて、喜んでくれたんだったら、俺も嬉しい」
あれ。と自分で思う。
いつもなら、失敗すると、なんて言っていいかわからなくなる。それなのに、今夜は本当の気持ちが口からこぼれた。
「ありがとう」
それが嬉しくて、スイは続けた。
「は? なんで? お礼を言うのこっちだろ?」
不思議そうに赤い目が見つめている。
「すごく、たのしかった。いや。今日のことだけじゃなくて。この何か月かずっと。
はは。プレゼントなんて、買ったの久しぶりだ? 選んでる時、すげぇどきどきしたぁ。女子かっての」
ワイングラスを照明の光にかざす。その反射が作り出す波のような影を何とはなしに見つめていると、今なら言えそうな、今でなければ言えないような気分になって来る。
「ずっと独りだったから……みんなで飲む酒の味とか、プレゼントの買い方とか、3人分の料理の仕方とか、全部忘れてた」
自分が酔っているのだと分かった。わかった上でも言葉は止まらなかった。5年分、溜め込んでいたものが、堰を切ったら、あふれ出して止まらない。こんなことを話せる日が来るとも、話せる人ができるとも思っていなかった。
きっと、こんなことを言ってしまったら、明日になって後悔する。
スイは思う。
「……5年前、自分のせいで大切な人が死んで。信じていたものがなくなって。大切だった場所から逃げ出して。もう、独りでいようって決めた」
それでも、話したかった。知っていてほしいと思った。
随分と、自分勝手な独白だ。アキは何も知らないのに。
はは。と乾いた笑いが零れた。
「でも、だめだったみたいだ」
さっきから、何も言わないアキに、呆れられたかなと俯く。顔が見られない。
「結局独りじゃ何もできなくて、追い詰められて。君たちがいてくれて、すごく自由に息が吸えるってことに気付いた」
こんな目出たい日に何を言っているんだろう。
スイは思う。
今日でなくてもよかったんじゃないだろうか。
いつか、二人が知りたいと言ってくれるときがきてからでもよかったんじゃないだろうか。
「だから……さ。その。二人に感謝してるのは……俺の方で……」
なんだか、喉の奥が熱くてうまくしゃべることができない。
アキは何も言わない。ただ、スイの話を聞いていた。
酔っぱらいの戯言だって、笑い飛ばしてよ。
おっさん。うざいよって、馬鹿にしてよ。
声に出さずに思う。でも、やっぱり、アキは何も言わなかった。
「……ああ。俺酔ってるな。ごめ……」
目頭まで熱くなって、スイは慌てて上を向く。そのままにしていたら涙が零れそうだった。
きっと、そんな姿を見せたら、アキは困るだろう。多分、今も、自分勝手に話しているスイに呆れているだろう。そう思う。
酒もすすんで、ユキはソファに身体を預けて、うつらうつらとしている。
「ありがとな。スイさん」
ユキの部屋から持ってきた毛布を弟の上にかけてやりながら、アキが静かな声で言った。
「ユキ。あんなにはしゃいでるの、久しぶりだった」
ソファに座りなおして、残り少なくなったスイのグラスにワインを注ぐ。相変わらず、何をしていても絵になると、スイは思う。
「や。自分のしたいようにしただけだし」
言ってしまってから、なんだか天の邪鬼な言い方になってしまったと思う。ただ、アキが気を使わないようにと思っただけなのだが、自分の言い方はいつも考えが足りない。こんな言い方がしたいわけじゃない。
「……あ。そうじゃなくて、喜んでくれたんだったら、俺も嬉しい」
あれ。と自分で思う。
いつもなら、失敗すると、なんて言っていいかわからなくなる。それなのに、今夜は本当の気持ちが口からこぼれた。
「ありがとう」
それが嬉しくて、スイは続けた。
「は? なんで? お礼を言うのこっちだろ?」
不思議そうに赤い目が見つめている。
「すごく、たのしかった。いや。今日のことだけじゃなくて。この何か月かずっと。
はは。プレゼントなんて、買ったの久しぶりだ? 選んでる時、すげぇどきどきしたぁ。女子かっての」
ワイングラスを照明の光にかざす。その反射が作り出す波のような影を何とはなしに見つめていると、今なら言えそうな、今でなければ言えないような気分になって来る。
「ずっと独りだったから……みんなで飲む酒の味とか、プレゼントの買い方とか、3人分の料理の仕方とか、全部忘れてた」
自分が酔っているのだと分かった。わかった上でも言葉は止まらなかった。5年分、溜め込んでいたものが、堰を切ったら、あふれ出して止まらない。こんなことを話せる日が来るとも、話せる人ができるとも思っていなかった。
きっと、こんなことを言ってしまったら、明日になって後悔する。
スイは思う。
「……5年前、自分のせいで大切な人が死んで。信じていたものがなくなって。大切だった場所から逃げ出して。もう、独りでいようって決めた」
それでも、話したかった。知っていてほしいと思った。
随分と、自分勝手な独白だ。アキは何も知らないのに。
はは。と乾いた笑いが零れた。
「でも、だめだったみたいだ」
さっきから、何も言わないアキに、呆れられたかなと俯く。顔が見られない。
「結局独りじゃ何もできなくて、追い詰められて。君たちがいてくれて、すごく自由に息が吸えるってことに気付いた」
こんな目出たい日に何を言っているんだろう。
スイは思う。
今日でなくてもよかったんじゃないだろうか。
いつか、二人が知りたいと言ってくれるときがきてからでもよかったんじゃないだろうか。
「だから……さ。その。二人に感謝してるのは……俺の方で……」
なんだか、喉の奥が熱くてうまくしゃべることができない。
アキは何も言わない。ただ、スイの話を聞いていた。
酔っぱらいの戯言だって、笑い飛ばしてよ。
おっさん。うざいよって、馬鹿にしてよ。
声に出さずに思う。でも、やっぱり、アキは何も言わなかった。
「……ああ。俺酔ってるな。ごめ……」
目頭まで熱くなって、スイは慌てて上を向く。そのままにしていたら涙が零れそうだった。
きっと、そんな姿を見せたら、アキは困るだろう。多分、今も、自分勝手に話しているスイに呆れているだろう。そう思う。
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