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第二章

133話 三人目の英雄

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 私は歳三と孔明を呼び出し裏庭に向かった。

 ハオランには「スキルの発動中は無防備だから念のために」と説明し、歳三らに警護を頼んだのだが、その真意はハオランから私を守ってもらうためだ。
 信頼できる者をなるべく傍に置いておけば、ハオランも万が一にも手を出しはしないだろう。と、信じたい。

 むしろ、これから竜人に手を出されず、信頼関係を築くために私がハオランの前でスキルを使って見せるのだ。
 スキルとその使い道。つまりは私の歩む道をすぐ側で見せつけ、竜人族にある言い伝えの悪い転生者と私が違うことを証明するのだ。

「次は軍人なんだったな。ソイツは楽しみだぜ!」

「ええ。我が策の新たな可能性を思索するためにも、レオ、早くその力を見せてください!」

 歳三と孔明は待ちきれないといった表情で私を見つめる。

 ハオランだけは何の感情も読み取れない、どこまでも深く落ちていくような瞳を私に差し向けている。

「まあそう焦らせないでくれ。これは毎回間隔が空く上にまだ三回目なんだ」

 私は努めて明るい声色でそう言いながら袖を捲った。

 腕に光る『暴食龍の邪眼』が埋め込まれたブレスレットは、渦巻くような魔力の光を放っている。

「ふぅ……。それじゃあ、見ててくれ……。────『英雄召喚』ッ……!」

 そう唱えた瞬間、邪眼が放つ眩い眼光が私を包み込み、私から視覚だけでなく一切の感覚を奪い去っていく。
 私が最後にこの世界で感じたのは、歳三たちの感嘆の声と鳥が羽ばたき去って行く音だった。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 目を開けると、もはや懐かしさすら感じる例の実体の掴めない白い部屋だった。
 前の方に見える扉へ一歩踏み出すと、どこからともなく目の前に半透明の板が現れた。

『名前を入力してください』

 そう薄い文字で書かれた空欄に、キーボードで彼の名前を打ち込んでいく。

「ええと……、『ハンス=ウーリッヒ・ルーデル』──っと……」

 本名が漢字であった孔明と違い、ドイツ人である彼の名前を日本語で入力して大丈夫かという心配はある。
 だが正確なスペルを調べる方法もない以上、『英雄召喚』の力を信じるしかない。

 私が確定のボタンを押すと板は霧のように消え、扉への道が開けた。

 扉に近づき、そっと開け、次の部屋に踏み出す。
 すると再び眩い光が私の目を刺した。




 目を開けるとそこはとある小さなレンガ造りの病院の前だった。
 看板には「Feldlazarett」と書かれている。

 私は恐る恐る白い扉のガラス窓から中を覗き、誰もいないことを確認してから中へ入った。

 誰もいない、静かな病院は少々不気味だった。

 狭いエントランスを抜け廊下を進んでいくと、一箇所だけ扉の開いた病室があった。
 私は本能的に彼がそこにいると思い、病室に足を踏み入れる。

 そこにはベッドに横たわりながら空を眺めている男性の姿があった。

「…………俺は、……俺はもう飛べないのか……?」

 男は弱々しく私にそう問いかける。

「……今のままでは難しい話です」

「……死ぬまで俺は人生を満喫した。片足を失ってもスポーツに打ち込んだり、登山に挑戦したりな。……だが最後、アメリカで攻撃機開発に携わって思い知った。俺は空が、飛行機が大好きなのだと」

 男の小さな声とは裏腹に、その目には不屈の闘志が宿っていた。

「ひとつだけ、たったひとつだけ方法があります。……もう一度空を飛べるとしたら、貴方は何を差し出せますか?」

「全てだ!俺の全てを投げ捨てる!」

 彼は勢いよく起き上がり、確かな足取りで私に近づき、しがみついてきた。
 よく見ると足は両方揃っている。

「かの大戦を生き残り、平和な時代を過ごした貴方にこのようなことを頼むのは残酷かもしれません。……ですが、私には貴方の力が必要なのです。……もう一度戦禍に身を投げ出す覚悟はありますか?」

「それが俺の生きる道なら」

 彼の言葉には確かな重みを感じた。

「私が思い描く貴方のイメージ、そして貴方自身の空への渇望。……きっと空は貴方を迎え入れますよ」

「さあ、早く行こう。俺はもう待ちきれない」

 彼は病院着を脱ぎ捨て、漆黒の軍服に身を包んだ。

「おっと、向こうの世界に行く前にひとつ。その腕章は外して頂けますか?次にそこに付けるのは私の国の紋章です」

「仕方ない、……か。だが総統閣下から頂いたこれは……」

 彼は胸と喉元にある勲章をさすった。

「鉄十字勲章……。それは貴方が生きた証です。大切に持っていてください。そしてその胸には私が新しい勲章を幾つも授けることになるでしょう」

「了解した。……まだ名前を伺っていなかったな。俺の名前はハンス=ウルリッヒ・ルーデル。──新たな上官の名前はなんと?」

「私の名前はレオ=ウィルフリード。レオで構いません」

「俺も単にルーデルと呼んでくれ。階級も一番下でいい。これからよろしくお願いする」

 そう言うとルーデルは右腕を斜め上前方に突き出すような動作をしようとした。
 私は咄嗟にそれを止めさせる。

「──おっと!……私の国での敬礼はこうだ」

「なるほど」

 ルーデルは私の見様見真似で胸に拳を当てる。

「さてと。それじゃあ行こうか。向こうに行ったら皆にルーデルのことを、ルーデルには皆のことを紹介しないとな。それまでは飛んでいかないでくれよ?」

「さあ?それは話の長さによるな」

 ルーデルは笑いながらそう言う。だがこの男なら冗談ではなく本当に私の話の途中で飛んでいってしまいそうだ。




 私の数歩先を早足に進む彼の軍靴が奏でる規則正しい音を聴きながら、私たちは病院の外に広がる光の世界へ飛び立った。
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