遠くて近い世界で

司書Y

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 パーティは大成功だった。アキも、ユキも、スイもずっと笑顔で、作りすぎたかと思っていた料理もあらかたなくなっている。アキの用意したケーキもさすが人気店という味で、ユキはずっと「うまっ」を繰り返していた。

「あーもう食えない」

 長い脚を投げ出してソファに座ったユキが言う。相変わらずよく食べるなと、口には出さずにスイは感心していた。満を持して現金を用意して行ったのに、財布が空になるという事態を初めて体験した、あの“焼き肉事変”でわかっていたはずなのだが。

「スイさんのメシうますぎ~」

 もちろん、褒められていやな気はしない。喜んでくれたのが素直にうれしい。
 こんな風に誰かのためにウキウキしながら何かをしたのはいつ以来だろう。
 ふと、心の奥に消えることも、どこへ行くこともできずに留まっていた思いが、水底の澱のように舞い立つ。それは、失ってしまった幸せの記憶。
 誕生日プレゼントを渡した時のはにかんだ笑顔。少し背伸びして買ったワインの味。甘ったるいケーキの匂い。そんな時間が、ずっと続くと信じていた自分。

「兄貴のケーキも最高!」

 あれは、一体いつのことだっただろう。現実にあったことなのだろうか。
 幸せそうに腹をさすっているユキにかつて大切だった人の姿が重なる。
 
 こんな日なのになんで思い出すんだよ。

 スイは思う。
 理由は知っていた。
 幸せだからだ。だから、思い出す。最後に見たその人が言っていた言葉。

「スイさん?」

 はっと気づくと、ユキが自分の顔を覗き込んでいた。黒曜石の色をした瞳が、じっとスイを見つめている。
 考えていることを見透かされそうで、それが今は怖くて、スイはユキから目を逸らした。

「えと。それじゃ、今度はこれだな」

 目を逸らしたことも悟られたくなくて、スイはソファの陰に隠してあったプレゼントを取り出す。それでも、ユキは気づいてしまったかもと思う。妙に鋭いところがあるから。

「ほら。プレゼント」

 でも、ユキにはスイの態度を気にした様子はなかった。気にしてはいたかもしれないけれど、少なくとも、それを表に出すことはしなかった。

「マジ!? くれんの?? さんきゅ……開けてもいい?」

 妙にはしゃいだ笑顔は、気付いていたからかもしれないと思う。だから、その優しさに甘えることにした。ユキの言葉に頷いて見せると、彼は、嬉しそうにリボンをといて、包みを開ける。

「キーケース?」

 それは、クロムの台座に、丸くて平らに磨かれた1円硬貨ほどの大きさの黒曜石のついた、飴色の革のキーケースだった。ユキの瞳と同じ色の石が綺麗で一目で気に入ったものだ。

「アキ君に聞いた。また、鍵なくしたんだって? それ、落としても、GPSで見つかるやつだから」

 あんまり屈託なく喜んでくれるから、少しこそばゆい。

「マジで? すげ……高かったんじゃないの?」

 けれど、嬉しそうな表情にスイも嬉しくなった。

「はは。大丈夫。心配するほどいいもんじゃないよ」

 ユキはよくものをなくす。それから、壊す。そのたびにアキに怒られるらしいが、性懲りもなくすぐになくす。しかも、なくした場所の見当すら付かないらしい。
 それを聞いていたから、なおさらこれに決めた。少しでも、なくさないようにと思ってくれればいいと思う。

「ありがと。スイさん。俺大切にする!」

 初めて会った時、黒髪の狼だと思ったのは、間違いだったかも。と、スイは思う。満面の笑みを浮かべる目の前の青年は、どちらかというと、狼というよりはわんこだ。目をキラキラさせて、大きな尻尾をわさわさと振って、思いっきり愛想を振りまく大型犬のほうがしっくりとくる。

「なくすなよ」

 その姿にスイは、思わず頭をわしわしと撫でた。
 あ。大の大人になにしてるんだ。と思ったけれど、ユキは少し驚いた顔をしてから、まるで大型犬が撫でられたのを喜ぶように、気持ちよさそうに目を閉じてされるがままになっている。

「……あ。えと。そう! 一つ一つ違ったGPSの信号がでて、スマホから追跡できるようになってるんだ。電源はソーラーだから充電もいらないし」

 なんだか、無意識にそんなことをしてしまった自分の方が恥ずかしくなってしまって、スイは慌てて話を逸らした。横で静かに飲みながら二人の様子を見ていたアキはおかしそうに笑いをこらえている。

「……わらうなよ」

 拗ねたように呟くと、途端にアキが笑い始めた。それはもう、おかしそうに。目を閉じていたユキはアキがなんで笑っているかわからなくてまた、頭の上にハテナマークを浮かべていた。
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