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第六章
三条家と私たちの意志③
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「私たちの負けだ、悠互」
彼の顔は『もうどうしようもない』というように、少し緩んでいた。
「ありがとうございます」
悠互さんはお父さんに頭を下げる。
訳がわからなくて思わずキョロキョロしてしまうと、お母さんと思わしき女性が口を開いた。
「ごめんなさいね、杷留さん。あなたを試すようなことをして」
彼女は先ほどと打って変わったように、優しい笑みを浮かべていた。
その笑みは悠互さんのものとそっくりで、彼らが親子なのだと改めて実感した。
「悠互がこのところ、熱心に私にコンタクトを取ってきてね。たくさん、悠互の作品を見せられたんだよ」
「え……」
お父さんが紡いだ言葉に、私は思わず声をもらした。
彼も先ほどとは異なる、優しい顔をしていた。
それで、私の緊張が少しずつ解けてゆく。
「悠互には悠互の人生がある。そしてそれを、きちんと歩んでいるのだと確認した。杷留さん、悠互は君のことも熱心に説明してくれたよ。君と共に歩む未来に、三条家をこれ以上関わらせないで欲しいと」
思わぬ言葉に、胸がじわんと解けてゆく。
三条さんは、それほどに私のことを――。
悠互さんを見上げると、彼は自信に満ちた表情で私を見ている。
優しい眼差しが、愛しいと伝えてくれているようだ。
「結婚を機に三条が君たちに金輪際関わらないようにと、誓約書まで送ってきた。だから、君の気持ちを確認させてもらいたいと悠互に伝えたんだ。君たちの気持ちが本物なら、誓約書を記入して返すとね」
お父さんはそう言うと、スーツの内ポケットから一通の封筒を取り出す。
「悠互」
お父さんは彼の名を呼び、厳しい視線を向けている。
だけど手元では、封筒をしっかりと差し出していた。
「自由に生きなさい。三条家が悠互たちに関わらないよう、私がきちんと監督する。だが、それ以外のことは、私は金輪際手を貸さないよ」
それは少し寂しいことでもある。
だけど、きっとこれが三条家と悠互さんにとって、最善の答えなのだろう。
「はい」
悠互さんは返事をすると、丁寧に封筒を受け取る。
さっそく中を確認し、私にも見せてくれた。
中には【誓約書】の文字と、三条家と今後一切の関わりを持たせないことが書かれており、お父さんのほかに、お姉さんの署名も入っている。
「政治家になるのをやめて、三条家から逃げたくせに」
お姉さんがこぼれ落ちるようにそう言ったが、悠互さんは紙を封筒に戻すと言った。
「俺は二度と三条家には戻らない。それが、俺の決めた道だ」
悠互さんの言葉に、お姉さんは心底嫌そうな顔をする。
だけど、私は分かっていた。
誓約書に署名をしてくれたのだ。お姉さんだって、きっと私たちのことを認めてくれたのだ、と。
「用事が済んだならさっさと立ち去って。あんたたちみたいな〝弟夫婦〟がこの家にいると思うと、それだけで気分が悪くなるわ」
お姉さんはそう言うと立ち上り、カツカツとヒールを鳴らして部屋から出ていってしまった。
私たちはその後、お父さんとお母さんに見送られ、車へ向かった。
「杷留さん」
「はい!」
不意に名前を呼ばれ、背筋が伸びる。
だけど、お二人は優しい笑みのまま、私たちを向いていた。
「うちの愚息を、よろしく頼むよ」
お母さんは少し寂しそうに、お父さんに寄り添っている。
だけどその笑みが、私たちを認めてくれたのだと思わせてくれた。
「二度と戻るな」
お父さんはそう言うと、お母さんと連れ立って家の中へと戻って行く。
「はい」
悠互さんはなにかを噛み締めるようにそう二人の背中につぶやく。
それから、大きすぎる洋館を見上げ寂しそうな顔をした。
だけどすぐ、悠互さんは私ににこりと微笑む。
「行こうか、杷留」
そう言うと、助手席の扉を開けてれる。
「……はい」
私はゆっくりと、助手席に乗り込んだ。
悠互さんがこの場所にお別れを、しっかりとできるように。
***
悠互さんの運転で、三条家を出た。
悠互さんは何も言わずにステアリングを握っている。
日はすっかり傾き、西日が車内に差し込む。
その日が悠互さんの横顔を、切なげに照らしている。
「杷留、ありがとうな」
不意に、悠互さんが口を開いた。
「杷留が俺を愛していると父に告げてくれたのが、何よりも嬉しかった」
悠互さんはそう言うと、クスリと笑う。
だけど私はどうしても寂しくなってしまった。悠互さんは、もうあの家に戻れないのだ。
「本当に、良かったんですか?」
思わず聞いてしまうと、悠互さんの優しい左手が私の頭に伸びてきた。
「良いんだ。俺の未来は、杷留と共にあるんだから」
悠互さんの手は私の頭をぽんぽんと、優しく撫でる。
「それに、ずっとこうしたいと思っていた。今回のことは、長年悩んでいた三条家からのしがらみを解くきっかけになったんだ。だから、俺は嬉しいよ」
車が赤信号で止まり、悠互さんはこちらに優しい笑みを向けた。
「これから先は、杷留だけが俺の家族だ。永遠に幸せにすると、誓ったんだからな」
「悠互さん……」
その顔は、先ほどまでの憂いを纏ってはいない。
代わりに、キラキラとした希望の瞳で、まっすぐに私を見つめている。
「はい。かっこいい旦那さんを支えられるように、私も頑張ります」
そう言うと、悠互さんはくすりと笑う。
「杷留は、世界一の奥さんだ」
信号が青に変わる。
私たちは静かな車内で、互いにくすりと笑い合いながら、幸せな未来に想いを馳せた。
彼の顔は『もうどうしようもない』というように、少し緩んでいた。
「ありがとうございます」
悠互さんはお父さんに頭を下げる。
訳がわからなくて思わずキョロキョロしてしまうと、お母さんと思わしき女性が口を開いた。
「ごめんなさいね、杷留さん。あなたを試すようなことをして」
彼女は先ほどと打って変わったように、優しい笑みを浮かべていた。
その笑みは悠互さんのものとそっくりで、彼らが親子なのだと改めて実感した。
「悠互がこのところ、熱心に私にコンタクトを取ってきてね。たくさん、悠互の作品を見せられたんだよ」
「え……」
お父さんが紡いだ言葉に、私は思わず声をもらした。
彼も先ほどとは異なる、優しい顔をしていた。
それで、私の緊張が少しずつ解けてゆく。
「悠互には悠互の人生がある。そしてそれを、きちんと歩んでいるのだと確認した。杷留さん、悠互は君のことも熱心に説明してくれたよ。君と共に歩む未来に、三条家をこれ以上関わらせないで欲しいと」
思わぬ言葉に、胸がじわんと解けてゆく。
三条さんは、それほどに私のことを――。
悠互さんを見上げると、彼は自信に満ちた表情で私を見ている。
優しい眼差しが、愛しいと伝えてくれているようだ。
「結婚を機に三条が君たちに金輪際関わらないようにと、誓約書まで送ってきた。だから、君の気持ちを確認させてもらいたいと悠互に伝えたんだ。君たちの気持ちが本物なら、誓約書を記入して返すとね」
お父さんはそう言うと、スーツの内ポケットから一通の封筒を取り出す。
「悠互」
お父さんは彼の名を呼び、厳しい視線を向けている。
だけど手元では、封筒をしっかりと差し出していた。
「自由に生きなさい。三条家が悠互たちに関わらないよう、私がきちんと監督する。だが、それ以外のことは、私は金輪際手を貸さないよ」
それは少し寂しいことでもある。
だけど、きっとこれが三条家と悠互さんにとって、最善の答えなのだろう。
「はい」
悠互さんは返事をすると、丁寧に封筒を受け取る。
さっそく中を確認し、私にも見せてくれた。
中には【誓約書】の文字と、三条家と今後一切の関わりを持たせないことが書かれており、お父さんのほかに、お姉さんの署名も入っている。
「政治家になるのをやめて、三条家から逃げたくせに」
お姉さんがこぼれ落ちるようにそう言ったが、悠互さんは紙を封筒に戻すと言った。
「俺は二度と三条家には戻らない。それが、俺の決めた道だ」
悠互さんの言葉に、お姉さんは心底嫌そうな顔をする。
だけど、私は分かっていた。
誓約書に署名をしてくれたのだ。お姉さんだって、きっと私たちのことを認めてくれたのだ、と。
「用事が済んだならさっさと立ち去って。あんたたちみたいな〝弟夫婦〟がこの家にいると思うと、それだけで気分が悪くなるわ」
お姉さんはそう言うと立ち上り、カツカツとヒールを鳴らして部屋から出ていってしまった。
私たちはその後、お父さんとお母さんに見送られ、車へ向かった。
「杷留さん」
「はい!」
不意に名前を呼ばれ、背筋が伸びる。
だけど、お二人は優しい笑みのまま、私たちを向いていた。
「うちの愚息を、よろしく頼むよ」
お母さんは少し寂しそうに、お父さんに寄り添っている。
だけどその笑みが、私たちを認めてくれたのだと思わせてくれた。
「二度と戻るな」
お父さんはそう言うと、お母さんと連れ立って家の中へと戻って行く。
「はい」
悠互さんはなにかを噛み締めるようにそう二人の背中につぶやく。
それから、大きすぎる洋館を見上げ寂しそうな顔をした。
だけどすぐ、悠互さんは私ににこりと微笑む。
「行こうか、杷留」
そう言うと、助手席の扉を開けてれる。
「……はい」
私はゆっくりと、助手席に乗り込んだ。
悠互さんがこの場所にお別れを、しっかりとできるように。
***
悠互さんの運転で、三条家を出た。
悠互さんは何も言わずにステアリングを握っている。
日はすっかり傾き、西日が車内に差し込む。
その日が悠互さんの横顔を、切なげに照らしている。
「杷留、ありがとうな」
不意に、悠互さんが口を開いた。
「杷留が俺を愛していると父に告げてくれたのが、何よりも嬉しかった」
悠互さんはそう言うと、クスリと笑う。
だけど私はどうしても寂しくなってしまった。悠互さんは、もうあの家に戻れないのだ。
「本当に、良かったんですか?」
思わず聞いてしまうと、悠互さんの優しい左手が私の頭に伸びてきた。
「良いんだ。俺の未来は、杷留と共にあるんだから」
悠互さんの手は私の頭をぽんぽんと、優しく撫でる。
「それに、ずっとこうしたいと思っていた。今回のことは、長年悩んでいた三条家からのしがらみを解くきっかけになったんだ。だから、俺は嬉しいよ」
車が赤信号で止まり、悠互さんはこちらに優しい笑みを向けた。
「これから先は、杷留だけが俺の家族だ。永遠に幸せにすると、誓ったんだからな」
「悠互さん……」
その顔は、先ほどまでの憂いを纏ってはいない。
代わりに、キラキラとした希望の瞳で、まっすぐに私を見つめている。
「はい。かっこいい旦那さんを支えられるように、私も頑張ります」
そう言うと、悠互さんはくすりと笑う。
「杷留は、世界一の奥さんだ」
信号が青に変わる。
私たちは静かな車内で、互いにくすりと笑い合いながら、幸せな未来に想いを馳せた。
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