上 下
107 / 262
第二章

105話 突破

しおりを挟む
「まだ炎の中から抜けられないのか!?」

 十数分馬を走らせても、まだ周囲は真っ赤な炎と黒い煙に包まれていた。

 と、私が不安を募らせていたその時だった。熱い空気を吸い込み続け肺に痛みを感じ始めた頃、不意に風向きが変わった。

 次の瞬間、私たちの後ろから突風が吹いてきた。

「熱ッちィ!!!孔明の野郎何してるんだ!?これじゃ火がどんどん広がっちまうぞ!」

 これではまるで赤壁の戦いだ。
 圧倒的な軍力で望む曹操率いる魏の大船団。それを破ったのが呉の軍師周瑜と孔明だ。
 孔明は祈祷により、いや天気予報により強風を戦場に呼び込み、連環の計により足を鈍らせた船団を一気に焼き払った。

「……ん?なにか降ってきてないか!?」

 私の顔に水滴が当たった。
 最初は血かと思ったが、私は傷を負っていないし返り血を浴びる距離で戦ってもない。
 熱さのあまり汗が垂れてきたかとも思ったが、この乾いた熱い空気の中では汗もすぐに蒸発して流れるほどでもない。

「あ、雨です!雨が降ってきました!」

「馬鹿な!今は乾季だぞ!」

 団長は兜の前面を上にあげ、顔を露出させて確かめる。

 が、その必要もなくなるほど雨は勢いを増し、吹き荒れる風と相まって嵐の様相を呈し始めた。

「──これが孔明の秘策か!」

「ほーん、やるじゃねェか!」

 確かにこれなら火もすぐに鎮火する。そして強風は匂いもかき消し、獣人の索敵に引っかかることもない。

「しかし煙が凄い!見失わないように気をつけろ!」

「は!」

 恐らくはここまで策略の内だ。降り注ぐ雨は一瞬で水蒸気に変わり、周囲を白い霧で覆い隠す。
 これなら獣人やエルフによる目視の索敵も、竜人族による上空からの偵察も意味を成さない。

「火計もこの為の布石に過ぎなかったというのか!?」

「どうですか団長、私たちの軍師は!次からはウィリーのような世襲の無能ではなく、初めから孔明に帝国軍を任せて欲しいと陛下にお伝えください!」

「ああ!孔明殿はまさに天才だ!この活躍は必ずや陛下の耳に届けよう!──その為に必ず生きて帰るぞ!」

 考えれば、少々時間を置いて天候操作魔法を使ったのも、私たちが進行方向を定めるのを待っていたのかもしれない。
 急ぎつつも慎重にルートを決めた我々は、今はただ真っ直ぐ進むことだけを考えれば良い。

「後はどれだけ早く着けるかが勝負だ!」

 私たちは一心不乱に妖狐族の里を目指した。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 孔明の策により、我々はこれといった大きな障害にぶつからず進軍することができた。

 火計は平和な時代にゲームでしか知らない私の想像以上に効果的だった。孫子の兵法に作戦篇などと並んで火攻篇と火攻めだけがピックアップされるだけある。
 味方の攻勢によって伸びきった戦線は火計により一瞬で崩れ、もはや軍としての統制を失っていた。

 そんな中、霧と嵐の中を駆け抜ける我々を止めるような動きは取れるはずもなかった。運悪く出会ってしまった獣人はアルガーにあっさり切り伏せられ、木の上で見張りをしていたエルフや低空まで降りてきていた竜人はタリオの狙撃で、援軍を呼ばれる前に始末した。

「──見えてきました!……あれが妖狐族の里だったはずです!」

 団長が指差す先には、緩やかな山と山の間にいかにもな日本風古民家が建ち並ぶ村があった。しかしよく見ると山や斜面の洞窟にも生活感がみられた。
 更には神社や鳥居のようなものもあり、十数年振りに見るこの光景に傾く夕陽も相まって、私はノスタルジーを感じざるを得なかった。

「しかし、団長はよくご存知ですね。これは私たちだけでは見つけられなかった」

「長いこと帝国で騎士をしていましたから。先帝は獣人の国に御身自ら出向いて、彼らと協力関係を築いたのです。……昔はこうして争う仲ではなかった──」

 団長は悲しそうな目で遠くを見ながら言葉を詰まらせた。自らもエルフの血が入っている団長はこの戦いに複雑な心境を抱えているだろう。

「私が必ず、再び彼らと帝国を結ぶ架け橋となってみせます」

 それが、元の世界とこの世界を繋ぐスキルを与えられた、私の役目だと思うから。

「微力ながら、お助けします……」

 団長は私の言葉に苦い顔を僅かに綻ばせ、強く頷いた。

「おい、レオ……。コイツはのんびりお話してる場合じゃないみたいだぜ……」

 歳三に言われて前を見ると、先頭を走っていたアルガーと数名の近衛騎士らは馬から降り、長い尾を持つ獣人に取り囲まれていた。

「父上!ここは私が!」

「うむ、行ってこい!」

 父の乗る馬は少しだけ左に逸れ、私に道を譲ってくれた。

「歳三、タリオ、ついてきてくれ。……団長と騎士の皆さんはここでお待ちを」

「おう」
「了解しました!」
「レオ殿、お気を付けて」

 私は馬を駆り、父の横から飛び出した。

 まずは妖狐族の族長と話し合いをしなければどうにもならない。
 いよいよ私の戦いが始まるのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

処理中です...