交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

文字の大きさ
40 / 48
第六章

互いの気持ちを確かめて③

しおりを挟む
「三条、さん……」

 驚き呟いたまま動けないでいると、こちらに駆けてきた三条さんにぎゅっと強く抱きしめられた。

 胸が一段と大きく跳ねる。
 それと同時に、大好きな彼の香りが鼻をかすめた。

「好きだ。大好きだ。だから、離婚するなんて言わないでくれ」

 信じられない彼からの言葉。
 だけど、私を抱きしめる腕の力が、ピッタリと合わさった胸から聞こえる彼の鼓動の速さが、それを嘘じゃないと私に伝える。

「でも三条さん、私に『離婚しよう』って――」
「あれはこれ以上、杷留を巻き込みたくないと思ったからだ。言葉が足りなくて、申し訳なかった」

 こぼした疑問は、すぐに優しさに包みこまれた。

「あの日、俺は杷留の優しさに甘えすぎて、呆れられたのだと思っていた。だから、これ以上杷留の負担になりたくないと思ったんだ」
「そんな……負担なわけないです! むしろ、私の方が……」

 言いながら、気がついた。
 私たちは、どうやら互いに相手の負担だと思い込み、離れようとしていたのだ、と。

 言葉の途中で黙ってしまうと、三条さんは腕の力を緩める。代わりに、私の瞳をじっと見つめた。
 その瞳は、優しく慈愛に満ちている。

「杷留がいないと、寂しくてたまらない。好きだったんだ。最初から、ずっと」
「最初から……?」

 思わずこぼすと、三条さんはほんのり頬を赤らめ頷いた。

「思い出したんだ。あの夜のことを、全部」
「え……?」

 思わず彼をじっと見てしまう。
 三条さんはバツが悪そうに一度視線を逸らしたが、もう一度私と目を合わせて口を開いた。

「俺はあの夜、杷留にプロポーズした。世界で一番幸せにすると誓った。……俺の勝手な妄想と思われても仕方ないが」

 突然告げられた事実に目をしばたたかせていると、三条さんは私の背に回していた腕を解き、自嘲するように笑った。

「杷留が好きだと言っていた富永さんの広告は、俺が学生の頃、インターンで作成したものだったんだ。それで、俺は杷留なら過去の自分までも全て愛してくれるのだと、そう感じたんだ」

 彼の言葉に、頬が熱くなるのを感じた。
 恥ずかしすぎる。私はあの夜、あの広告にどれだけ心を動かされたか、どれだけ自分を救ってくれたのかを力説していたところまでの記憶はあるのだ。

「結婚したのは、困っている杷留を助けたかったから。それ以上に、杷留と一緒にいる未来は幸せで満ちていると思ったんだ」

 三条さんはそう言うと、私の頬をそっと撫でる。
 彼のひんやりとした手が、愛しい。

「でも、これは俺の勝手な想いだ。杷留は同じじゃない、だから離婚届を置いて出て行ったのだと思った。だが――」

 三条さんは愛しいと伝えるようにじっと私を見つめ、続きを紡ぐ。

「杷留も、俺と同じでいてくれたんだよな」
「……はい」

 こくりと頷くと、三条さんの腕が再び私を包んだ。
 温かい彼の腕の中で、幸せに満たされる。私は三条さんの背に、そっと手を伸ばした。

「私、三条さんは結婚した記憶がないことに対する責任感で、私に優しく接してくれていたんだろうって思ってました」

 そう言うと、三条さんは私を抱きしめたまま、髪を優しく撫でてくれる。
 思わず涙が溢れ出しそうになるが、三条さんが思いを伝えてくれたのだから、今度は私の番だと必死に言葉を紡ぐ。

「好きだって伝えたら、きっと三条さんはそれを受け止めて優しくしてくれる。でもそれじゃ三条さんを苦しめるだけだって思って……。でも、そばにいたらどんどん離れがたくなるって思って、離婚届を置いて、家を出たんです。勝手なことをして、ごめんなさい」

 言いながら、自身の身勝手さに気が付いた。
 三条さんの気持ちを、きちんと聞けばよかった。
 話すことから逃げて、勝手に勘違いして、彼を傷つけた。

 涙声の私の謝罪を、三条さんは優しく髪を撫でながら聞いてくれた。

「いいんだ。こうして、見つけられたから」

 三条さんはそう言うと、私を抱きしめる力を強くする。

「言葉足らずだったのは、お互い様だ。だから――」

 ふと黙ってしまった三条さんを見上げる。
 彼は揺れるような瞳で、私をじっと見つめていた。

「もう、離れないでくれ。離婚もしたくない。そばにいて欲しいんだ」
「三条さん……」

 必死に愛を伝えてくれる彼に、私は彼の背に回す腕に力を込めた。

「もちろんです。そばに、いさせてください」
「ありがとう」

 三条さんが噛み締めるようにそう言って、私の背を強く抱く。
 どうしよう、ものすごく――幸せだ。

「あの、これ」

 しばらく抱き合っていたが、聞こえてきた声にはっとした。

 声の主は都路くんだった。彼はいつの間にか、私のスーツケースを手にしている。

「帰るだろ、だから。笹山に言ったら、荷造りしてくれた。笹山、一人で大泣きしてたみたいで、帰ったら落ち着いてたよ」

 どうやら、都路くんは私たちが話している間にビールを買って南江の家に戻り、それから私の荷物を持ってきてくれたらしい。

「ありがとう……」

 先ほど告白されてしまった手前、うまく返せない。
 曖昧に答えると、都路くんは私ににこっと笑った。
 それから、三条さんに真剣な顔をする。

「三条さん、早苗のこと絶対に幸せにしてくださいよ。じゃないと、俺――」
「ああ。色々と、ありがとう」

 なにか言いかけたまま都路くんが黙ってしまうと、三条さんは真剣な顔で都路くんにそう返した。
 それから、都路くんは会釈すると、私たちに背を向け去って行った。

「三条さん、都路くんと何を?」
「気にするな、こっちの話だ。それから――」

 三条さんは突然、私の顎をくいっと持ち上げた。目の前で満足そうな笑みを浮かべ、私に短いキスを落とす。
 ぽっと頬が熱を持つ。三条さんは口を開いた。

「俺たちは〝夫婦〟だ。だから……名前で呼んでくれないか?」

 三条さんは優しい笑みのまま、私をじっと見つめる。

 鼓動が早まり、うまく息ができない。
 だけど、愛しい彼の名前を呼びたい。

「……悠互、さん」

 小さく、呟くような声しか出なかった。目の前で、彼が幸せを噛み占めるみたいに笑う。

 だけどその瞬間、私は目をしばたたかせた。
 頭の中から記憶の渦が溢れ出すみたいに、怒涛のようにあの夜の記憶が戻ってきたのだ。

「どうした?」

 固まってしまった私を見て、悠互さんが心配そうに私の顔を覗く。

「……思い出しました。あの夜のこと」

 彼の名前を呼び、幸せに包まれて抱かれたあの夜。
 それだけじゃない。三条さんからの、熱烈なプロポーズ。夢見心地で提出した、婚姻届。

 どうして失ってしまっていたのだろう。
 こんなに、愛しい記憶を。

「私、悠互さんと結婚できて……すごく、嬉しかった。あの夜、ものすごく幸せでした」

 あの夜から――彼の広告だったと知った時から。熱心にあの広告について、語る彼を見た時から。
 彼のことが、私はずっと好きだった。憧れたのが彼だと知って、嬉しかった。

 私たちは互いに、ちゃんと想いを通わせていたんだ。
 嬉しさ、申し訳なさ、色々な感情がないまぜになって、私を襲う。
 だけどそのどれもが幸せな色をしていて、そのことをちゃんと彼に伝えたいと思った。 

「あの……」

 私は姿勢を正し、彼を見つめた。

「……大好きです。ずっと、大好きでした。悠互さん」

 改めて告げると、悠互さんは目を丸くする。
 だけどそれは一瞬で、すぐに私の手を取り指を絡めると、幸せそうな笑みを浮かべてくれた。

「俺も、杷留が大好きだ。帰ろうか、俺たちの家に」
「はい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

普通のOLは猛獣使いにはなれない

ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。 あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。 普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。

堅物上司の不埒な激愛

結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。 恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。 次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。 しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

俺を好きになるな、お前を愛していない、極道の目覚めた独占欲

ラヴ KAZU
恋愛
父親の会社が倒産の危機にさらされる一人娘の加子。 男を知らずに三十六年間生きてきた。 父親の会社の危機を救う代わりに結婚を強要してきた林田。 加子はひょうんなことから知り合った極道三国蓮也に一目惚れをする。 林田にはじめてを捧げたくない加子は、蓮也と一夜を共にする。 そして、蓮也への想いが諦められない加子は蓮也のマンションで暮らすことになった。 蓮也は極悪非道のヤクザの組長、危険な男の毒に侵される加子。 果たして加子は蓮也との未来を手にすることが出来るのか。 そして、蓮也は加子を愛せるのか。

いじわるドクター

羽村 美海
恋愛
♪゜・*:.。. .。.:*・♪ 元彼にフラれる時に言われた言葉がトラウマになってしまった芽依は、もう恋なんてしない、できないと思っていた。 ある朝、アパートのエレベーターで居合わせた超絶イケメンの彼。 その彼と再会させてくれたのは、突然現れて芽依にぶつかってきた可愛い真っ白な子猫だった。 動物には、優しくて、眩しいほど素敵な王子様の様な笑顔を向ける彼は、芽依には、素っ気なくて、とっても無愛想な獣医さんだった。 迷子だという可愛い真っ白な子猫の元へ通ううち、獣医である彼に少しずつ惹かれていく芽依。 そんな芽依に、思いもしなかった展開が待っているのだった。 例え、身体だけの関係だったとしても… あなたの傍に居たい……。 *スレ違いから始まってしまった恋* *焦れ焦れ大人の純愛story* 甘く切なくもどかしい不器用な恋を見守って頂けると幸いです♪ ※大人表現満載になっていますので、苦手な方はくれぐれもご注意下さい。 【無断転載禁止】 ♪゜・*:.。. .。.:*・♪ 社会人1年生の高岡芽依<タカオカ メイ> 20歳 ツンデレ?イケメン獣医師の五十嵐海翔<イガラシ カイト> 27歳 ♪゜・*:.。. .。.:*・♪ こちらは、数年前にエブリスタさんで連載していたものです。 ⚠「Reproduction is prohibited.(転載禁止)」 ※サイトで投稿をはじめた頃の作品です。読みにくいと思いますがご容赦いただけると幸いです🍀

処理中です...