上 下
79 / 95
第五章 祈りの王都ダナ

77.悪役令嬢は願う

しおりを挟む


 再び静まり返った広場は、異様な空気に包まれていた。

 誰も何も喋らなかった。
 ただ一人、リナリー・ユーフォニアを除いては。


「どうして…!なんで受け入れられないの!?」

 高い声で叫びながら何度も手の中の蝶を握り潰す。もはやその羽はボロボロと崩れてただの屑となり、彼女の足元に落ちていた。青い粉末は砂に混じって風と共に攫われる。

「おかしいわ……何故!私の願いを叶えてよ!新しい力をちょうだい!私はこの世界の主人公なのよ……!?」

 少しずつ、ざわざわと観客たちは言葉を発し始めた。国王と王妃が何事かと側近に尋ねる様子が見える。取り乱すリナリーが床に拳を叩き付ける横で、私は静かに立ち上がる。

 手の中にある確かな冷たさを握り締めて。

「リナリー様、それは偽物です。レプリカの標本に青い絵の具を塗ってもらいました。彩色に関しては手先の器用な母にお願いしたのだけれど…」

 私は母であるモーガンの居る方向に目をやる。
 堪え切れないように彼女は目を閉じて泣いていた。エリオットからモーガンに頼んでもらったのは、ただ「アリシアに渡す最後のプレゼント作りを手伝ってほしい」ということだけ。あっという間に引き離されて王妃を手に掛けた罪で裁かれようとしている娘を、モーガンはどう思ったのか。

 親不孝者な娘で申し訳ないと思う。
 でも、お陰で本当の悪女を暴くことができた。

「随分と酷いことを願われていましたね。私を焼き尽くす強い力ですか」
「ち、違います…!それは、貴女のような罪人が二度とこの世に姿を現さないようにという意味で…!」

 どうして誤解なさるのですか、と目に涙を溜めて私を見上げるリナリーの前で私は握っていた右手を開いた。輝く小さな小瓶を見て、息を飲むリナリーを見据える。

 イグレシアの家から盗んだサバスキアの蝶に対して、彼女が一度目に願ったのは魅了の力。そして二度目、サラが持っていた青い蝶の首飾りをもとに手に入れたのは聖女の力。

 ならば、私はーーーーー

 キュポンと蓋を外して朝方の空のような薄い青色の粉末を覗き込む。クロノスが上手い具合に作ってくれたようで、サラサラとした粉末状になった蝶の羽は太陽の光を反射して輝いていた。

 両手で支えた小さな瓶を高く掲げる。
 どうか、この願いが聞き入れられますように。


「お願い……アリシア・ネイブリーの魔力をこの身体に戻して」

 瞬間、身体が燃えるように熱くなった。
 蜃気楼のように揺れる空気が私の身体を包み込む。

 血が、肉が、細胞の一つ一つが思い出そうとしている。ずっとそばにあった力を。この身体の本当の持ち主を。アリシア・ネイブリーという魂の存在を。

「ダメ、ダメよ!やめて……!それだけは……!!誰か!この女の断罪を決行してちょうだい!彼女は悪女なの、早く絞首台に送ってよ!!」

 何かに取り憑かれたように周囲の人間に詰め寄るリナリーは兵士の一人に取り押さえられた。しかし、尚もその肩を掴んで自分の主張を訴え続けている。

 いつの間にか痛むような熱は消え失せて、私は指先から広がる心地よいあたたかさに目を閉じた。この温もりが全身を包めば、私はとうとうアリシアの身体とおさらばするのだろうか。なかなか良い経験だったと思う。大好きだった物語の世界に入ることが出来ただなんて、きっと後世まで語り継げる思い出だ。後世どころか現世が残されているのかも微妙なところだけれど。

 意識がまどろみに落ちる寸前、強い力で両腕を引かれた。驚いて目を開くと、怒りに目を血走らせたリナリーが私の手首を掴んでいる。大きな青い瞳が訴え掛けるように下から私を見上げた。


「初めからこうすれば良かったのね」


 歪んだ唇の隙間から漏れた声はそう言った。

 聞き返そうと口を開く。しかし、どういうわけか上手く言葉が出て来ない。何度か試みた浅い呼吸の末、私は激しく咽せて地面に手を突いた。吐き出されたのは空気だけではない。自分の手を染め上げる赤い鮮血に目を見張った。

 下げた視線の先にあるのは鋭い刃。
 首を捻ると背後には先ほどまでアリシアを取り押さえていた兵士が、ぼんやりとした顔で立っていた。その長い剣で私の身体を貫いて。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈 
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

築地シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

処理中です...