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第六章
互いの気持ちを確かめて②
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日が沈んだ夜の街を、都路くんと歩く。
寒さはいっそう増していて、私はコートを抱きしめるようにして歩いていた。
しかし、公園の前に差し掛かったとき。
足早にコンビニへ向かおうとした私の腕を、不意に都路くんが引っ張って止めた。
「なあ」
「ん?」
「三条さん、心配してんじゃねえの? 帰らなくていいのか?」
振り返った私の顔を真剣に見つめ、都路くんが言った。
部屋にあったスーツケースと、慌てて畳んだ来客用の敷布団は都路くんにバッチリ見られている。
きっと彼は、私が三条さんと喧嘩して、家出してきたとでも思っているのだろう。
「いいの。もう、彼とは終わったから」
「はあ?」
足を止めそう言うと、都路くんは眉間に皺を寄せる。私は苦笑いを浮かべた。
「嫌われちゃったから。三条さんは優しいから突き放したりしなかったけど……それじゃあ、私が彼を苦しめるだけだから」
「それで、家を出てきたのか?」
都路くんの眉間の皺が増える。わたしはコクリと頷いた。
「ちゃんと、手紙も残してきたよ。離婚届と、一緒に」
「〝結婚〟したんだよな? そんな軽い恋愛みたいな……」
都路くんはそう言いかけて、私の腕をコンビニではなく公園方向へ引っ張った。
先ほど見た時には元気に走り回っていた子どもたちは、もういない。
誰もいない公園は、冬の凛とした空気の中で、しんとしている。
「そもそもお前、何で三条さんと結婚したんだよ」
「……分からない」
公園の中、誰もいない遊具の前。
都路くんに訊かれ、しばらくの沈黙の後、私はそう答えることしかできなかった。
「覚えてないの。結婚した時のこと」
いいながら虚しくなって、俯いた。
「んなこと、あり得ねーだろ」
「あり得ないと、私も思ったよ。でも、結婚してた。朝起きたら、三条さんの家にいて……職場に着いたら、冨永局長に祝福されて。戸籍確認したら、ちゃんと戸籍が変わってた」
顔を上げ、言いながら半ばムキになってしまう。
だけどすぐにまた虚しくなって、私はため息をこぼした。
「酔ってたから、互いに覚えてないの。でも、ちゃんと理由はあったんだよ。互いに困ってることがあって、結婚したら解決することだったから」
私は親からの結婚しろ攻撃を止めるため。
三条さんはあの家から戸籍を外れるため。
私たちはきっとあの夜、互いの困りごとを解決するために結婚したのだ。
笑っていたのは、互いに家族から解放されると思っていたから。
「利害一致婚ってやつか」
都路くんの言葉が、腑に落ちた。
「うん、たぶん。そうだと思う」
言いながら、目頭から熱くなる。思わずうつむくと、ほろりと涙が溢れた。
愛なんてない。私たちの間にあったのは、利害の一致だけ。
三条さんがやたらと『利用しろ』と言ったのは、そういうことだったんだ。
それなのに、私は――。
冷たい風が吹いてきて、私の鼻がツンとなる。
涙を袖でぬぐっていると、都路くんの声が頭上から降ってきた。
「じゃあ、なんで傷ついてんだよ」
「都路くんには関係ないじゃない!」
顔を上げながら、思わず怒鳴ってしまった。
踏み込んで来ないで。これ以上、私を惨めにしないで。
彼をキッと睨む。涙でぼやけた視界の先で、都路くんはなぜか自分が傷ついたみたいな顔をしていた。
だけど、彼に謝る気にはなれなかった。
利害一致婚だったのに恋心を抱くなんて、バカみたいだ。
だけど、ちっぽけなプライドが私を素直にさせてくれない。
誰にだって知らない一面がある。知られたくない面だってある。
同期で、優秀な営業局の彼だから。
同期で、優秀なメディア局のディレクターとして、彼の隣にいたい。
「なあ、早苗」
彼を睨んだままの私に、都路くんは歩み寄り、ためらいがちに私の名前を紡いだ。
予想外の彼の行動に、私は動けなくなってしまう。
睨んだまま戸惑っていると、彼の手が私の頬へ伸びてきた。
そのまま、ひんやりとした彼の手が、かすめるように私の頰に触れる。
「俺と、付き合ってよ」
「え?」
思わず聞き返す。
「離婚するんだろ? だったら、俺が早苗の傷、癒してやるよ」
都路くんはそう言うと、頬をかすめていた手を滑らせ、私の顎をくいっと持ち上げる。
自信に満ちた瞳が、私を捉えた。
後ろで簡単にくくっただけの髪。
すっぴんでスウェットにコートを羽織っただけ。
こんなズボラな姿の女子に、言う言葉じゃない。
「馬鹿なこと、言わないでよ」
私の顎を持ち上げた彼の手に触れ、元の場所へ押し戻す。
おちょくってるなら許さない。慰めてるつもりなら、そんなものいらない。
そう、思ったのに――。
「俺は本気だ。ずっと、早苗のこと好きだったんだから」
彼はそう言うと、私が押し戻したはずの手で私の髪に優しく触れた。
優しいその笑みは、その場限りの嘘じゃないと私に訴えてくるようだ。
「ごめん。私はもう、恋なんてしない」
彼の手から逃げるように、私は後ずさった。
彼の手は、優しく宙を落ちてゆく。だけど、下に向かう途中で、再びこちらに伸ばされた。
「前にも、そう俺に言ったよな。だから、俺はずっと早苗への気持ちをセーブしてた。大学の頃の恋がトラウマだったんだろ? でも、早苗はちゃんと恋をした。次は俺が惚れさせてやるよ。だから、俺と――」
「無理だよ!」
思わず大きな声が出てしまい、一歩後ずさった。
私は、都路くんとは付き合えない。
「……それは、三条さんが好きだからか?」
今度こそ手を下ろした都路くんの問いに、私はそっと頷いた。
「……好き。大好き。だから、想いが溢れないうちに、離れたの」
言いながら、再び涙が溢れた。もう、惨めでもなんでもいい。
彼の想いを突っぱねてしまった私にはちっぽけなプライドは残っておらず、代わりに三条さんへの想いが溢れた。
「三条さんが好きなの! 本当は離れたくなんかない!」
ぐしゃぐしゃになりながら、叫ぶ。
私は、三条さんが好きだ。大好きだ。
「そっか」
都路くんはため息交じりにそう言うと、私の背後に視線を向けた。
こちらに駆けてくる、誰かの足音がする。思わず振り返った。
「俺もだ!」
聞こえたのは、愛しい声。
とくり、とくり。心臓が早まる。
こんなこと、あり得ない。そう思いながら、じっと目を凝らす。
息を切らしながらこちらに駆けてくる、三条さんがいた。
寒さはいっそう増していて、私はコートを抱きしめるようにして歩いていた。
しかし、公園の前に差し掛かったとき。
足早にコンビニへ向かおうとした私の腕を、不意に都路くんが引っ張って止めた。
「なあ」
「ん?」
「三条さん、心配してんじゃねえの? 帰らなくていいのか?」
振り返った私の顔を真剣に見つめ、都路くんが言った。
部屋にあったスーツケースと、慌てて畳んだ来客用の敷布団は都路くんにバッチリ見られている。
きっと彼は、私が三条さんと喧嘩して、家出してきたとでも思っているのだろう。
「いいの。もう、彼とは終わったから」
「はあ?」
足を止めそう言うと、都路くんは眉間に皺を寄せる。私は苦笑いを浮かべた。
「嫌われちゃったから。三条さんは優しいから突き放したりしなかったけど……それじゃあ、私が彼を苦しめるだけだから」
「それで、家を出てきたのか?」
都路くんの眉間の皺が増える。わたしはコクリと頷いた。
「ちゃんと、手紙も残してきたよ。離婚届と、一緒に」
「〝結婚〟したんだよな? そんな軽い恋愛みたいな……」
都路くんはそう言いかけて、私の腕をコンビニではなく公園方向へ引っ張った。
先ほど見た時には元気に走り回っていた子どもたちは、もういない。
誰もいない公園は、冬の凛とした空気の中で、しんとしている。
「そもそもお前、何で三条さんと結婚したんだよ」
「……分からない」
公園の中、誰もいない遊具の前。
都路くんに訊かれ、しばらくの沈黙の後、私はそう答えることしかできなかった。
「覚えてないの。結婚した時のこと」
いいながら虚しくなって、俯いた。
「んなこと、あり得ねーだろ」
「あり得ないと、私も思ったよ。でも、結婚してた。朝起きたら、三条さんの家にいて……職場に着いたら、冨永局長に祝福されて。戸籍確認したら、ちゃんと戸籍が変わってた」
顔を上げ、言いながら半ばムキになってしまう。
だけどすぐにまた虚しくなって、私はため息をこぼした。
「酔ってたから、互いに覚えてないの。でも、ちゃんと理由はあったんだよ。互いに困ってることがあって、結婚したら解決することだったから」
私は親からの結婚しろ攻撃を止めるため。
三条さんはあの家から戸籍を外れるため。
私たちはきっとあの夜、互いの困りごとを解決するために結婚したのだ。
笑っていたのは、互いに家族から解放されると思っていたから。
「利害一致婚ってやつか」
都路くんの言葉が、腑に落ちた。
「うん、たぶん。そうだと思う」
言いながら、目頭から熱くなる。思わずうつむくと、ほろりと涙が溢れた。
愛なんてない。私たちの間にあったのは、利害の一致だけ。
三条さんがやたらと『利用しろ』と言ったのは、そういうことだったんだ。
それなのに、私は――。
冷たい風が吹いてきて、私の鼻がツンとなる。
涙を袖でぬぐっていると、都路くんの声が頭上から降ってきた。
「じゃあ、なんで傷ついてんだよ」
「都路くんには関係ないじゃない!」
顔を上げながら、思わず怒鳴ってしまった。
踏み込んで来ないで。これ以上、私を惨めにしないで。
彼をキッと睨む。涙でぼやけた視界の先で、都路くんはなぜか自分が傷ついたみたいな顔をしていた。
だけど、彼に謝る気にはなれなかった。
利害一致婚だったのに恋心を抱くなんて、バカみたいだ。
だけど、ちっぽけなプライドが私を素直にさせてくれない。
誰にだって知らない一面がある。知られたくない面だってある。
同期で、優秀な営業局の彼だから。
同期で、優秀なメディア局のディレクターとして、彼の隣にいたい。
「なあ、早苗」
彼を睨んだままの私に、都路くんは歩み寄り、ためらいがちに私の名前を紡いだ。
予想外の彼の行動に、私は動けなくなってしまう。
睨んだまま戸惑っていると、彼の手が私の頬へ伸びてきた。
そのまま、ひんやりとした彼の手が、かすめるように私の頰に触れる。
「俺と、付き合ってよ」
「え?」
思わず聞き返す。
「離婚するんだろ? だったら、俺が早苗の傷、癒してやるよ」
都路くんはそう言うと、頬をかすめていた手を滑らせ、私の顎をくいっと持ち上げる。
自信に満ちた瞳が、私を捉えた。
後ろで簡単にくくっただけの髪。
すっぴんでスウェットにコートを羽織っただけ。
こんなズボラな姿の女子に、言う言葉じゃない。
「馬鹿なこと、言わないでよ」
私の顎を持ち上げた彼の手に触れ、元の場所へ押し戻す。
おちょくってるなら許さない。慰めてるつもりなら、そんなものいらない。
そう、思ったのに――。
「俺は本気だ。ずっと、早苗のこと好きだったんだから」
彼はそう言うと、私が押し戻したはずの手で私の髪に優しく触れた。
優しいその笑みは、その場限りの嘘じゃないと私に訴えてくるようだ。
「ごめん。私はもう、恋なんてしない」
彼の手から逃げるように、私は後ずさった。
彼の手は、優しく宙を落ちてゆく。だけど、下に向かう途中で、再びこちらに伸ばされた。
「前にも、そう俺に言ったよな。だから、俺はずっと早苗への気持ちをセーブしてた。大学の頃の恋がトラウマだったんだろ? でも、早苗はちゃんと恋をした。次は俺が惚れさせてやるよ。だから、俺と――」
「無理だよ!」
思わず大きな声が出てしまい、一歩後ずさった。
私は、都路くんとは付き合えない。
「……それは、三条さんが好きだからか?」
今度こそ手を下ろした都路くんの問いに、私はそっと頷いた。
「……好き。大好き。だから、想いが溢れないうちに、離れたの」
言いながら、再び涙が溢れた。もう、惨めでもなんでもいい。
彼の想いを突っぱねてしまった私にはちっぽけなプライドは残っておらず、代わりに三条さんへの想いが溢れた。
「三条さんが好きなの! 本当は離れたくなんかない!」
ぐしゃぐしゃになりながら、叫ぶ。
私は、三条さんが好きだ。大好きだ。
「そっか」
都路くんはため息交じりにそう言うと、私の背後に視線を向けた。
こちらに駆けてくる、誰かの足音がする。思わず振り返った。
「俺もだ!」
聞こえたのは、愛しい声。
とくり、とくり。心臓が早まる。
こんなこと、あり得ない。そう思いながら、じっと目を凝らす。
息を切らしながらこちらに駆けてくる、三条さんがいた。
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