68 / 68
第三章 二人の冷戦編
65.エピローグ
しおりを挟むオリーブの塩漬けに生ハムの盛り合わせ。クリームチーズはクラッカーに乗せてメープルシロップを掛けても美味しそう。テーブルの隅にあるのはキャロットケーキ?
「はぁ~もう最高!シルヴィアさん、天才!」
私が口を開く前に両手に皿を持ったヴィラが恍惚とした表情で絶賛の言葉を伝えた。シルヴィア・バートンの店は今日は貸切営業で、小さな店内には私とノア、ヴィラとウィリアムの四人が揃っていた。
口を動かす度に顔一杯で幸せを表現するヴィラを見つめるウィリアムは、以前よりも人間らしい目をしていて私まで嬉しくなる。冷徹だと思っていた彼から、こんな優しい姿を引き出せるなんて、太陽のような彼女は流石だ。
「最近、お店の調子はどうですか?」
「ん~まあ、いつも通りよ。そういえば、よく来ていたルチアーノが最近めっきり顔を出さなくてね」
「ルチアーノ?」
「ほら、初日に貴女にセクハラしていた…」
「ああ!あの酔っ払いの…!」
謎のバニーもどきコスプレをしたバイト初日に私のお尻を撫でて来た、目の座った中年の男を思い出す。あの時助けてくれたことをきっかけに、エレンと知り合ったのだ。
「今はお忙しいのかもしれませんね」
「だと良いわね。何人か来なくなったお客さんが居て少し寂しいけど、まあ新規の客もチラホラ居るし、こういう場所だから人の入れ替わりがあるのは仕方ないかしら」
シルヴィアの話に相槌を打ちながら、隣に立つノアをそっと見上げると、ヴィラとウィリアムのやり取りを茶化して楽しそうに笑っていた。
二ヶ月は掛かると言われていたノアの腕の傷は、結局のところ一ヶ月と少しで塞がったようで、重たいものは無理でも、グラスぐらいは普通に持てるようになった。
「ところで、貴方たちはいつ結婚するの?」
シルヴィアの直球な質問に私は咽せる。
ノアに背中を軽く叩かれながら、何と返そうかと返答に困っていたら、彼が先に口を開いた。
「僕としては明日にでも式を挙げたいのですが…」
「ノア!」
「こういう焦らし期間も好きなので、いつでも別に、彼女の心の準備が出来たタイミングで良いです」
「………っ」
プシュプシュと頭から湯気が立ちそうだ。
こちらを見てニヤニヤするヴィラが目に入る。
婚約から結婚に至るまでの日数について特に定めはないものの、私自身、いったいいつ自分たちが正式な夫婦になるのかは謎だった。
ノアはその後、彼にしては真面目に王族としての務めを果たしているようで、国民からの信頼も徐々に回復していると聞く。結婚となれば、おそらくまた会見のようなものを開き、お披露目する機会があると思うので、私は考えただけで胃が縮んだ。
「その時は是非また此処で二次会でもしてね。貴方たちの新しい門出を祝いたいから」
「それは楽しそうですね。リゼッタはどう?」
「……はい」
平静を装って返事をしても、どうやらノアにはすべてバレているようだった。机の下で握られる手から緊張が伝わらないように私は細心の注意を払う。
「そうそう、お客さんに貰ったものだけど美味しいワインがあるのよ。葡萄の栽培が盛んな国から取り寄せたらしいわ」
言いながらシルヴィアはカウンターの奥へと引っ込んで行った。何かを探すような騒がしい音がした後、グラスを5つ盆に乗せて、ワインのボトルを片手に持った状態で戻って来る。
ヒヤヒヤしていたら、案の定シルヴィアはテーブルへ到着する前にバランスを崩して転んだ。右手からすっぱ抜けたワインのボトルが宙を舞う。私たちが見守る中、弧を描くように回転するボトルはノアの頭上に落ちて来た。
「………!」
思わず目を瞑る。
破片が頭に刺さって血だらけで笑うノアの姿が一瞬だけ頭をよぎってブンブンと頭を振った。
「ノア~そこは当たりに行くところよ」
責めるようなヴィラの声に恐る恐る目を開く。
私の隣でノアはニコニコしたまま立っていた。その左手には彼の頭に衝突する予定だったボトルが握られている。
「もう少し右にズレていたら危なかったね。俺の上で割れたらリゼッタも濡れてしまうし、取れて良かった」
「ごめんなさい!リゼッタを酷い目に遭わせた貴方のこと瓶で殴ろうとは思ってたけど、まさかこんな風に気持ちが行動に出ちゃうだなんて…」
「良いんですよ、シルヴィアさん!この男は不死身で何回でも生き返って来ますから」
調子良く笑うヴィラにつられたように、珍しくウィリアムも微笑んでいた。私はほっとしながら胸を撫で下ろす。
赤い液体が並々とグラスに注がれて、目を閉じると芳醇な葡萄の香りが心を満たした。これまでのこと、これからのこと、考えなければいけない課題は山積みだ。だけれど今は、この楽しい時間に身を沈めたいと思う。
「私の王子様とアルカディアの未来に」
ノアの顔を覗き込むと、穏やかな笑みが返って来た。
小さな軽い音を立てて二つのグラスは触れ合う。
この強国の行く末を、私は彼の隣で見守っていきたい。
◆御礼とご挨拶
完結しました。
ここまでお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。様々なご意見、応援メッセージ、感謝いたします。
実は今作の鬱部分(前半)を書いている時に執筆したR18があるのですが、この後にくっつけると「お前は頭がおかしいんか」状態になるので、しれっと前作の終わりに番外編として二話追加することにしました。時系列は皆さんのご想像にお任せします。「♡」使いたかっただけなので、文字化けしたらすみません。R18に関する感想は、作者が死にたくなるので申し訳ないですがご遠慮ください。
今後また病的に二人の話を書きたくなった場合は、こちらを更新することにします。
一応書きたかったのは、二人の新婚旅行として他国を訪れたけど、そこは女性優位の女の園でノアのメンタルが抉られる…的な展開でした。(GL要素あり)
また近況ボードで反省会もするのでヌルヌル見守ってください…
それでは、ご愛読ありがとうございました!
反省を活かして今後もがんばりたいです。
2023.06.28 おのまとぺ
46
お気に入りに追加
1,480
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(138件)
あなたにおすすめの小説
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして
Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。
伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。
幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。
素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、
ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。
だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。
記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、
また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──……
そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。
※婚約者をざまぁする話ではありません
※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい
吉川一巳
恋愛
老侯爵の愛人と噂され、『氷の悪女』と呼ばれるヒロインと結婚する羽目に陥ったヒーローが、「爵位と資産の為に結婚はするが、お前みたいな穢らわしい女に手は出さない。恋人がいて、その女を実質の妻として扱うからお前は出ていけ」と宣言して冷たくするが、色々あってヒロインの真実の姿に気付いてごめんなさいするお話。他のサイトにも投稿しております。R18描写ノーカット版です。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
感想ありがとうございます。
ハッピーなエンドかちょっと微妙な終わり方になってしまったので、モヤモヤを増やしてしまい申し訳ないことこの上ないです;;
次回は皆様に爽やかな読後感をお届けできるようなサッパリした作品を生み出したいと思います。お付き合いいただき、本当にありがとうございました!
感想ありがとうございます。
今回は作者の勉強不足といいますか力不足がありありと出てしまったような結果となり、申し訳ないです。
第二章が終わったあたりから「どうすれば出来るだけハッピーな終わり方に寄せられるか」をずっと悩んでいました。あれだけ嫌わせてしまったノアの修復がかなり難しく、もうこういう癖ありな男を書くのは暫く控えたいと思います…
そして次作を書く前に溺愛と元サヤものの小説を読んで勉強し直したいです。なんだか反省文みたいなお返事ですみません。応援していただき、ありがとうございました!
感想ありがとうございます!
リゼッタのドアマット期間とノアの反省期間のバランスが取れていないのは作者の責任です、すみません;;
ノアに反省させながら「お前は本当に反省しとるんか?」とやや腹が立ってしまったので、読者の皆様のお気持ちも分かります…
リゼッタが自死するパターンは本当にノアが鬱病になるレベルで心に刺さりそうですね。というか、たぶん彼は生きていけないと思います。
しかし、ご都合主義の作者的にはリゼッタの幸せはやはりノアによって提供される気がするので、なんだかんだ言って元サヤになります。あとは、リゼッタがどの程度ノアを尻に敷けるかですね。
お陰様でおのは五月病を引きずりながらも元気です!
藤乃さんも冷たいものでも食べつつ夏を乗り切ってください。そして、完結まで書けたので今日中に完結できそうです。もうしばらく宜しくお願いいたします!