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37 秘密
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「『紫の薔薇』の件はどうなった?」
黒いフードを被った仮面の男は、暗い部屋の中で、一人の魔術師を問い詰める。
「使役紋で刺客を送っても、上手く動いていないところをみると、縁が切られたようですね」
ボソボソと魔術師は答える。
「縁が切れただと?あの板をもう一度召喚してみろ」
仮面の男が怒気を放つ。
魔術師は物凄く面倒だと思いながらも説明する。
「あの板はもう反応が返ってこないので、無理ですよ。まだ粘るんですか?」
「王太子たちをあの世界に飛ばし、今が好機だというのにお前は本当に使えないな」
投げ捨てるように仮面の男が言い放ち、横の棚を蹴りつける。
「ヤメてくださいよ。大体、生贄にするなら、竜の花嫁に拘らなくてもいいじゃないですか。そもそも、あなた達が狙っていた、あの世界のムラサキノバラを召喚しようとしたら、もう死んでたじゃないですか」
魔術師は震える声で言い返す。
「マキト!それ以上言うな。花嫁は何度でも転生するんだぞ。死んでなんかいねぇ。この世界のどこかに関係のある奴がいるっていうのは分かってんだろ?誰でも良かったら最初からこんな大掛かりなことなんかしねぇよ。どんな手でも使って探し出せよ。分かったか?」
魔術師は異世界から連れて来られなかったムラサキノバラの代わりに、手がかりとなりそうな黒い謎の板を何とか手繰り寄せたが、それも今は手元に無い。
何故なら、その黒い板を使って、王太子たちを異世界に送った挙句、それを紛失したのは目の前にいるこの仮面の男なのだ。
魔術師はこの仮面の男の馬鹿さに呆れていた。
八方塞がりでどうしろと言うのだ。
「まあ、やってみますけど、期待しないでくださいよ」
男は家族を人質にされてなければ、こんな男など闇に葬るのもたやすいのにと、心の中で恨み言を言いながら引き受ける。
仕方ない、正教会の司祭たちにそれらしい女性を適当に探させて、作り上げればいい。
「ルイス様、今夜は月がきれいですよ!」
テラスから夜空を眺めていた私は部屋の中にいるルイス様を呼んだ。
ゆっくりとルイス様はこちらへ歩いてくる。
先ほどまで、私たちは国王陛下のご用意してくださった晩餐会を楽しんだ。
後は旅の疲れを癒すようにと、このお部屋に案内された。
ルイス様と私は相変わらず同室、、、。
多分、警備の都合なのよと自分に言い聞かせる。
「ああ、美しいな。星も綺麗だ。明日もいい天気だといいな」
「はい、明日は正教会に行く日ですからね。シータは何か考えがありそうですね」
「あいつは準備万端みたいだぞ。俺たちが足を引っ張らないようにしないといけないな」
「私も白狼さんに、くれぐれも出てこないでねと呟いてみましたけど、何の手応えもないので不安です」
「オレも精霊のことは、、、。そうだ、丁度いいから精霊の話をしようか?」
「前に言われていた時期が来てない!って、やつですか?」
「そうだ。長くなるといけないし部屋の中で話そう」
ルイス様は私の手を取り、部屋の中に入ると窓を閉めた。
そして、腕を一振りしたと言う事は、防音もしたのだろう。
二人で並んで、ソファーに座った。
「オレの本当の姿、いやこの今の姿も本当の姿なんだが、、、」
「はい分かりますよ。黒い方ですね」
「ああ、その言い方は分かりやすいな。そう黒い方、その姿でいる時は神力が自在に使える。だか、この世界であの黒い姿をむやみに晒すと事件だろう?」
「ええ、驚くでしょうし、怖いって言われるかも知れないですね」
「そう、そこで少し考えていて、リゼの従える精霊たちなら、世の中の人々は怖いと思わず、受け入れそうだなと思っている」
「え???どういう事ですか?」
「分かりにくい言い方をしてごめん。ちょっと話を戻す」
「はい」
「霊廟で一度話したかもしれないが、リゼの生まれ変わる前の彼女の話を詳しくするから聞いて欲しい」
私は頷いた。
「他の大陸の王が、自分の私利私欲のために生贄として竜神王ルーへ彼女を贈ってきたんだ」
「はっ?生贄ですって!」
前にも聞いたかもしれないけど、すっかり忘れていたわ。
「そう、生贄なんて竜神王ルーじゃなくて、オレでも怒るけどな。それで、彼女は何故そのような候補になったかと言うと、精霊と人間のハーフだったからだ」
「精霊とハーフですか。その頃、精霊はそんな身近にいたのですか?」
「ああ、神も身近だった頃だからな。彼女は生まれて間もなく母が亡くなり、周りから虐げられていたんだ。最後は生贄に選ばれて、、、」
「そんな、酷すぎます」
私の声は悲しさと怒りで、震えている。
「ところが、生贄としてこの大陸に来ても、彼女は毎日生き生きとしていて、全く悲壮感など持ち合わせてなかったんだ。そこに竜神王ルーは惹かれたらしい」
「そうなのですね。素敵な女性だったのですね」
ご本人が境遇を気にしてないのなら、本当に良かった。
何でも気の持ちようで、幸せにも不幸にもなるものね。
「まぁ、その魂のかけらが、リゼに入っているのは分かるけどな」
横から手を伸ばし、私の頬を優しく撫でる。
「ルイス様、甘い感じは嬉しいですけど、話の続きが気になります」
私は口を尖らせて、ルイス様を見つめた。
ルイス様は頬から手を放し、再び話し始めた。
「では続きを、一つ目は彼女の父親は精霊王だったということだ。彼女は人々に虐げられても加護に守られていた。それ故、言葉の暴力は止められないが、身体にケガを被ることは無かった」
「精霊王が父親って凄いですね。その加護は何故、竜の王国では効かなかったのですか?」
「彼女は他の大陸から連れて来られたからなのか、その辺の真実は分からない。ただ加護が効かなかったのは間違いないだろう。実際、ドゥに殺されたからな」
「ドゥは彼女が精霊の子と知っていたのかも知れませんね」
「ああ、それで加護を効かないようにしたと考える方がスムーズかもしれないな」
「ええ、他の大陸から来たというなら、加護を与えている守護精霊の邪魔をすれば、精霊王が助けようと向かって来ても、間に合わないかもしれないですよね。あくまで、予想ですけど」
「それで二つ目なのだが、彼女を守護していた白狼とリゼの前に現れた白狼は多分同じだと思う」
「本当ですか!!それって、私が色々な世界に転生しても付いて来ていたのでしょうか?それともこの世界で待っていた!?」
「オレは転生した先にも付いて行ったのではないかと思っている。もしかすると竜神王ルーが指示したのかもしれない」
「随分、過保護な予想ですね」
私がそう言うと、ルイス様は優しく微笑んだ。
「オレならそうすると思ったんだよ」
「ありがとうございます」
恥ずかしくなって思わず、お礼を口にした。
確かに日々過保護にしてもらっている自覚はある。
「それから、リゼ、ミヤビに依頼していた小国の御伽話の件は覚えているか」
「はい、覚えています。何か新しいことでも分かったのですか」
「ああ、分かった。少し長くなるが、これを見てくれ」
ルイス様は懐から出した紙に手をかざして文章を浮き上がらせた。
そして、その紙を私に手渡す。
機密118号文書
ランドル王国
竜神王の御伽話が存在しない。
ベルファント王国
竜神王兄と婚約者は、他の大陸に行って幸せに暮らす。
兄が戻ったら、弟から政権を取り戻す。
旧ヨーク公国
竜神王兄と婚約者は他の大陸に行った。
生贄で他の大陸から来た婚約者に竜神王はそそのかされた。
兄が戻ったら、彼女の魂を生贄にして、弟から政権を取り返す。
ココラ公国
竜神王と婚約者は他の大陸に行った。
元生贄だった婚約者に竜神王はそそのかされた。
兄が戻ったら、彼女の魂を生贄にして、弟から政権を取り返す。
リベラ共和国
竜神王と婚約者は他の大陸に行って幸せに暮らした。
兄が戻ったら、弟から政権を取り戻す。
民族国家アヲイ
竜神王兄と婚約者は殺された。
婚約者は別の大陸から来た妖精と人間の混血児だった。
以上。
確認後は、必ず焼却処理をすること。
私は紙に記載されていることを目で辿る。
ルイス様は詳細を口頭で説明し始めた。
「まず大陸内のベルファント王国、リベラ共和国、ココラ公国及び旧ヨーク公国では、兄と婚約者は他の大陸に行ったという話になっている。これは竜神王の側近が移り住んだという可能性が高い。のちに兄が戻れば政権を取り返すというものだ。また、民族国家アヲイは兄と婚約者は殺されたという話になっている。この国は今も昔も他民族の移住をあまり好まない。故に竜神王の側近が移り住んだ可能性は低い。案外、民族国家アヲイの御伽話は事実に近いかもしれないな。そして、ミヤビの祖国でもあるこの国は、当時から間諜の仕事をしていた可能性が高い」
「兄が戻ってきたら取り返すって言うのは、何だか複雑な気分ですね。今を生きているのに」
「そうだな。それから、婚約者に対する思いも各国で違う。兄と婚約者がその後、幸せになったというのはベルファント王国とリベラ共和国で、婚約者が竜神王ルーをそそのかして、王座から退かせたという悪意のある記述は、ココラ公国と旧ヨーク公国で見られる。次に兄が戻ったら、彼女の魂を持つものを生贄にすると、、、」
「すいませんがルイス様、さすがに鈍感な私でも、これは察します。私を執拗に狙うのは旧ヨーク公国とココラ公国の可能性が高いですね。どうやって私にターゲットを絞ったのかは分かりませんけど」
「ああ、そういうことだとオレも思う。まだ裏は取れていないけどな。後は、ブランド辺境伯爵がちょっとなぁ、、、」
ルイス様は頭を抱える。
「ブランド辺境伯爵が、どうかされたのですか?」
「この各国の御伽話には、ランドル王国に繋がるような記述は一切ないんだ。だが、ブランド辺境伯爵は今回の事件にガッツリ巻き込まれている。どういう経緯で巻き込まれたのかが、気になる」
「確かに御伽話の件は同じ大陸なのにランドル王国だけ除け者のようですよね。実際、わが国にはこういう御伽話は存在していませんし。そうなるとブランド領は確かに気になりますね」
ルイス様は頷いた。
「あと少し補足する。婚約者が他の大陸から来たと記載されていたのは、旧ヨーク大陸と民族国家アヲイ。妖精王と人間の子という記載は民族国家アヲイ。生贄だったという記載はココラ公国と旧ヨーク公国にあった」
ルイス様は、紙を指差しながら、私へ最後まで丁寧に説明してくれた。
「あのー、それで、ええっと、、、。最初にお話ししていた精霊の方が人々は受け入れやすいという話と何か関係がありますか?」
「そうだな、精霊との混血児であることは民族国家アヲイでしか取り上げられていないという事は、その他の国は、婚約者が精霊と関係があるとは知らないということだろう。だから、精霊王に娘がいるという事も知らない。それを切り札にしようとシータは思っているのかもしれないな」
「切り札?それは一体どういう風に?」
「シータが、ここ一番で精霊たちを従える精霊王の娘が参上!という演出くらいしそうだなと思ったんだよ」
「ははは、精霊王の娘が参上!って、、、。ただ、問題が色々とありますよ。まず、私が覚醒していませんし、ロイ王太子殿下は恐らく私が精霊と関係あることをご存じです」
「ああ、ロイのことを忘れていたな。今度シータに話しておく」
「そう言えば、竜神王とこの大陸を作っていくとか吠えていた人達は竜神王兄がこの世界に戻っていると知っているのではないですかね?」
「いやー、アイツらは御伽話を利用しているだけで、偽物の竜神王を用意している可能性の方が高いと思うぞ。オレは側近にも竜の姿を見せていないからな」
「えっ!シータにもですか?」
「ああ、見せてないし、話してもない。だが、あいつは気づいていそうだけどな」
「ですよね」
「明日、正教会側はランドル王国の王子たちが観光に来るくらいの気持ちだろう。シータが何かを確信したら、オレ達にも伝えてくるだろう。くれぐれも気を引き締めていこう」
「分かりました。うっかりには気を付けますね。早く寝ないと!」
私は言葉尻に力を入れた。
「オレは案外驚いているんだが、リゼはいつも早寝なんだな」
ルイス様が笑っている。
「睡眠は大切ですよ!!寝不足は心が病んでしまいますからね」
私はルイス様へ真剣に伝える。
「リゼらしくていいと思うよ。さあ片付けて寝る準備をするか」
ルイス様は立ち上がって、先ほどの紙をふわっと投げて燃やした。
「うわっ!火事になったらどうするんですか!!」
私は慌てて立ち上がった。
「これは火事になる火ではないから、大丈夫だ」
ドヤ顔でルイス様が言う。
「ん、火事にならない?そういうのもあるのですね」
「文書などを破棄するときに使う魔術だ。ところで、今晩からは寝室が二つあるようだな。どうする?」
「どうするって、何をですか?」
「安全のためには同じ部屋の方が、、、」
私はジト目でルイス様を見る。
「私、何となく気付いていますよ。同室はルイス様の策略だと、、、」
「策略でも何でもない。一緒がいいだけだ」
うおーっ、安定の開き直り。
「明日、一部屋しか使っていなかったら、お部屋掃除の方にランドル王国の王子たちは爛れた生活をしていると思われたら嫌なので、別部屋を希望します。ルイス様、私の部屋へ強力な結界をお願いしますね」
「なんかオレを使うのが上手くなってきた気がする」
不服そうに言いながらも、ルイス様は右手の掌を上に向けて、光の輪っかを作り出した。
そして、その輪は大きくなって部屋の壁にスッと入っていく。
「これで、この俺たちが使うエリアには、誰も侵入出来ないはずだから安心して大丈夫だ。じゃあ、また明日」
ルイス様は私の頬に軽くキスした。
そのまま、彼は自分の寝室へと歩き出したので、慌てて引っ張って止めた。
「ん?」
何か用?とルイス様が下を向く。
すかさず私はルイス様の首に腕を巻き付けて、くちびるにキスをした。
そして笑顔で、「おやすみなさい、ルイス様!いい夢を」と言って、私の寝室へ走って逃げた。
取り残されたオレは、直ぐに追いかけたい気持ちを我慢した。
一緒に居られるのは嬉しいけど、こんなに我慢が必要になるとは思ってなかった。
それでもリゼに嫌われたくはないから精一杯、紳士でいられるよう頑張ろう。
「おやすみ、リゼ」
黒いフードを被った仮面の男は、暗い部屋の中で、一人の魔術師を問い詰める。
「使役紋で刺客を送っても、上手く動いていないところをみると、縁が切られたようですね」
ボソボソと魔術師は答える。
「縁が切れただと?あの板をもう一度召喚してみろ」
仮面の男が怒気を放つ。
魔術師は物凄く面倒だと思いながらも説明する。
「あの板はもう反応が返ってこないので、無理ですよ。まだ粘るんですか?」
「王太子たちをあの世界に飛ばし、今が好機だというのにお前は本当に使えないな」
投げ捨てるように仮面の男が言い放ち、横の棚を蹴りつける。
「ヤメてくださいよ。大体、生贄にするなら、竜の花嫁に拘らなくてもいいじゃないですか。そもそも、あなた達が狙っていた、あの世界のムラサキノバラを召喚しようとしたら、もう死んでたじゃないですか」
魔術師は震える声で言い返す。
「マキト!それ以上言うな。花嫁は何度でも転生するんだぞ。死んでなんかいねぇ。この世界のどこかに関係のある奴がいるっていうのは分かってんだろ?誰でも良かったら最初からこんな大掛かりなことなんかしねぇよ。どんな手でも使って探し出せよ。分かったか?」
魔術師は異世界から連れて来られなかったムラサキノバラの代わりに、手がかりとなりそうな黒い謎の板を何とか手繰り寄せたが、それも今は手元に無い。
何故なら、その黒い板を使って、王太子たちを異世界に送った挙句、それを紛失したのは目の前にいるこの仮面の男なのだ。
魔術師はこの仮面の男の馬鹿さに呆れていた。
八方塞がりでどうしろと言うのだ。
「まあ、やってみますけど、期待しないでくださいよ」
男は家族を人質にされてなければ、こんな男など闇に葬るのもたやすいのにと、心の中で恨み言を言いながら引き受ける。
仕方ない、正教会の司祭たちにそれらしい女性を適当に探させて、作り上げればいい。
「ルイス様、今夜は月がきれいですよ!」
テラスから夜空を眺めていた私は部屋の中にいるルイス様を呼んだ。
ゆっくりとルイス様はこちらへ歩いてくる。
先ほどまで、私たちは国王陛下のご用意してくださった晩餐会を楽しんだ。
後は旅の疲れを癒すようにと、このお部屋に案内された。
ルイス様と私は相変わらず同室、、、。
多分、警備の都合なのよと自分に言い聞かせる。
「ああ、美しいな。星も綺麗だ。明日もいい天気だといいな」
「はい、明日は正教会に行く日ですからね。シータは何か考えがありそうですね」
「あいつは準備万端みたいだぞ。俺たちが足を引っ張らないようにしないといけないな」
「私も白狼さんに、くれぐれも出てこないでねと呟いてみましたけど、何の手応えもないので不安です」
「オレも精霊のことは、、、。そうだ、丁度いいから精霊の話をしようか?」
「前に言われていた時期が来てない!って、やつですか?」
「そうだ。長くなるといけないし部屋の中で話そう」
ルイス様は私の手を取り、部屋の中に入ると窓を閉めた。
そして、腕を一振りしたと言う事は、防音もしたのだろう。
二人で並んで、ソファーに座った。
「オレの本当の姿、いやこの今の姿も本当の姿なんだが、、、」
「はい分かりますよ。黒い方ですね」
「ああ、その言い方は分かりやすいな。そう黒い方、その姿でいる時は神力が自在に使える。だか、この世界であの黒い姿をむやみに晒すと事件だろう?」
「ええ、驚くでしょうし、怖いって言われるかも知れないですね」
「そう、そこで少し考えていて、リゼの従える精霊たちなら、世の中の人々は怖いと思わず、受け入れそうだなと思っている」
「え???どういう事ですか?」
「分かりにくい言い方をしてごめん。ちょっと話を戻す」
「はい」
「霊廟で一度話したかもしれないが、リゼの生まれ変わる前の彼女の話を詳しくするから聞いて欲しい」
私は頷いた。
「他の大陸の王が、自分の私利私欲のために生贄として竜神王ルーへ彼女を贈ってきたんだ」
「はっ?生贄ですって!」
前にも聞いたかもしれないけど、すっかり忘れていたわ。
「そう、生贄なんて竜神王ルーじゃなくて、オレでも怒るけどな。それで、彼女は何故そのような候補になったかと言うと、精霊と人間のハーフだったからだ」
「精霊とハーフですか。その頃、精霊はそんな身近にいたのですか?」
「ああ、神も身近だった頃だからな。彼女は生まれて間もなく母が亡くなり、周りから虐げられていたんだ。最後は生贄に選ばれて、、、」
「そんな、酷すぎます」
私の声は悲しさと怒りで、震えている。
「ところが、生贄としてこの大陸に来ても、彼女は毎日生き生きとしていて、全く悲壮感など持ち合わせてなかったんだ。そこに竜神王ルーは惹かれたらしい」
「そうなのですね。素敵な女性だったのですね」
ご本人が境遇を気にしてないのなら、本当に良かった。
何でも気の持ちようで、幸せにも不幸にもなるものね。
「まぁ、その魂のかけらが、リゼに入っているのは分かるけどな」
横から手を伸ばし、私の頬を優しく撫でる。
「ルイス様、甘い感じは嬉しいですけど、話の続きが気になります」
私は口を尖らせて、ルイス様を見つめた。
ルイス様は頬から手を放し、再び話し始めた。
「では続きを、一つ目は彼女の父親は精霊王だったということだ。彼女は人々に虐げられても加護に守られていた。それ故、言葉の暴力は止められないが、身体にケガを被ることは無かった」
「精霊王が父親って凄いですね。その加護は何故、竜の王国では効かなかったのですか?」
「彼女は他の大陸から連れて来られたからなのか、その辺の真実は分からない。ただ加護が効かなかったのは間違いないだろう。実際、ドゥに殺されたからな」
「ドゥは彼女が精霊の子と知っていたのかも知れませんね」
「ああ、それで加護を効かないようにしたと考える方がスムーズかもしれないな」
「ええ、他の大陸から来たというなら、加護を与えている守護精霊の邪魔をすれば、精霊王が助けようと向かって来ても、間に合わないかもしれないですよね。あくまで、予想ですけど」
「それで二つ目なのだが、彼女を守護していた白狼とリゼの前に現れた白狼は多分同じだと思う」
「本当ですか!!それって、私が色々な世界に転生しても付いて来ていたのでしょうか?それともこの世界で待っていた!?」
「オレは転生した先にも付いて行ったのではないかと思っている。もしかすると竜神王ルーが指示したのかもしれない」
「随分、過保護な予想ですね」
私がそう言うと、ルイス様は優しく微笑んだ。
「オレならそうすると思ったんだよ」
「ありがとうございます」
恥ずかしくなって思わず、お礼を口にした。
確かに日々過保護にしてもらっている自覚はある。
「それから、リゼ、ミヤビに依頼していた小国の御伽話の件は覚えているか」
「はい、覚えています。何か新しいことでも分かったのですか」
「ああ、分かった。少し長くなるが、これを見てくれ」
ルイス様は懐から出した紙に手をかざして文章を浮き上がらせた。
そして、その紙を私に手渡す。
機密118号文書
ランドル王国
竜神王の御伽話が存在しない。
ベルファント王国
竜神王兄と婚約者は、他の大陸に行って幸せに暮らす。
兄が戻ったら、弟から政権を取り戻す。
旧ヨーク公国
竜神王兄と婚約者は他の大陸に行った。
生贄で他の大陸から来た婚約者に竜神王はそそのかされた。
兄が戻ったら、彼女の魂を生贄にして、弟から政権を取り返す。
ココラ公国
竜神王と婚約者は他の大陸に行った。
元生贄だった婚約者に竜神王はそそのかされた。
兄が戻ったら、彼女の魂を生贄にして、弟から政権を取り返す。
リベラ共和国
竜神王と婚約者は他の大陸に行って幸せに暮らした。
兄が戻ったら、弟から政権を取り戻す。
民族国家アヲイ
竜神王兄と婚約者は殺された。
婚約者は別の大陸から来た妖精と人間の混血児だった。
以上。
確認後は、必ず焼却処理をすること。
私は紙に記載されていることを目で辿る。
ルイス様は詳細を口頭で説明し始めた。
「まず大陸内のベルファント王国、リベラ共和国、ココラ公国及び旧ヨーク公国では、兄と婚約者は他の大陸に行ったという話になっている。これは竜神王の側近が移り住んだという可能性が高い。のちに兄が戻れば政権を取り返すというものだ。また、民族国家アヲイは兄と婚約者は殺されたという話になっている。この国は今も昔も他民族の移住をあまり好まない。故に竜神王の側近が移り住んだ可能性は低い。案外、民族国家アヲイの御伽話は事実に近いかもしれないな。そして、ミヤビの祖国でもあるこの国は、当時から間諜の仕事をしていた可能性が高い」
「兄が戻ってきたら取り返すって言うのは、何だか複雑な気分ですね。今を生きているのに」
「そうだな。それから、婚約者に対する思いも各国で違う。兄と婚約者がその後、幸せになったというのはベルファント王国とリベラ共和国で、婚約者が竜神王ルーをそそのかして、王座から退かせたという悪意のある記述は、ココラ公国と旧ヨーク公国で見られる。次に兄が戻ったら、彼女の魂を持つものを生贄にすると、、、」
「すいませんがルイス様、さすがに鈍感な私でも、これは察します。私を執拗に狙うのは旧ヨーク公国とココラ公国の可能性が高いですね。どうやって私にターゲットを絞ったのかは分かりませんけど」
「ああ、そういうことだとオレも思う。まだ裏は取れていないけどな。後は、ブランド辺境伯爵がちょっとなぁ、、、」
ルイス様は頭を抱える。
「ブランド辺境伯爵が、どうかされたのですか?」
「この各国の御伽話には、ランドル王国に繋がるような記述は一切ないんだ。だが、ブランド辺境伯爵は今回の事件にガッツリ巻き込まれている。どういう経緯で巻き込まれたのかが、気になる」
「確かに御伽話の件は同じ大陸なのにランドル王国だけ除け者のようですよね。実際、わが国にはこういう御伽話は存在していませんし。そうなるとブランド領は確かに気になりますね」
ルイス様は頷いた。
「あと少し補足する。婚約者が他の大陸から来たと記載されていたのは、旧ヨーク大陸と民族国家アヲイ。妖精王と人間の子という記載は民族国家アヲイ。生贄だったという記載はココラ公国と旧ヨーク公国にあった」
ルイス様は、紙を指差しながら、私へ最後まで丁寧に説明してくれた。
「あのー、それで、ええっと、、、。最初にお話ししていた精霊の方が人々は受け入れやすいという話と何か関係がありますか?」
「そうだな、精霊との混血児であることは民族国家アヲイでしか取り上げられていないという事は、その他の国は、婚約者が精霊と関係があるとは知らないということだろう。だから、精霊王に娘がいるという事も知らない。それを切り札にしようとシータは思っているのかもしれないな」
「切り札?それは一体どういう風に?」
「シータが、ここ一番で精霊たちを従える精霊王の娘が参上!という演出くらいしそうだなと思ったんだよ」
「ははは、精霊王の娘が参上!って、、、。ただ、問題が色々とありますよ。まず、私が覚醒していませんし、ロイ王太子殿下は恐らく私が精霊と関係あることをご存じです」
「ああ、ロイのことを忘れていたな。今度シータに話しておく」
「そう言えば、竜神王とこの大陸を作っていくとか吠えていた人達は竜神王兄がこの世界に戻っていると知っているのではないですかね?」
「いやー、アイツらは御伽話を利用しているだけで、偽物の竜神王を用意している可能性の方が高いと思うぞ。オレは側近にも竜の姿を見せていないからな」
「えっ!シータにもですか?」
「ああ、見せてないし、話してもない。だが、あいつは気づいていそうだけどな」
「ですよね」
「明日、正教会側はランドル王国の王子たちが観光に来るくらいの気持ちだろう。シータが何かを確信したら、オレ達にも伝えてくるだろう。くれぐれも気を引き締めていこう」
「分かりました。うっかりには気を付けますね。早く寝ないと!」
私は言葉尻に力を入れた。
「オレは案外驚いているんだが、リゼはいつも早寝なんだな」
ルイス様が笑っている。
「睡眠は大切ですよ!!寝不足は心が病んでしまいますからね」
私はルイス様へ真剣に伝える。
「リゼらしくていいと思うよ。さあ片付けて寝る準備をするか」
ルイス様は立ち上がって、先ほどの紙をふわっと投げて燃やした。
「うわっ!火事になったらどうするんですか!!」
私は慌てて立ち上がった。
「これは火事になる火ではないから、大丈夫だ」
ドヤ顔でルイス様が言う。
「ん、火事にならない?そういうのもあるのですね」
「文書などを破棄するときに使う魔術だ。ところで、今晩からは寝室が二つあるようだな。どうする?」
「どうするって、何をですか?」
「安全のためには同じ部屋の方が、、、」
私はジト目でルイス様を見る。
「私、何となく気付いていますよ。同室はルイス様の策略だと、、、」
「策略でも何でもない。一緒がいいだけだ」
うおーっ、安定の開き直り。
「明日、一部屋しか使っていなかったら、お部屋掃除の方にランドル王国の王子たちは爛れた生活をしていると思われたら嫌なので、別部屋を希望します。ルイス様、私の部屋へ強力な結界をお願いしますね」
「なんかオレを使うのが上手くなってきた気がする」
不服そうに言いながらも、ルイス様は右手の掌を上に向けて、光の輪っかを作り出した。
そして、その輪は大きくなって部屋の壁にスッと入っていく。
「これで、この俺たちが使うエリアには、誰も侵入出来ないはずだから安心して大丈夫だ。じゃあ、また明日」
ルイス様は私の頬に軽くキスした。
そのまま、彼は自分の寝室へと歩き出したので、慌てて引っ張って止めた。
「ん?」
何か用?とルイス様が下を向く。
すかさず私はルイス様の首に腕を巻き付けて、くちびるにキスをした。
そして笑顔で、「おやすみなさい、ルイス様!いい夢を」と言って、私の寝室へ走って逃げた。
取り残されたオレは、直ぐに追いかけたい気持ちを我慢した。
一緒に居られるのは嬉しいけど、こんなに我慢が必要になるとは思ってなかった。
それでもリゼに嫌われたくはないから精一杯、紳士でいられるよう頑張ろう。
「おやすみ、リゼ」
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